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もしも運命の人に出会えたら  作者: 柳瀬光輝
4/40

怪異

足の感覚が無いです。誰かにゃ~をどけてください。(本文とは無関係)

 和人のおかげでなんとかマンション内部に入る事ができた。

 あのままファミレスで別れてしまっていたら、今晩はここで野宿する羽目になっていただろう。

 27階まで上がり、玄関ドアを開け、誰もいないとわかっていたが「ただいま」と言ってみた。

「……オ……かエ……リ」

 どこからか、か細い女の声が聞こえた。

「誰かいるの?」

 返事は無い。

 念のため、玄関脇に置かれていたピンク色のゴルフバッグから、ハート柄の毛糸のカバーのついたゴルフクラブを1本抜き出し、部屋のドアを一つずつ開けていく。

「ここはトイレか。てか、ドア多くない? 部屋多すぎじゃない?」

 怖さを紛らわすために、独り言が多くなる。

 次々にドアを開けて行くが、誰もいない。

 最後に、慎二の仕事部屋のドアを開けた。

「うわ、何ここ」

 広い畳張りのその部屋は、お寺の本堂のように、正面に仏像が祀ってあり、やたらと金ぴかの装飾品が沢山あった。

 一歩部屋に踏み込むと、吐く息が白い。

 まだ3月だというのに、冷房を付けているのだろうか、と、リモコンを探す。

「おっかしいなぁ、なんでこの部屋だけこんな寒いわけ?」

 壁につけられたリモコンを見つけ、確認してみるが、電源は入っていない。

 パキン、と、背後で大きな物音がする。

 驚いてゴルフクラブを振り上げながら振り向いたが、動くものは何も無かった。

 隅から隅まで、隠れられそうな場所は全て探したが、誰も居ない。

 空耳だったのだろう、と結論付けて、玄関までゴルフクラブを戻しに行く。


 それにしても、随分と冷えてしまった。

 両腕をさすりながら、風呂場へと向かった。

 給湯ボタンを押して部屋に戻り、キャリーケースからお風呂セットを取り出して、また風呂場へと向かう。

 洗面所に歯ブラシ、脱衣所に着替えとバスタオルを置いて、シャンプーとリンスとボディーソープ等を持って風呂場のドアを開ける。


 バスタブが、赤く染まっていた。

 慌てて給湯を止めて、袖をまくり、赤いお湯に手を突っ込み、お風呂の栓を抜いた。

 生臭く、鉄臭い臭いが辺りに充満している。

「慎さんってば、いつもシャワーで済ませてるのかな」

 きっとバスタブ給湯口の水道管の内側が錆びているのだ。

 湯船をシャワーで軽く洗い、今度は栓を抜いたままで給湯ボタンを押すと、バスタブの側面に付けられた給湯口から、かすかに赤みを帯びたお湯が出てきた。

 お湯はすぐに透明になったが、栓を抜いたままのはずのバスタブに、うっすらと赤いお湯が溜まったままで流れて行かない。

「もうっ!」

 再度袖をまくり、お湯に手を入れる。排水溝を探ってみると、長い髪の毛がゴッソリと絡まっていた。

「慎さん、ちゃんと掃除してないんだ!」

 髪の毛をゴミ箱に捨てて、もう一度栓をしてから給湯ボタンを押した。

 リビングのソファに寝転がり、テレビを見ていると、10分程でピピッ、と電子音が鳴る。

「ちゃんと溜まったかな」

 風呂場のドアを開けてみると、今度は水面が黒かった。

 ゆらゆらと何かが水面で揺らめいている。

 細く長い糸……いや、髪が、水面いっぱいに揺らめいている。

 水面の中央が盛り上がってきた。

 丸く、ぽっこりと。

 それに引かれて、水面の毛もうぞうぞと蠢いている。

「っ!!」

 ドアを閉めた。

 ついでにゴルフクラブを持ってきて、内側からドアを開けられないようにつっかえ棒をした。

 ドアの、半透明な樹脂パネルに、ドンッ! と、内側から手が押し付けられた。

 それ以上はさすがに耐え切れず、部屋を飛び出した。


 マンションを出てすぐに出会った買い物帰りの主婦に助けを求めると、主婦は交番まで案内してくれた。

「不審者が家に上がりこんでいて、その不審者をお風呂に閉じ込めたという事だね」

