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もしも運命の人に出会えたら  作者: 柳瀬光輝
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出会い

にゃ~が重い。足しびれてきた。(本文と関係なし)

 しばらく走ると、車は一つの大きなビルの地下駐車場に入った。

 車が止まり、荷物を降ろす。

「ここがこれから、アタシとあんたの家よ」

 エレベーターホールまで、先に歩きながら慎二が言う。

「すごい! 慎さん、このビルが家なの? 車もすごいね、何十台持ってるの? 掃除とかどうするの? こ~んなでっかいビル、大変じゃない?」

 かわいそうな子を見る目で見られた。

「このマンションの一室が、アタシとあんたの家、よ。こら! 他人様の車にベタベタ触らないの!」

 エレベーターの鍵穴に鍵を差し込んでから上ボタンを押している。

 エレベーターの扉に鍵がかかっているのだろうか? もしエレベーターが到着する前に扉を開けてしまったら……想像するだけで足がすくむ。

 一歩後ずさった琴子を、またかわいそうな子を見る目で見つめながら、慎二はキーホルダーから鍵を一つ外して琴子に渡した。

「オートロックよ。この鍵がなきゃ建物にも入れないから、無くさないでよね」

 よくわからなかったので曖昧に笑って頷いた。

「一緒に暮らしていくためのルールとかは、話し合って決める事にしましょう。家事分担とかね。ところで琴蔵、あんた、家事できるの?」

 てへっ、と、笑いながら頭を左右に振る。

「やあね、かわいこぶったってちっともかわいくないわよ。おいおい覚えてもらうからね」

 慎二が振り向いて、指を突きつけた時、ポーン、と音がして、エレベーターが開いた。


 開いたドアから、突然、正座したおじいさんが、そのままの姿勢で滑るように出てきて、駐車場の暗闇へと消えていった。

 自分の見たものが信じられず、その場に固まって、エレベーターと、おじいさんの消えていった闇を交互に見る。

 慎二が目を細めて琴子を見つめていた。

「琴蔵。あんた、まさか、見えてる……わけじゃないわよね? そんなはず無いわ。あの時確かに……」

 何を言っているのかはわからなかったが、心配させないようにまた曖昧な笑みを浮かべて見せた。

「え? 何が?」

 首を傾げると、慎二もホッとしたように笑顔を見せた。

 見えている? 何が? 正座で宙を浮いて移動する老人が? まさか。そんなもの、存在するわけがない。何かの見間違いに決まっている。

 昔、母は何と言っていたっけ? そう、そうだ。大抵の事はプラズマで説明がつく、と。東京は東京タワーとかスカイツリーとかあるから、その影響に違いないのだ。


 エレベーターに乗り込むと、慎二は最上階、27階のボタンを押した。

 琴子が育ってきた田舎には、最高でも3階建てのビルしか無かったので、そんなに高い場所だと、やっぱり空気が薄くなったりするんだろうか? 等と考えているうちに、エレベーターは27階に到着した。


 慎二はエレベーターすぐ横のドアを無造作に開け、「ただいま」と声を掛けた。

 ドアに鍵はかかっておらず、しかも、「ただいま」だ。

 琴子の不安は的中し、奥の部屋からドスドスと地響きを伴ってガチムチ系ヒゲおやじが飛び出してきた。

「キャサリン、遅かったじゃないのよ! 待ってたのよ~!」

 慎二に抱き着いたこのおやじ――――同居人、なのだろうか。

 奥さんなのか旦那さんなのか判断できないが、とりあえず勢いよく頭を下げて挨拶をした。

「は、はじめまして。今日からお世話になります、琴子です。よろしくお願いします」

 ガチムチヒゲおやじは怪訝そうに琴子を一瞥すると、その後は琴子をまったく無視し、キャサリンキャサリンと言いながら泣き続けている。


 続いて奥から、琴子と同じくらいの年齢の少年が二人出てきた。

 一人は銀縁メガネをかけた、見るからに頭の良さそうな、かなり美形で優しそうな少年。

 慎二を見た後なので耐性は付いているが、それでも思わず見とれてしまうほどの美形だ。

 慎二はまるで白人的な美形だが、こちらは純日本人的な美形。薄墨を引いたような形の良い眉に、レンズ越しに見える焦げ茶色で切れ長の目。すらりと通った鼻筋と薄い唇。余分な肉のほとんどついていない、滑らかそうな白い頬、額にかかるサラサラの黒髪。

