潜入
反省したので2話投稿したぜ!!
貴史に身代わりのヒトガタを渡し、それに息を吹きかける唇とぼんやりと眺めていると、突然、叫び声や怒号が聞こえた。
何事かと外に飛び出すと、1台のトラックが解体現場から出てくるところだ。
数名が「止まれ!」と叫びながらトラックの後を追ってくる。
運転手は大きな音で音楽を流していて、ノリノリで聞こえていないようだ。
と、貴史がトラックの前に飛び出し、手を大きく振った。
「ちょ、危ない! タカ!」
慌てて後を追い、貴史を突き飛ばし、覚悟を決めて目をぎゅっと瞑る。
「危ない! 琴子さん!」
後ろから強く突き飛ばされ、腹這いに倒れている貴史の上に、琴子もまた倒れ込む。
「危ない! お若いの!」
琴子の上に、和人が倒れこんできた。
「危ない! おクマさん!」
更に荷重がかかる。
「危ない! お隣のおじいちゃん!」
「危ない! ランニング中によく見かける奥さん!」
「危ない! 揚げたてコロッケがおいしいお肉屋さんのご主人!」
わけのわからない事になっていた。
なんとかそこから抜け出すと、トラックはとっくに止まっていた。
どうやら荷台から垂れていたロープに足を取られ、引きずられた作業員が居たらしい。
救急車を呼ぼうとすると、見るからに気弱そうな青年がすっ飛んできて、それには及ばない、と言う。
怪我をした人がいるなら車で病院まで連れて行って、治療費もうちが持ちます、と。
恐らく何か大人の事情があるのだろう。
幸いな事に、引きずられた作業員以外には、怪我人はひとりも居なかった。
それが一段落すると、また大きな物音と叫び声。
作業員達が慌ててそちらに向かうどさくさに紛れて、琴子達も後に続く。
土埃をあげて、地面に大穴が開いていた。
何があったのか、和人が手近な作業員に聞いてみると、どうやら重機が地下室に落ちてしまったようだと言う。
「隠し部屋、か?」
だが、地面に穴が開いているのは建物の外。
計測した限りだと、地下室は建物の外壁と同じ大きさだったはず。
地下室の更に下に隠し部屋があったとして、ここまで続いているとは思えない。
しばらく見守っていると、穴から作業員が一人顔を出した。
「ダメだ。油圧いかれちまった。クレーンで引き上げるしかねえな」
数名が手を貸して、作業員を引き上げる。
「ここ、呪われてるんじゃねえか? 朝からこんな事故ばっかりだ」
「そりゃあいきなりこんな、当日に人かき集めて破格の日給払うとこなんか、まともな現場なわけねえだろ」
「今日はもう作業できねえなぁ」
どうやら、朝からいくつか事故が起きているらしい。
「おいこら! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! 早く出ていけ!」
先程の気弱そうな青年が琴子達を見付け、走って来た。
「お前ら、学生か? サボりか。警察に通報しようかな。補導歴が付いたら、内申書がどうなるか、お前らわかるか? 学校サボるほどバカだからわからないか」
先程とは打って変わって居丈高でイヤな感じだ。
和人がニヤリと笑い、前に出る。
「へ、変態?」と、和人の全身タイツ姿を見て少し逃げ腰になった青年の肩を掴み、和人が小声で何か話し掛けると、青年の顔色は見る見る青くなっていく。
「いや、僕は何もそんなつもりで言ったんじゃないんだ。ここは穏便に、ね。君達も、動画消して。ほら、お小遣いあげるから、この場で消して」
和人が、財布を取り出す青年を手で制し、色々話を聞かせてくれたらSNSにアップもしないし、他言もしません、と、にっこり微笑む。
青年は若く、そうは見えないが、実は現場監督だそうだ。
指示を出して、穴の開いた部分の周りにバリケードを張らせ、作業員を全員帰らせてから、何故かクマばあちゃんの家でお昼ご飯を頂きながら話を聞くことになった。
現場監督の話では、昨夜遅く、急に自分の会社に、あの廃病院の解体の依頼が入ったと言う。
調査はできているから、すぐにでも取り壊してくれれば、5倍の金額を払う、と。
「ここの業者が請け負ってたはずなんだけど」
貴史が、昨日見積もりに来ていた業者の名刺を見せる。
若き現場監督は眉間に皺を寄せた。
「ああ、虎鹿建設さんね。うん、引継ぎしてもらったんだけどね、そこの社長さんと、見積もり担当の二人が、昨日入院しちゃったらしくてね」
「え?」「なんで?」「どうして?」
3人同時に叫んでいた。
現場監督は、「いや、そこまでは僕も聞かされて無くて……」と、不安そうに下を向いた。
現場監督が帰ってから、時折、貴史や和人の母が古森医院の前をうろうろするようになっていたが、クマばあちゃんの家の勝手口から外に出させてもらい、遠回りして医院の裏から庭木の垣根をかき分けて、敷地内に侵入した。
穴の開いた場所に行き、穴の中を覗いてみる。
パワーショベルのような重機がすっぽりと落ちていて、足場にはなりそうだ。
身体能力的に、琴子には無理そうだったので、辺りを見回す。
蓋のされた古井戸が、生い茂る草の陰に見えた。
近寄って蓋を動かしてみると、見た目に反して、それはすぐに開いた。
一点を軸にして、円を描くように。
足元に、朽ちた鎖が落ちていた。
中を覗いてみると、梯子がついていた。
隠し部屋、だ。こんなところに。
重機が落ちた穴から光が差し込んでいる。
中はかなり広いようだ。
貴史と和人は、地面に開いた穴から軽々と下に降りて行った後だったが、琴子は一歩一歩慎重に、梯子を伝った。
鉄の棒の冷たい感触が、骨身に染みるように指先を痛くする。
全身が冷たくなり、悲しい気持ちでいっぱいになる。
頬を温かい液体が流れ落ちる。
ここには、無念の思いが吹き溜まっているのだ。




