願い
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稼ぎ時です(にっこり)
背後からうめき声が聞こえた。
振り返ると、和人が落ちてきた給水塔の下敷きになっている。
中の水は全て流れ出し、空になってはいたが、琴子一人の力では動かす事はできなかった。
助けを呼ばなくては。
せめて和人だけでも、生きて欲しい。
和人が嘔吐し、咳き込んでいたので、頭を横に向け、声を掛ける。
119番に電話し、状況を説明した。
相手がまだ何か喋っていたが、通話を切った。
貴史の首を拾い上げ、その、少し厚めの唇に口付けた。
首を抱えたまま、屋上の端に立つ。
早く追わなければ。
貴史が手の届かないところに旅立ってしまう前に。
神様。お願いです、彼に会わせて下さい。
出来れば、彼の魂と、共に……。
そんな願い事をして、ふと、タチの悪い幼女の神の事を思い出す。
苦笑してから、目を瞑り、足を一歩踏み出した。
『ふ、ふふふふふ、チョロいのはどっちですかね、ふふ、ふふふふふ』
しまった、と思ったときはもう遅かった。銅剣の力が、全く通じない相手だったらしい。
既に重力に上半身が持っていかれている。
金網に手を伸ばす。
「か、神様、仏様! 誰でもいい! 幼女! 幼女の神様、このままじゃ死にきれない! なんとかして!!」
――――ただ一人、暗闇に立っていた。
右も左も、上も下もわからない。
手を目の前にかざしてみたが、それすら見えない、真っ暗な闇。
あぁ、私は死んだんだな、と、そう思った。
悔しくて死にきれないとあの時は思ったが、案外簡単に死を受け入れている。
天国に行けるとは思っていないが、地獄に行くにしてもお迎えは来るのだろうか。
それとも、もうここが地獄なのだろうか。
「ずっとこんな所に居るのはキツいわ。慎ちゃんなんとかしてくれないかなぁ」
呟いてみたが、自分の声も聞こえない。
身体が無いから声帯も無くて、声が出ないのだろうか。
琴子が今まで見てきた霊は、みんな結構自由に喋っていたと思うが……。
時間の感覚が無く、長い事そのままでいたような気もするが、一瞬だったような気もする。
一点の、光が見えた。
光が近付いてきて、人の形を成す。
「あ、幼女」
自分の声も聞こえるようになっていた。
『いきなり失礼じゃの、お主は。わらわを呼んだであろう?』
驚いた事に、7年前の記憶のままの、綺麗な着物を着た幼女だった。
ダメ元で、願いを言ってみる。一応、神だし。
「戻ってアイツぶっ殺したいんだけど、なんとかなる?」
幼女は気まずそうな、後ろめたそうな顔でモジモジしている。
やはり無理か、と諦めかけた時、やっと幼女が話し始めた。
『お主、まだ死んでおらんし。寿命、まだあるし。でも、お主じゃ無理じゃろ? 全然ダメじゃもの、お主』
なんかダメ出しされた。
どうやら琴子はまだ死んでおらず、生きる運命にあるらしい。
だが、何か隠しているようだ。
目が合うと、すぐに目を逸らして口を尖らせたりしている。
何だかわからないが、多分、琴子に負い目があるようだ。
こういう相手には交渉次第でわりと無茶な条件でも飲ませることができる。
しかも、相手は神様!
「じゃあ、幼女……じゃなくて、神様、アイツなんとかしてくれる? 地獄に落とすとか、消滅させるとか」
『いやじゃ。あんなものに関わると、穢れるもの。そんな事よりの、お主、誰かに会いたがっておったじゃろ?』
――――そうだ。貴史だ。
「タカを、生き返らせて。タカならきっと、アイツを何とかできると思うし」
『首のもげた状態でも良ければできなくもないがの。じゃが、またすぐ死ぬぞえ?』
いいわけがない。
『お主、そやつに会いたがっておったじゃろ?』
幼女神はそれから何も言わず、琴子の手を引いて、暗闇の中を歩き始めた。
目の前に現れたドアを開くと、そこはオカ研の部室だった。
準備室から話し声が聞こえる。
そっと覗いてみると、貴史が、幼い琴子と話をしていた。
『だって、お主、会いたがっておったじゃろ? あのお主も、強く誰かに会いたいと念じておったのじゃ。わらわは悪くないぞ?』
言い訳をする神をじっと見つめる。
相手が目を逸らすまで、じっと見つめ続ける。
『すまぬとは思っておる。お詫びと言っては何じゃが、お主の願いをもう一つ叶えてやろう。あ、あれじゃぞ? さっきの願いは無理じゃからの!』
更に無言で見つめ続ける。
『あれじゃ、わらわは、その、あっちのお主を帰して来なきゃならんのでな。願いを決めておくが良いぞ!』
そそくさと準備室に入り、幼い琴子の手を引き、闇の中へと消えていった。
逃げたな、と思いながらも、琴子も準備室へ入る。
貴史がちょっと驚いたような顔をしてから、笑いかけてきた。
「今の、7年前の私」
ちょっと照れながら言うと、貴史は声を出して笑った。
「うん、三神琴子、10歳です! って言ってた。おっきくなったらここにおいでって言っておいたよ」
しばらく、穏やかに笑いながら見つめ合った。
ずっとこの時間が続けばいいのに。そう、心から願う。
「えっと、俺、死んだんだよな? 櫻子はどうなった? 俺、櫻子を助けられなかったのか?」
心が、また凍り付いていく。
櫻子……。貴史は、いつから櫻子を名前で呼び捨てするようになったのだろう。
事務的に状況を説明する。
まだ終わっていなくて、琴子だけの力ではどうにもできない、という事も。
「そうか……。でも俺、死んじゃったしなぁ。肉体が無い状態だと、霊団に取り込まれそうだし。それより、櫻子を探さないと。あんなのに取り込まれる前に、何とか一緒に成仏してみる。お前は戻ったら、その場から何とか逃げてくれ。後は、慎二さんに任せよう。じゃあ、俺、もう行くな」
普通にドアを開け、走り去っていく貴史の後姿を見つめる。
スカートの裾をクイッと引かれ、振り向くと、いつの間にか幼女神が戻って来ていた。
『願いは決まったかえ?』
琴子は、静かに頷いた。




