貴史
ええ、ええ。そうです。越法罪を恐れての真言誤魔化しですよw
一般人が犯す分には別に大丈夫らしいですが、それが罪と言われるものだとわかっちゃうと、あえて罪を犯す事なんてできない小心者ですよ。ええ、ええ。
認可を受けていない人が唱えたり書いたりする事がもう越法罪だそうです。
梵字じゃないから大丈夫じゃね?と思いますが、それでもやはり小心者は、全文書くのは気が引けちゃいますよ。ええ、ええ。
内臓をえぐるような痛みに思わずうめき声を上げた。
どこもかしこも死ぬほど痛い。
涙で滲む目を開けると(片目しか開かなかったが)、片手で屋上の金網に掴まってぶら下がっている状態だった。
もう片方の手も伸ばして掴まり、体を引き上げなければ、と思い、左手を見て愕然とする。
首。首だ。首を抱えている。
――――俺の、首。
「うわっ!」
慌てて放り投げ、金網に掴まる。
声がおかしい。
声だけでは無い。華奢な手、細い腕、顔にまとわりつく長い髪の毛。
「琴子、何しやがったぁぁぁぁっ!!」
叫びながら体を引き上げる。
絶対的に筋力が足りない。
「くっそ、琴子の野郎ぉぉぉっ! こ、こんな生と死の狭間でダンスなんて、冗談じゃねえっ!」
なんとか屋上に這い上がることができた。
また金網に掴まり、体を起こす。
目の前には見知らぬ男の霊がニヤニヤと笑って浮いている。
こいつが古森医院の医院長らしい。
他の気配を探るが、厄介だった何十人もの霊達はきれいさっぱり居なくなっているようだ。
そして、もう一つの気配。
慈悲に溢れる、優しい気配。
どうやら琴子は弥勒菩薩を呼び出したらしい。
しかも、呼び出すだけ呼び出しておいて、放置したようだ。
しかし、弥勒菩薩とは。琴子はこんな悪霊を成仏させようとしていたのだろうか。
「弥勒様には後で帰っていただくとして。さてと、今こそ覚醒の時だ。目覚めよ! 封印されし俺様の何かしら隠された能力!」
琴子の脳みそのスペックが低いためか、ボキャブラリーが貧困で格好良く決まらない。
仕方なく、不動明王の真言を唱え始める。
「ノウマクサラバタタギャテイビャク…………」
脳みそが琴子なので、真言を覚えているか不安だったが、問題無く唱えられる。
どうやら脳みその問題ではなく、魂に刻み込まれているものらしい。
突然の突風に、後ろに吹き飛ばされる。
背中に衝撃が走り、わき腹から破れた金網の先端が突き出した。
なんとか落下だけは免れたようだ。
真言を結ぶ。
「センダンマーカロシャダケンギャーキギャーキ、サラバビギナン、ウンタラタ、カン、マン!」
メキリ、という音が聞こえ、急に後ろに引かれた。
視界には一面のグレーの空。
視線を走らすと、腹を貫いている針金の先端が曲がっていて、フェンスが枠ごと外れ、今まさに琴子の体諸共、落下しようとしている所のようだ。
「不動明王! 邪悪な魂を、滅せよ!」
空が光り、轟音と共に目を焼くような青白い閃光が、足元に向けて走った。
ビリビリと空気が震え、それとは一切関係なく、体が下へ下へと落ちていく。
「あぁ、俺、また死ぬのか」
死んだら今度こそ櫻子を探し出して、一緒に……。
そんな事を考えながら、目を閉じた。