 慌てていてうまく説明できなかったのだが、警官は琴子の話をちゃんとわかってくれて、すぐにマンションまで一緒に来てくれた。

 エレベーターに乗り込み、27階のボタンを押した途端に、警官の一人が「え」と声を出す。

 振り向くと、彼は困った顔をしながら「キミ、キャサリンさんの関係者?」と聞いてきた。

 キャサリン……どこかで聞いたような? と思いながらも首を横に振る。

 27階に着いて、「ここです」と、エレベーター横のドアを指差すと、彼は「やっぱり」と言いながら頭を抱える。

 警官たちは素早く全ての部屋を調べ、誰も潜んでいないと結論を出した。

「キミ、ね、それ、キミが見たのって不審者じゃないんじゃないかな。気になるようならキャサリンさんに相談するといいよ」

 それだけ言うと、引き上げて行ってしまった。

 そういえば、ムサいオヤジが慎二の事をキャサリンと呼んでいた気がする。不審者じゃないという事は、慎二の知り合いという事だろう。

 ここに勝手に出入りできる、合鍵を持った人間が琴子以外にもいるという事だ。

「そこらへんの事、慎さんが帰ってきたらちゃんと聞いておかなきゃ」

 長い髪の毛が数本浮いたバスタブにはもう漬かる気になれず、湯を抜いてシャワーを浴びた。

 髪を乾かし、時刻はまだ9時になったばかりだったが、長旅で疲れていたので早々にベッドに潜り込んだ。


 夜中、物音で目が覚めた。

 時計を確認すると、まだ2時だ。

 寝直そうとして目を閉じると、ぺたぺたと足音が聞こえた。

 またあの髪の長い人が入り込んでいるのかもしれない。慎二の知り合いとは言え、非常識過ぎないだろうか。

 起き上がり、部屋の引き戸をそっと開けてみる。

 月明かりなのか、それとも東京の夜は明るいのだろうか。ベランダから差し込んだ明かりがリビングを照らしていた。

 そこを、足が。血の気の引いた、青白い、足首から下、足だけが、歩いていた。

 ぺた、ぺた、と、一歩一歩、何かを探しているように。

 足首から上は存在しない、足だけが歩き回っていた。

 足は一瞬立ち止まり、琴子に気付いたかの様に一直線にこちらに向かって来る。

 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた

 戸を閉めて、鍵を掛けた。

 部屋の灯りを点けて、ベッドに潜り込み、布団を頭から被った。

 カリカリと、戸を引っ掻くような音が聞こえている。

「何? あれ……なにあれなにあれなにあれ……」

 頭の中を整理する。

 幽霊なんているわけがない。何かの見間違いだ。疲れているせいで幻覚を見たんだ。

 恐る恐る、布団から顔を出す。

 パシッ、という音とともに部屋の灯りが消えた。

 同時に、体の上に重みを感じて、体が動かなくなっていた。

「え? 何これ」

 声に出してそう言おうとしたが、声も出ない。

 琴子の上に、女が馬乗りになっていた。

 暗闇なのに、その姿だけはやたらとはっきり見える。

 黒目が異様に小さい。

 目を逸らしたかったが、瞼がピクピクと痙攣するだけで、目を瞑る事も、視線を逸らす事も出来ない。

 女が琴子の顔を覗き込む。

 髪の毛が頬に当たって痒かった。

 琴子の目の前で、女が大きく大きく口を開けた。まるで琴子を飲み込もうとするように。

 女の口の中は、暗闇そのものだった。


 目覚ましの音で意識を取り戻した。

 のろのろと起き上がり、ベッドに腰かけて溜息を吐く。

 昨夜のあれは、夢だったのだろうか。意識ははっきりしていたように思う。でも、夢じゃなかったとしたら一体……。

 ふと枕に目をやり、凍り付いた。

 枕には、べっとりと、まだ乾いていない赤い血の染みが広がっていた。

 鼻の下をこすってみたが、手には血は付いてこなかった。鼻をかんで、ティッシュを広げてみたが、鼻血を出したのでは無いようだ。

 綿棒で耳掃除をしたが、やはり血は付いていない。頭を触ってみたが、どこも怪我しているようでもない。枕ごと洗濯機に放り込み、洗面所で口を濯いでみたが、やはり出血はしていないようだった。

