転入
にゃ~、あったかいけど重いよ、にゃ~。
数日後、私立雨ヶ丘高等学校に転入する日がやってきた。
ハンガーに掛けられた制服をじっくりと見てみる。
白のブラウスに大きな赤いリボン。赤と紺のチェックのスカートに紺色のブレザー。
新しい制服に身を包み、姿見の前でクルリと回ってみる。
「うわ、やっべ、コスプレじゃねえの? これ」
生地は高そうだが、スカートは寒々しい膝上丈だ。
「ジャージたくし込んだらもっこりしちゃうんじゃね?」
北海道の高校は、スカートは膝下20㎝が校則だった。冬季はジャージの裾をまくって下に穿くのが常識だ。
しかも、慎二が用意してくれていたのはパンストでは無く白のオーバーニーソ。太ももに食い込みまくりだ。
ガーターベルトなど無くてもずり下がる事は無いだろう。むしろうっ血しそうだ。
長い髪を三つ編みにして、筆記用具とまっさらなノートを数冊、鞄に入れる。
なんと、雨ヶ丘高校は、始業式から授業を行うそうだ。さすが進学校。
リビングに行くと、慎二がにっこり笑いながらヘアアイロンと化粧道具を用意して待ち構えていたので、全力で逃げた。
登校中、他の生徒を見てみると、確かに髪をくりんくりんにカールして薄化粧している女生徒は数人いるが、意外にもニーソを穿いている人はあまりいないようだ。
なんとか絶対領域は隠れているので、白のタイツに見えるから大丈夫だろう、と自分を元気付ける。
派手な恰好をした女生徒は、同じような女生徒と数人でつるんで男の話やコスメの話をしている。
「……人種が違うんだよね」
琴子が前に通っていた北海道の片田舎の高校にも派手な女生徒はいたが、もっと庶民臭がしていた。というか、昭和臭がしていた。
「なんか、みんなお嬢様っぽいよな。ごきげんよう~とか言いそう。なのに話してる内容は田舎の派手な子達と一緒なのな」
「ふ~ん、そうなんだ」
突然の声に驚いて振り向くと、和人が後ろで頷いていた。
「おはよう、琴子さん。独り言はもうちょっと小さな声で言ったほうがいいんじゃないかな」
赤面して下を向いていると、軽く肩を叩いて慰めてくれる。
「大丈夫、僕もできるだけフォローするから。まずは職員室に案内するよ」
転入試験の時に行ったので場所は知っていたが、お言葉に甘えて連れて行ってもらう事にした。
数人の女生徒がこちらを見てコソコソと話をしている。
恐らく、和人は頭もいいという話だし、この外見だ。モテまくりなのだろう。ちょっと優越感に浸る。
校舎に入ってからも、あちこちでこちらを見て何か話している女生徒がいる。
周りを見ても、確かに田舎よりは洗練された爽やか系男子生徒ばかりだが、和人はその中でも群を抜いて美形だった。
和人と仲良くしている事で女生徒にハブられたら、という心配と、嫉妬されうらやましがられる、という快感が激しくせめぎ合う。
しかも、後者は初体験だ。
結果、快感の圧勝。得意気にアゴを上げ、こちらを見ている女生徒達を見下してやった。
職員室で和人が教師と何か話をした後で、「琴子さん、僕と同じクラスだって。あ、こちらが担任の菅原先生。じゃあ、また後で!」と去って行ってから、人生の勝者になった気がして、熱い鼻息があふれ出した。
新学期、クラス替えのタイミングではあったが、転入してきたということで、教壇に立ち、全員に紹介される。
後ろの席で和人が手を振っていたので、小さく手を振り返す。
女生徒達の視線が突き刺さる。快、感。
貴史も同じクラスにいたが、そちらは視線が合っても無視された。
席は和人の隣。本当にラッキーだ。
休み時間になり、女生徒達全員にシカトされる事を覚悟していたのだが、地味なのから派手なのまで一斉に琴子の机の周りに集まって来た。椅子を蹴り飛ばし、荒々しく。
「え? ちょ、なに? いきなりリンチ? 話し合い、話し合いを……」
身を守るために前にかざした手を、誰かが握り締める。
琴子の頭を撫でたり、肩を抱いたりしながら、全員が口々に「大丈夫?」「脅迫されてるの?」「弱みを握られてるのね?」「かわいそうに」「でも私達はわかっているから大丈夫よ」等と言っている。
