雨
そろそろスパートかけんとなぁ、とは思っているんですよ。マジで。
すみません。
釈然としない。もしかして振られたのだろうか。
手すり越しに下の道路を覗き込む。
高すぎるせいか、さほど怖く感じないのが不思議だ。
照れ隠し……ではない。
まるで相手にされなかった。
本気にされなかったのだ。
覚悟の上で言ったわけではないが、ふざけて言ったわけでもない。
では、どうすれば琴子が本気だということがわかってもらえるのだろう。
「無理だよ」
突然、背後から発せられた声に驚き、確認するよりも先に裏拳を打ち、続けざまに肘を入れ、振り向くと同時に回し蹴りを放っていた。
1m程先に和人が転がっていた。
「あ、カズ。おはよ。そんなとこで寝てたら風邪ひくよ? なんか曇って来たし、雨降りそうだし」
和人は寝転がったまま、やたらと格好つけて髪の毛を掻き上げた。
「梅雨だからね。それよりも、タカは無理だよ、琴子さん。僕にしときなよ。僕、これでも結構本気で琴子さんの事好きなんだけど。僕と付き合おうよ」
両方の鼻から鼻血が出ている。爽やかに笑う口元からは、白く輝く歯……ではなく、血まみれの歯が覗いている。怖い。
「何ふざけてんの? それより、タカが無理ってどういうこと?」
和人が、笑いを爽やかなものから、陰湿な、ニヤニヤとした笑いに変える。
「ほら、カズと同じ。どうして今、琴子さんは僕の告白をはぐらかしたの? 自分で言うのもなんだけど、僕は将来有望だし、才色兼備、眉目秀麗、文武両道、謹厳実直、品行方正、八面玲瓏、春風駘蕩、交際相手としては申し分無いと思うんだけど。それを、断るでも無くはぐらかした理由は? タカも同じだよ。だから無理だって言ったんだ。まあ、でも僕は諦めないけどね」
途中から和人がお経を唱え始めたようにしか聞こえなくて、理解が追い付かない。どういう事なのだろう。
「きゃんゆーすぴーくいんぐりっしゅ? アナタハァー、ニホンゴォー、ハナセマスカァ~?」
「いや、えっと、英語も日本語も話せるけど。わかりやすく言うと、タカが琴子さんの告白をはぐらかした理由は、琴子さんが今、僕の告白をはぐらかした理由と同じだって事だよ」
……ショックだった。
その場に崩れ落ちる。
「ショックだわ。まさか、……タカが、……私の事をキモいと思っていたなんて!」
「僕のほうがショックだよ! え? 何? 琴子さん、そんな理由で僕の告白スルーしたの?」
ふらふらと立ち上がり、屋内へと続くドアへ向かう。
途中、何か柔らかいものを踏んで「むぎゅっ」という声も聞こえたが、それどころではない。
何とか誤解を解かなければ。
誤解……じゃなかったらどうしよう。本当にキモいと思われていたら、どうすればいいのだろう。
ドアノブに手を掛けた途端、肩に何者かの手が置かれたので、無意識のうちに裏拳、肘打ち、回し蹴りの一連の動作を流れるようにスムーズに行っていた。
屋上を見渡してみるが、先程と同じ位置に和人が転がっているだけだった。
いや、ちょっと向きが変わっているか?
出血量も増えているようだ。
かまわずにドアを開ける。
「タカには、他に好きな子がいるよ」
ぽつり、と雨粒が落ちる。ぽつり、ぽつり、と。
その音は徐々に大きくなり、サー、という、耳鳴りにも似た音に変わる。
「戻ろう」
呆然としたまま、和人に肩を抱かれ、階段を下り、部屋に戻った。
出迎えてくれた和人母が、琴子と血まみれになった和人を交互に見つめ、「朝からお盛んね」と、頬を赤らめた。