 もう一人はまた違うタイプだ。

 短く刈り上げた髪に、日に焼けた精悍な顔立ち。

 キリリとした濃い眉。少し奥目で、ぱっちりとした二重の大きな目。鼻は特徴らしいものは無く控えめで、上唇がちょっと厚い。

 どこかで見覚えがあるような気がするが、恐らくどこかのアイドルに似ているのだろう。

 二人ともかなりかっこいい。洗練されていると言うのだろうか。


 そしてこれは、多分、きっと「修羅場」というやつだ。

 なぜか胸が高鳴る。初めて見る生修羅場、しかもBL。


「タカ、これはどういうこと?」

 慎二が精悍な顔立ちの、色黒なほうの少年に問いかけると、彼は舌打ちをして顔を背けた。

「メガネ、説明してくれる?」

 色白なメガネの少年は、右手の中指でメガネのブリッジを上げながら答える。

「三神さんがお留守にしている間に、茂さんと源さんと松さんがいらっしゃって、茂さんと松さんはタカが処理できたのですが、源さんのはタカの手に負えなくて、三神さんのお帰りを待って頂いておりました」

 それを聞いた慎二は深くため息を吐き、黒いほうの少年を見て首を左右に振った。

「あんたまだこんなのも処理できないの? いいわ、じゃあアタシがやっとくから。あ、そうだわ、これ、琴蔵。3日後にあんたらの高校の編入試験受けるから、奥の部屋で勉強教えてやってくれる? アタシの姪だから、かなりバカだと思うわ。よろしくね」

 そう言うと、何の説明も無しに3人をその場に残し、ガチムチヒゲおやじを連れて奥に行ってしまった。

「あんなの、成仏させようとしないでとっとと消しちまえばいいんだ。それなら俺にだって……くそっ! 死神とダンスしやがれ!」

 黒いほうの少年は尚も意味のわからない事をブツブツと呟いている。

 人が深淵を覗く時、深淵も人を見ているのだ、とか、我が右手に宿りし暗黒の力が解き放たれる、とか。

 ――――いや、どこかで聞いたことがある。ああ、そうか!

「あの、アニメ、お好きなんですか? 私も結構見るんですよ。何のアニメの話ですか?」

 返事は無く、気まずい沈黙が続く。

 更に何か言わなければ、と思ったところで、メガネの少年が口を開いた。

「え……っと、琴蔵、さん? 僕は佐々木和人。こっちは工藤貴史。よろしくね」

「琴子。三神琴子です。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、とりあえずこちらに、と、メガネ少年が琴子にスリッパを出してくれて、荷物を持って先導してくれた。

 スリッパ、ふっかふか。

 黒いほうの少年は琴子と目を合わせようともしない。感じ悪い。


 メガネ少年の後に続くと、廊下の左右にいくつかの扉があり、突き当たりが広いリビングになっていた。

 正面の隣接した2つの大きな窓からは、レースのカーテン越しにこれでもかと言うくらいに眩しい光が降り注いでいる。

 ……なのになぜか部屋全体が薄暗く感じられる。

 空気も重く、息苦しい。

 やはり27階ともなると、空気が薄いのだろう。

 天井にはシャンデリア、床はフローリングで、毛足の長い、薄い藤色のラグが中央に敷かれている。

 その上には大きなガラステーブルと、それを囲むように二辺に革張りの濃い紫色の長いソファー、一辺に同色の一人掛けのソファーがあり、そこに、こんなにいらないだろう、というくらいの大量のショッキングピンクのクッションが置いてある。

 あちこちに猫足の小さなテーブルが設置されていて、その上にはガラス容器に入り、液体に浸かった様々な色のバラの花が飾られていて、部屋全体が得も言われぬ卑猥さを醸し出していた。

