ラスボス
やべえ、もう朝だ。
クリスマスセール、年末セール、福袋予約~~!ぎゃぁぁぁぁ~~~っ!!
一心に真言の一部を繰り返す。
しばらくすると、辺りに腐臭が漂い始めた。
脳内にネガティブな考えばかりが浮かぶ。
『友達を、友達の魂を消滅させてしまうなんて、私は最低だ。もう、私なんて死んでしまったほうが……』
『もうタカは死んでしまった。私も早く後を追わなければ』
『早くしないと、タカはあの世で櫻子と結ばれてしまう。早くしないと』
『早く、早く、早く、早く!』
違う。これは私の考えじゃない。
残念ながら、環奈達を消したことに一切の後悔は無い。
どうやら敵が陰険な手口で攻めてきているらしい。
だが、友人を消した事で罪悪感を感じるだろう、と思っている敵のほうが、私よりも良心的なのではないか。
そう、私は、今ここに櫻子の霊が居なかった事を、彼女を消滅させられない事を、残念に思っているくらいだ。
「ふふ、ふふふ」
あまりの皮肉さに笑いが溢れてくる。
更に腐臭が強くなり、琴子の笑いに、もう一人の笑い声が重なる。
「ふふ、ふふふふふ」
『ふふふ、ふふふふふ』
目を開けると、目の前にどこかで見たことのある青年の顔があった。
それが誰か、確かめる間もなく銅剣を突き出す。
だが、青年は霧のように霧散する。
琴子の必殺技、「ハリウッド・セレブリティ・アタック」(密かに名付けていた)が効かない相手らしい。
『おぉ、怖い怖い。それにひどい臭いだ。わかりますか? これはね、あなたの魂が腐っている臭いですよ』
琴子も年頃の女の子なので、くさい、と言われると多少のショックはあるが、納得はできる。
こいつに操られていただけの、かわいそうな何十人もの魂を、感情のままに消滅させた。
そして、越法罪も犯した。
――――腐って当然だ。
それにしてもこの顔、どこで見たのだったか……。
いや、考えるまでも無い。古森医院の初代医院長のはずだ。
「あんたは、えぇっと、資料読んだ。古森医院の初代医院長。古森医院は大正12年創業。当初は結核の療養所。初代の医院長の名前は……古森……金……金太郎」
『金蔵だ! そこまで覚えていて、どうして名前を憶えていないんだ! お前は、脳みそまで腐っているのか!』
「一般的なJK並みには、BLにも興味があります」
『……お前が、何を言っているのかさっぱりわからない』
悪霊を困惑させた事で、かなり平常心を取り戻した。
「ところで金ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
『いきなり馴れ馴れしいな、お前は』
人の名前を覚えるのは本当に苦手だ。金、までは合っていたはずだが、金太郎……いや、これはさっき違うといわれたはずだ。金助? 金左衛門? 金五郎?
『まあいい、なんだ?』
やはり馴れ馴れしかったと自分でも思ったので、改める事にした。
「昔、古森は、気に入った爪を持つ女だけ爪を剥いで殺してたんだよね? なんで最近は見境なく殺してるわけ?」
全員がこいつのお眼鏡にかなったとは思えない。
あぁ、そうだ、思い出した。
古森医院の隠し部屋で、暴力的に流れ込んできた映像。そこで、こいつの姿を見たのだ。
『呼び捨てのほうが失礼だがな。意味なんてありませんよ。ふふ。私が手を下したわけでもありませんしね。まあ、しいて言うなら、ご縁ができたので、って事ですかね。でも、爪は取っていませんよ。剥いだだけでね。ふふ、ふふふふふふ、ふひっ でもあなたの爪だけは別ですよ。そのために、あなたを最後まで生かしておいてあげたのですからね。ちゃんと私が、永遠に愛してさしあげます』
実に悪霊的考えで、いっそ清々しい。
世の中が悪いだの、幸せな人が憎いだの、そんな被害者意識は一切無く、意味もなくこいつは何十人もの人を殺したのだ。
だが、琴子は既に、それを責める事ができる立場には居ない。