一気にクラスの大半の女子生徒が押し掛けてきたため、近くの席に座っていた和人以外の男子生徒は全員逃げて行った。
「な、何? どういうこと?」
和人を見ると、なんだか余裕の表情で頬杖をついてこちらを見ている。
女生徒の一人が、和人の椅子に蹴りを入れた。
「ニヤニヤしてんじゃねえよ! この変態! あんたなんか! あんたなんか!」
椅子から転がり落ちた和人に更に蹴りを入れる。
「ちょ……」
琴子が止めるより先に、他の女生徒が蹴りを入れている女生徒を羽交い絞めにした。
「やめなよ、みっちゃん。そんな事してもコイツ喜ばせるだけだって」
何が何だかわからずに周りを見渡すと、女生徒全員が和人を汚いものでも見るような目で見ている。
和人本人は、落ちたメガネを掛け直してから「久々にみっちゃんの本気の蹴りいただきましたぁ~」と、満面の笑み。
一番最初に目が合った子に、どういう事なのか聞いてみた。
「コイツさ、普段の態度とか顔とかに騙されて、付き合ってくださいって申し込む子はいっぱいいたんだけどさ、基本、全部OKするんだよね」
何股もかけたという事なのだろうか、と思っていると、他の子が話を継いだ。
「それでね、付き合って、初デートの時にね、やっぱり手くらい繋ぎたいじゃない? そうするとね、手を繋ぐよりも、これにしてください、ってなんか鎖渡されるの。鎖の先見たら、コイツ、首輪してるの」
また他の子が話を継ぐ。
「私は我慢したわ! それでも好きだったから! でも、それを近所のおばさんに見られてて、親にチクられて、お父さんはお母さんを『お前の育て方が悪いんだ』って責めるし、お母さんは『子育てに何も協力しもしないあんたに何がわかるのよ、あんたのスーツのポケットからSMクラブの名刺出て来たわよ。育て方のせいじゃなくて、あんたのDNAのせいよ』って、……もう、うちの家族は崩壊寸前よ!」 泣き叫ぶ女生徒を、他の子が泣きながら抱きしめている。更に、話を継ぐ子が現れた。
「私は、それも我慢したわ。それでも好きだったから。でも、その次のデートの時には、上半身ハダカで下はジーンズで、その上に荒縄を亀甲縛りにして待ち合わせ場所に現れたから、通報したの。私が持つはずだったであろう縄の垂らされた部分を、警官が引っ張って行ったわ。彼はとても嬉しそうだった。そこでわかったの。彼は、私じゃなくてもよかったんだ、って」
和人を見ると、琴子の視線に気付いてにっこりと微笑み返して来た。
「今ならまだ間に合うわ」「大丈夫よ、みんなわかっているから」「で、あなたはどのレベルまで行ったの?」
矢継ぎ早に色々言われ、本心は「ヤバかった」と思いながらも取り繕う。
「私は今お世話になっている親戚との関係で知り合っただけだから。勉強見てもらったり、色々お世話になったんだ。でも、みんなのこと傷つけたみたいだから、それはちょっとなぁ、と思うけど、恋愛関係にならなければいい人なんでしょ?」
女生徒達がちょっと引いている。「え、でも変態だよ」と。
どこかから甲高い声が「じゃああんた、一回コイツ踏んでみなさいよ!」と言った。
周りの女生徒も「そうよそうよ」とか言ってる。
なぜそんな流れになるのかわからないが、踏まなければ収まりそうに無かったので、上履きを脱いで、謝りながら、なぜかわざわざ仰向けに寝転がった和人の腹を踏んだ。
「足乗せただけじゃん」「え~、そんなんじゃ何もわかんないよ」「ちゃんと踏んで」「もっと体重掛けて」「おもいっきり」
集団心理とか、イジメとか、このクラスに馴染むための踏み絵、とか、そんな言葉が浮かんだが、踏んだ後の罵倒が全て和人の裏声だったのに気付き、足をおろした。
「どうして踏んでくれないの?」
前髪をかき上げ、和人が流し目でニヤリと笑う。
数人の女生徒が、腰が砕けたようにその場に座り込んだ。
和人に微笑み返す。
「放置プレイ」
和人は胸を押さえてその場に「ずきゅん」と言って倒れ込み、数名の女生徒が「その手があったか!」とつぶやいた。