 右手にダイニングキッチン、左手にはドアがひとつ。そのドアの向こうから獣の咆哮のような、時には苦し気な、時には悩まし気な声が漏れ聞こえてきている。

「琴子さん、こっちこっち」

 メガネ少年の声に振り返ると、今来たばかりの玄関へと続く廊下のドアの隣に、もう一つ引き戸がある。

「ここが琴子さんの部屋だって」

 扉を開けると、20畳はあろうかという広い部屋に、ぎっしりと見覚えのある家具が詰め込まれていた。

 琴子の勉強机と椅子とタンスとベッド。真ん中には家族の食卓に使っていたコタツ。あそこにあるのは母親の化粧台。父親の本棚。弟のおもちゃ箱。

 おもちゃ箱の中身はそのまま雑多な物が詰まっている。

 母親の化粧台も、父の本棚も、食卓の傷も、全てがそのまま。

 家族が亡くなってから、琴子は何もできずに、何を考える事もできずに、自分の荷物だけを段ボールに詰めろと言われ、それだけ済ませるとユカリの家に数日泊めてもらって、そこから東京へ出てきたのだ。

 家の事は全て、慎二とユカリの父が始末してくれた。

 自分の荷物以外は全て処分されていると思っていた。


 弟が付けたコタツの傷を人差指でなぞっていると、黒いほうの少年が初めて琴子に向かって口を開いた。

「おい、お前。そんなに泣くな。お前の家族が、心配で成仏できなくなっちまう」

 少年の言葉で初めて、琴子は自分が泣いている事に気付いた。

「あ……あれ? おかしいな。なんで泣いてんだろ、私。へへ」

 メガネ少年の差し出してくれたハンカチで涙を拭き、ついでに鼻を拭くと、白い布に赤い色が滲んだ。

「あ、また鼻血出ちゃった。ごめん、代わりに私のハンカチを……」

 キャリーケースからレースのついた白い布を取り出し、メガネ少年に渡す。

「いいよ、そん……え、いいの? 本当にこれ、いただいちゃってもいいの? ひゃっほ~いっ!」

 メガネ少年が大喜びで広げた布は、琴子の勝負パンツだった。(ここで言う勝負パンツとは、異性に見せるための勝負パンツでは無く、学校で身体測定等があった時、同性に見られても恥ずかしく無いような、見栄による見栄のための見栄パンツの事である)

 無意識のうちに空中連続蹴りを発動し、メガネ少年は血の海に沈んだ。

 パンツを回収し、鼻血のついたハンカチをメガネ少年自身の血だまりに投げ捨てる。

「ツ、ギ、ハ、オ、マ、エ、ダ」

 ギギギ、と首を巡らせ、黒いほうの少年を睨むと、彼は両手を突き出して顔を逸らし、自分は何も見ていない、何も知らない、という意思表示をした。

「あれ? 僕、どうしたんだろう?」

 意識を取り戻したメガネ少年に、心配そうに駆け寄る。

「私にハンカチを貸してくれようとして、いきなり鼻血吹いて倒れちゃったの。大丈夫?」

「あ、あぁ、そうだったの? ごめんね、心配かけて。えっと、琴子さんの荷物は、そこに積んであるから。ほら、勝手に開けちゃうわけにいかないからさ、それには手を付けてないけど、手伝いが必要だったらいつでも言ってね。じゃあ、勉強始めようか。悪いけど、教科書とノートだけ、出してくれるかな」

 メガネ少年は優しく微笑み、血まみれのハンカチをポケットにしまい、段ボールを指差す。


 何もかもがごっちゃに入れられた段ボールの中から、やっと目的のものを見つけて勉強会が始まった。

 メガネ少年は優しく丁寧に教えてくれるが、もう一人は興味無さそうにそっぽを向いている。

 そうかと思うと突然、

「女、お前、そんな事もわかんねえのかよ。頭の中に虚無の風でも吹き抜けているのか? 言っとくけど俺らの高校、進学校だぞ? 選ばれし人間が通うとこなんだ。バカは入れないぞ?」

等と口を挟んでくる。

「タケ……だっけ? あんたはわかんのかよ。さっきから教えてくれてんの、この、えっと……メガネ君だけなんだけど。あんたも到底賢そうには見えないけどね」

 そいつは一瞬目を見開いて、笑いをこらえながら言う。

「クックック……この俺にそんな口をきいた女は初めてだ。気に入ったぞ、女。琴子、と言ったな。俺はタケじゃなくタカ。工藤貴史。そいつは、まあ、メガネでもいいけど、カズ。佐々木和人。いくらバカでも人の名前くらい覚える努力はしろよ」