「ねえ、爪が欲しいだけなら、命まで取る必要無いんじゃない?」
『そうも行かないのだよ。私にも世間体というものがあって、変な評判を立てられると……ん? いや、もうそんな事は関係無いのか』
「そう。もう関係無い。命まで奪う必要は、無いよね?」
『ふふふ、そうですね。……でもね、命が失われるときに流れる涙というのも、それはそれは、とても美しいものなのですよ。ふふふ、ふふふふふ』
想定内の答えだ。所詮、殺人で快楽を得られる異常者の霊だ。
「あんたは、爪と命と、どっち取りたいの? あんたの爪愛ってそんなもん?」
挑発するように笑い、左手人差し指から小指までの指先を口に入れる。
『な、なにを……』
「ふぁうむ、かむひぐうぇうふぉおもう」
一旦、指を口から出した。
「多分、噛みちぎれると思う。もし無理でも、爪くらいなら奥歯でぐっちゃぐちゃに咀嚼できる」
生きている人間であれば顔色が変わる場面だったのだろう。古森の姿がありえない程にぐにゃぐにゃと歪む。
『ふ、ふん。できるわけがありません』
そんな事を言うので、まず左手の人差し指を口に含もうとした。
全身を貫くような痛みが走り、全ての爪が根元を残して剥がれる。
……こいつは、触れもせずに影響を与える事ができるのか。
だが、好都合だ。指を自ら噛み砕くよりはよっぽど楽だ。
剥がれた爪を噛み、引きちぎって次々に口に含む。
あまりの痛さに涙が止まらず、歯を食いしばったままで口を開け、ムフー、ムフー、と、獣のような息を繰り返す。
『ま、待て、お前の命は助ける! だから、爪を、爪をこちらによこせ!』
口の端で笑ってから、ゆっくりと口を開け、一気に閉じようとした。
『ひあぁぁぁっ!!』
情けなく声の裏返った悲鳴を聞き、直前で口の動きを止める。
そのままニヤニヤ笑いながら待っていると、古森がその場に跪いた。
『頼む、その爪を私にくれ。何でもする。何でもするから』
口に含んでいた爪を、血液交じりの唾液と一緒に左の手のひらに吐き出し、そのまま握り込む。
「古森。私に、使役すると誓うか? 誓うならこの爪を与える。あんたも、忠誠の証を」
小さな、黄ばんだ欠片を差し出す。
銅剣を握ったままの右手の、親指と人差し指以外を開いてそれを受け取った。
『私の、初恋の相手の爪だ。本当に、きれいな爪の女だった。私は彼女との結婚も考えていたのだが、互いの家柄の違いから、私の親が許さず』
「ストップストップストーップ! あんたの身の上話を聞く気は無い。で、そんな大切なもの、いいの?」
『私は、どうしてもお前の爪が欲しい。それは確かに大事な物だが、もう劣化してしまった。お前のみずみずしい爪を見ているほうが、当時の事を思い出せる』
「わかった。私の爪、あげる」
握りこんだ拳を前に突き出す。
そこに古森が、両手をお椀の形にして跪く。
小指だけ開くと、爪が一枚、古森の手のひらに落ちた。
それを掲げて凝視している古森に、言う。
「あ、ねえ、さっそく一つ目の指令」
古森は鼻の穴を広げながら一瞬こちらを見たが、一気に左手を開くと、爪を受け取る事に集中したようだ。
「消えろ」
古森の脳天に、銅剣を振り下ろす。
爪を受け取る事に集中し、実体化していた古森は、あっさりと銅剣に切り裂かれた。
「ちょろい」
こんな悪霊よりも、むしろ言葉が通じない霊のほうが大変かもしれない。
雲間から射す光に、ガラス片が煌めいていた。
どこかの窓が割れたのかと見渡すが、そもそも窓など無い。
屋上に設置されたソーラーパネルがひしゃげて、表面のガラスが無くなっていた。
「あぁ、これが……」
ただ、そう思った。
鉄骨が落ちていたので、残っているソーラーパネルを全て叩き壊した。
意味なんてない。
理由付けするなら、ただ……、そう、さっき、ピッタリな言葉を聞いた。
ただ、ご縁ができたから。
それだけだ。