 念のためパンツの中まで覗いてみたが、生理が始まった様子も無い。

「こういうわからない事に出くわした時は……」

 熱いシャワーを浴びて全て忘れてしまう事にした。


 慎二は帰って来ていなかったので、一人で朝食を済ませ、勉強を始めた。

 英語の本を広げたがさっぱりわからず、昨日和人に習った数学の復習をしているだけでもう昼になっていた。

 慎二はまだ帰ってこない。

 慎二の朝食に、と取ってあったお弁当を食べてしまい、リビングでごろごろしていると、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 玄関チャイムの音で目が覚め、ドアを開けてみると、和人と貴史が立っていた。

「あれ、三神さんまだ帰って来てないの? 今日も2件予約が入っているはずだけど」

 慎二が居ないのに二人を家に上げてしまっていいものかどうか悩んでいると、貴史が勝手に靴を脱いでズカズカと上がりこんだ。

「任せろよ。俺を誰だと思ってんだ」

「まあ、そうするしか無いだろうね。僕は琴子さんに勉強教えてるから、タカ、頼むね」

 続いて和人も靴を脱いで上がりこむ。

 琴子は慌てて後を追う。

「ちょ、ちょっと待ってよ、勝手に入らないでくれる? 今、私一人しかいないんだから」

 二人は驚いたように振り返り、和人はすぐに納得したような困り顔で頭を掻いた。

「あ、あぁ、そっか、ごめんね。不安だよね。でも、それは……えっと、信用してもらうしか無いんだけど……会ったばかりだもんね。どうしようか……。じゃあ、ここはタカに任せて、僕たちはファミレスに行って勉強しようか」

 申し訳無い気持ちになりながらも頷くと、貴史が笑い出す。

「お前、自意識過剰なんじゃねえの? 大体、お前……」

 琴子の胸の辺りを凝視する。

「女らしさのかけらもねえだろ。俺、お前を抱くくらいなら慎二さん抱くわ」

 ムッとして言い返そうとしたところで突然、玄関ドアが開き、女装姿だが薄っすらとヒゲの生えた慎二が飛び込んできて、貴史を抱き締めて頬ずりする。

「あらぁ、タカってば嬉しい事言ってくれるじゃないの。アタシならいつでもオッケーよ」

「ちょ、慎二さん、やめてください。俺、ノンケだから! ヒゲ痛い!」

 本気で嫌がっている貴史を見て、琴子は怒りも忘れて笑い転げた。

 なんとか慎二を引きはがし、こちらを睨みつけた貴史が意地悪そうな笑いを浮かべて言う。

「お前、昨日の夜は大丈夫だったのかよ。ビビってしょんべんチビらなかったか?」

 顎を突き出して、精一杯意地悪な笑みを返す。

「ええ、お陰様で、ぐっすり寝てお肌もこの通りツヤツヤよ」

 ちょっと強がってみた。

「そうよぉ。琴蔵はね、見えないし感じないから大丈夫なの。アタシがそうしたんだから」

 慎二の言葉に、二人はあぁ、そういう事か、とか、へぇ、とか言いながら納得していたが、琴子には意味がわからなかった。


 風呂場に直行した慎二を見送り、3人は琴子の部屋へ行って勉強を始めた。

 相変わらず教えてくれるのは和人だけなのだが、貴史が何か言いたげにこちらをじっと見ているのが気になり、「なによ?」と軽く睨み付ける。

 最初はうん、とか、あぁ、とか言って言葉を濁していた貴史が、意を決したように真面目な顔で聞いてきた。

「言いたくなきゃいいんだけど……慎二さんが封じたって事は、かなりヤバかったんだろ? その……、経緯とか、良かったら教えてくれないか?」

 意味がわからずに首を傾げていると、風呂上がりの慎二が部屋に入ってきた。

「ちょっと琴蔵! あんた、もう高校生なんだから、こんな安物使うのやめてよね!」

 風呂場と洗面所に置いておいた琴子のシャンプーやコスメを突き出される。

「イヤなのよ、アタシ。こういう安物を置いておかれるの。アタシがこんなの使ってると思われたらどうすんのよ。大体アンタね、安くてもいいものはあるけど、これ、全部粗悪品よ。アンタも今は若いからいいけど、こんなん使ってたら将来後悔するわよ。いっそ何もつけないほうがマシだわ」

