事故現場
さま~せ~~るっ!!さまぁ~~せぇぇぇ~~~るっ!
くっそ忙しい!
前回から1か月近く経ってしまった!すんません。
それでもまだまだ続く、サマーセールの罠!
事故現場には人垣ができていて、近付く事すらできない。
近くに立っている人に、何があったのか聞くと、誰もが頭を左右に振る。
「性別もわからないよ。あれじゃもう肉塊だよ」
人垣に無理矢理割り込もうとする琴子の肩に、和人が手を置く。
「僕が見てくる。琴子さんはここにいて」
例の件とは全く何の関係のない事故だという可能性もある。
だが、この場に渦巻いている禍々しい、ねっとりと重い空気。
櫻子は家に居るはずだ。
田仲は……田仲は外に出てしまった。
全身に鳥肌が立っている。
自分の腕をさすりながら、野次馬達の後ろ姿を見つめる。
ほとんどの人達が、スマホを前にかざし、動画や写真を撮っている。
吐き気のする光景だ。
この人達は、赤の他人の不幸を、死の瞬間を撮影し、記録に残し、これから会うであろう友達や家族や恋人、大事な人達にこう言うのだろう。
「今日さ、すっごい事故目撃しちゃって。ほら、動画撮ったんだ。見て」と。
嫌悪感で本当に吐き気が込み上げてきた。
周りの音が遠のき、視界が狭くなっていく。
目の焦点が合わない。
景色が色を失い、潮騒のような、サーッという音しか聞こえない。
狭くなった視界に、貴史の後ろ姿が浮かぶ。
貴史が、振り向きもせずに琴子の目の前を走って行く。走っていく。走っていく。
どんなに追いかけても、差は開くばかりで追い付く事ができない。
どんどん小さくなって、もう琴子の声も届かない。
それでもまだ、貴史は全速力で走って行く。赤信号も無視して。
危険を告げたいのに、声が出ない。
角を曲がった貴史をを追い、琴子が角を曲がった時には、もう貴史の姿は見えない。
息苦しい。
大きく口を開けて息を吸い込む。
「おい、だい……か?」
「救急……だほう……な?」
「そうね、貧血……と思…………とりあえ……向こう…………」
潮騒の向こう側、かすかに誰かの話し声が聞こえる。
周囲から完全に色が消え、闇が訪れた。
ひんやりと冷たい何かを顔に置かれ、意識を取り戻す。
目の前が真っ白だった。
恐る恐る瞼に手をやると、どうやら顔全体にウェットティッシュが置かれているようだ。
「まだ動かないほうがいいわよ。貧血だと思うから」
ウェットティッシュをどけてみると、見知らぬ男女の集団が心配そうに琴子を覗き込んでいた。
「大丈夫か? 救急車呼ぼうか?」
首を横に振り、ゆっくりと上体を起こす。
いつの間にか事故現場とはちょっと離れたバス停のベンチに運ばれていたようだ。
「家はどこ? 送って行こうか? 徒歩だけど」
また首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。連れがいるので」
ちょうどこちらに向かって走って来ている和人の方を見て、手を振った。
「ちょっ! 彼氏? 美形だわ!」「マジ? 芸能人じゃないの?」「きゃ~~」
興奮している女性達に、更に首を横に振る。くらくらする。
彼氏じゃないし、芸能人じゃなくただの変態人だし。
「琴子さん、どうしたの? うわ、顔真っ青。大丈夫? あっちは、周りの人に話聞いたら、遺体とかもう運ばれた後だった。身元もまだわからないらしいよ」
和人はすぐに女性達に囲まれ、やたらとボディータッチされ始める。
「お友達、ちょっと貧血起こしちゃったみたいなのよ。少し休ませたほうがいいから、その間お姉さんとお話ししましょう」
「いくつなの? え? 16? 高校生かぁ~」
当然、残された男性陣は不機嫌そうだ。
溜息やら舌打ちが聞こえてくる。
申し訳ない。
「それよりコレ、どうするよ」
「どっかに送ったらいくらか貰えるんじゃないか?」
「バカだな。そんなのに送るくらいなら、自分で動画アップしたほうが稼げるって。ガチ心霊動画だぞ」
「そんな事より、お祓いとか、行ったほうがいいんじゃないか?」
スマホの画面を見ながら、何か言い合っている。
……心霊動画?
何を撮ったというのだろう。
思い切って立ち上がり、声を掛けてみる。
「あの。すみません。それ、見せていただけませんか?」
途端に男性陣は全員、困ったような、後ろ暗いような顔をした。
「いや、でもこれ、今の事故が写った動画だし。キミ、事故見て貧血起こしたんじゃないの?」
事故は見ていないので、貧血とは関係無い事と、自分はお祓いもできる、と主張してなんとか見せてもらうことができた。
あまり信用はされていないようだが。
動画には女性陣が写っており、一人一人の自己紹介と、誰かに向かって、今からでもコンパに参加するように、と呼び掛けていた。
後方にダンプが通り過ぎ、「え?」と言う声と共に一度地面が写り、その後、走りながらダンプの後ろを写している。
人を引き摺っているようだ。
「確かに事故の動画みたいだけど、これのどこが心霊動画なんですか?」
いつの間にか琴子の背後から、和人が画面を覗き込んでいた。
一人の男性がスマホの画面にタッチし、人差し指と親指で女性陣の背後の道路を拡大する。
「あ……」
「田仲君」
田仲が走っていた。
何かから逃げるように、何度も後ろを振り返りながら。
その『何か』が、田仲の足を捉え、彼はその場で転んでしまう。
そして、その横をダンプが通り過ぎると、彼の体も何かに引き摺られて画面から消える。
地面が写った後、やたらと上下に揺れながら、走っているダンプが写される。
動画を一時停止し、田仲の足元を拡大してみた。
白い手が、田仲の足首を掴んでいる。
指先だけが赤く染まっている。
拡大した粗い画像なのに、その手だけがやたらとなまめかしく、はっきりと写っている。
田仲は、ダンプに引き摺られているのではない。この手に、足を持ち上げられて引き摺られているのだ。
スローで再生して見ていると、田仲の足がいっそう高く持ち上げられ、手がしゅるん、とダンプの本体とタイヤの間に消えるのと同時に、田仲もタイヤに巻き込まれていった。
思わず目を逸らし、スマホを男性に返す。
「早く帰らなきゃ」
和人が心配そうにしていたので、大丈夫、と軽く頷き、歩き始めた。
「あ、ねえ、君、お祓いは?」
後ろから声を掛けられたので、一度男性のところまで戻り、スマホを借りて操作する。
「これでもう大丈夫だから」
スマホを男性に押し付け、早足でその場を立ち去る。
少しふらついていたが、和人が肩を支えてくれた。
「おい、ふざけんなよ! あの女、動画削除しやがった!」
後ろから怒声が聞こえた途端、琴子の体が宙に浮く。
和人が琴子を軽々と抱きかかえ、走り出した。
後ろを見ると、男達が追いかけてくるようなそぶりも無かった。
「ちょ、追いかけて来ないし、大丈夫だからおろして。はじゅ、はじゅか、恥ずかしいから!」
和人は「うん」と返事をしたものの、琴子をおろすつもりは無いらしく、そのままマンションまで走り続けた。
さて、これからまたサマーセール用の商品登録です!