 返す言葉も無い。

「ごめん、貴史と和人ね。タカ、カズ、タカ、カズ……」

 指差し確認する。

「素直でよろしい」

 偉そうに言った後、貴史は笑い転げる。何がおかしいんだか。

「あと、俺も成績は悪くない。カズほどじゃないが、学年で20位にはいつも入ってる」

 信じられない。それこそ超常現象だ。

「……世の中の不条理な事は、全てプラズマで説明できる、って、お母さんが言ってた」

 今度は和人が吹き出す。


 ノックの音が聞こえ、返事をすると、ものすごくきれいな女の人が戸を開けた。

 ものすごくきれいだが、違和感がある。

 何だろう。それ以前に、誰だろう、と考えていると、美女が野太い声で語り始めた。

「アタシそろそろ出勤の時間だから、あんたらももう帰りなさい。あ、その前に琴蔵のご飯に付き合ってあげて。メガネ、あんたにお金渡しておくわ。朝ご飯も買っておいてね。琴蔵、アタシ、帰りは明日の朝になるわ。もうほら、早くしてよ、同伴の待ち合わせがあんのよ」

 違和感の正体は、美女の身長。やたらと背が高い。そしてこの美女の正体は、どうやら慎二らしい。

「あの……慎さん……」

「ああもう、うるさいわね。聞きたい事あるならそいつらから聞いてよ。アタシだって、年頃のオスとメスを閉鎖空間に残すような事したくないのよ。とっとと出かける用意してちょうだい!」


 慎二を見送った後、3人でファミレスに入り、定食を食べながら慎二の仕事について聞き出した。

 慎二が働いているのは新宿2丁目のショーパブ。そこで働く傍ら、拝み屋をやっているらしい。

 拝み屋のほうは、口コミで結構繁盛しているらしいが、客層にはかなりの偏りがあるそうだ。

 だが、慎二の力は本物で、貴史は過去に何度か命を救われているという事だった。

「僕はそういうの全然見えないんだけどね。タカとは幼馴染で、タカが三神さんのとこに弟子入りしてから、僕も経理担当で雇ってもらったんだ。将来、税理士を目指してるから。僕のほうもある意味修業って感じだよね」

 大体の事情は理解できたが、納得はできない。

「あのさぁ、あんたら、まさかその年で、幽霊とか信じちゃってるわけ?」

 居るわけが無いのに。

 慎二がそんな詐欺まがいの事をしているというのにも、心底がっかりした。

 貴史は「これだからパンピーは」と舌打ちしたが、和人は笑みを絶やさない。

「僕は見えないけど、信じるよ。見えなくても、タカと一緒にいると不思議な体験はいっぱいしたからね」

 信じ切っている笑顔が痛々しい。

「バカね。そういうのをマイナスプラシーボ効果って言うのよ。不思議な体験って言うのも、大抵はプラズマで説明がつくのよ」

 母の受け売りの言葉を言ってみる。どういう意味なのか、理解はしていないけれど。

 貴史が不機嫌そうに席を立つ。

「もう食い終わっただろ。帰るぞ。カズもやめとけ。そういうやつには何を言っても無駄だ」

 この人達は、すっかり慎二に洗脳されているのだ。そう考えると、申し訳ない気分になる。

 和人が精算を済ませ、お釣りを琴子に渡した。

「これで明日の朝食、何か買っておいて。三神さんの分と琴子さんの分、二人分。僕らは明日学校が終わったらまた来るからね」

 頷いてお金を受け取る。

 そこで二人とも帰ると思ったが、和人が「オートロックの開け方わかる?」と聞いてきたので首を横に振った。

 その後、3人でコンビニでお弁当を買い、マンションのエントランス前でドアの開け方を習った。


 別れ際に貴史が琴子の耳元で囁く。

「今夜、何もなければいいな。最近慎二さん忙しいから、依頼人から霊を切り離しただけで放置してるんだよ。溜めといてまとめて浄霊するつもりらしいぞ」

 怖がらせようとしているのが見え見えだ。まるでガキだ。鼻で笑ってやった。

 貴史は片眉をあげて不敵にニヤリと笑ってから、琴子に背を向けて歩き出した。

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