 玄関チャイムが鳴り、和人が慌てて出て行ったが、慎二のお説教は長々と続いた。

 結局、琴子のものは全て処分して、慎二のものを共有するという事で決着がついた。面倒臭い。


「タカ、今日はこっち手伝ってもらうわよ。もう、昨日のであんたも自分の実力不足実感したでしょ? ほら、行くわよ!」

 慎二はプリプリと怒ったまま、貴史を引きずって行った。

 なんだか面倒臭い叔父で申し訳ない、と、貴史に心の中で謝る。

 二人と交代で、和人が部屋に戻ってきた。

 勉強の続きを始めたが、やはり和人の教え方はわかりやすく、あの詐欺師と詐欺師見習いの二人に比べて、空気が柔らかくて心底ほっとする。


 その後、前日と同じように、女装し直した慎二がバタバタと入って来て3人をせかして部屋から出た。

 まだ共同生活についての決まり事についても話し合っていないし、言いたい事も聞きたい事も、何も話し合えていない。

 琴子の不安を見抜いたように、慎二が口を開く。

「ごめんね。明後日は仕事両方休んだから、編入試験が終わったらゆっくり話できるわ」

 ちょっと安心して微笑むと、「もう、かわいいわね、この子は」と抱き締められて、おでこと両方のほっぺたに何度もキスされる。

 慎二を見送ってから、和人にハンカチを差し出され、顔を拭いてみると、ハンカチが口紅で赤く染まった。

「あ、ごめん、ハンカチ汚れちゃったね。代わりに私の……」

「あれ? なんか僕、この会話、記憶にあるような気がする。なんだろう。デジャヴかな」

 和人が考え込んだので、有無を言わさず口紅で汚れたハンカチを押し付ける。

「私の歌でお詫びするわね。ららら~♪」

「あぁ、ごめん、僕の勘違いだったみたいだ。あの、ほんと、気持ちだけでいいから、お願い、ごめんなさい、脳が揺すぶられ……いや、もったいなさすぎてどうにかなっちゃいそうだから、本当に勘弁してください」

 和人は本当に慎み深いのだ。私の歌くらいでそんなに感激してくれるのならば、と、1曲歌い切ると、和人だけではなく、貴史までその場に膝をついていた。


 昨日と同じファミレスで食事を済ませ、コンビニで二人分のお弁当を買ってマンションに戻った。

 段ボールを開け、父の本棚にマンガと教科書を並べ、クローゼットに洋服やバッグを仕舞って、ベッドの脇に電気スタンドを置き、段ボール箱をたたむ。

 ほんの1時間程で部屋の片づけは終わった。

 お風呂は普通に溜める事ができたし、バスタブに誰かが隠れている事も無かった。

 普通にお風呂に入り、リビングでしばらくテレビを見てから自分の部屋に戻った。

 電気を消しベッドに入り、枕元に飾った家族写真に「おやすみ」と挨拶してから目を瞑る。


 夜中になって目が覚めた。

 ふと横を見ると、ベッドの下から黒い手が何本も出てきて蠢いている。

「え? 何これ……」

 目をこすってよくよく見てみても、それは消えなかった。

 実体がある様では無く、黒い霧状の物が集まって手の形になっている。

 枕元の電気スタンドを点けようとしたが、何度ボタンをカチカチ押しても電気は点かない。

 電球が切れているのかもしれない。

 仕方なく、部屋の電気を点けようと、ベッドを下りてスイッチの方へ行くと、足を掴まれて転びそうになった。

 スローモーションのように床が迫って来る。

「あっ!」

 叫んだところで目が覚めた。

 なんだ、夢だった。

 ホッとして首を横に巡らせると、ベッドの下から黒い手が何本も出ていた。

「うぎゃーっ!」

 叫んだところで目が覚めた。

 なんだ、全部夢だったんだ。

 恐る恐る横を見てみると、やはり手がにょろにょろと蠢いていた。

「……はぁ……」

 ため息を吐いたところで目が覚めた。

 手は無かった。


 その翌日もほぼ同じ。慎二は昼過ぎまで帰って来なかった。

 午前中、一人で勉強していると、ゾロリ、と、目の横に脂で汚れ、固まった白髪の長い髪が下りてきた。

 慌てて手で払い、振り向いたが、そこには誰もいなかった。

 午後からは和人に勉強を教えてもらい、3人で食事し、夜中は先日とはまた違う女、老婆に、首を絞められた。

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