第七話 水平線と漂着物(ログ)、そして外の世界の「脅威度」
鬱蒼とした原生林を切り開き、俺はついにこの島の「外縁」へと辿り着いた。
視界が急に開け、目に飛び込んできたのは、二つの太陽に照らされて銀色に輝く広大な海だった。
潮騒の音。湿った磯の香り。東京のコンクリートジャングルでは決して味わえなかった開放感がそこにはあった。
「……ここが、島の終わりか」
俺はレベル10になった強靭な脚で、白い砂浜へと一歩を踏み出す。
だが、警備員としての本能が、景色に見惚れることを許さない。俺の視線は、砂浜の波打ち際に点在する「異物」へと吸い寄せられた。
それは、流木ではなかった。
波に洗われ、半分砂に埋もれた、腐食の進んだ「木箱」。
そして、その近くに転がっている、色褪せた布の切れ端と、折れたマストらしき木材。
「……漂流物か」
俺は膝をつき、その木箱を調べた。
表面には、文字らしき刻印がある。日本語でも英語でもない、だが明らかに「知的生命体」が管理のために刻んだ記号だ。
さらに歩を進めると、砂浜の岩陰に、誰かが焚き火をしたような跡――石で囲まれた古い炭の残骸を見つけた。
「……無人島じゃなかったのか。あるいは、誰かが立ち寄ったのか」
心臓の鼓動が少しだけ速くなる。
この島以外の場所には、文明がある。人がいる。
それは本来、喜ぶべき発見のはずだ。救助の可能性、日本へ帰る手がかり、温かい食事と清潔なベッド。
だが、俺の脳内にこびりついた「女不信」と「社会への不信感」が、即座にその希望を握りつぶした。
「……待てよ。人がいるってことは、『悪意』があるってことだ」
かつて、俺をATM扱いして笑っていた女たち。
MOSの資格を「ただの紙切れ」と笑い、警備員の俺を底辺と見下していた社会。
この異世界の人間が、言葉も通じない、得体の知れないオッサンを「お客様」として迎えてくれる保証なんてどこにもない。
むしろ、この強力な『通販』スキルや、俺が稼ぎ出した『魔石』を狙う「不審者」として現れる可能性の方が高い。
「脱出はする。だが、丸腰で外界に繋がるほど、俺は甘くない」
俺は再び、青白く光る8インチのステータスウィンドウを呼び出した。
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【目標設定】
・メイン目標:絶海からの脱出
・優先事項:外部脅威に対する「絶対的抑止力」の確保
・必要リソース:高ランク魔石 × 多数
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「外の島がどれだけ危険か、今の俺にはデータがなさすぎる。なら、やるべきことは一つだ」
俺は海に背を向け、再び森へと視線を戻した。
この島には、まだ俺が狩っていない「高単価な魔物」が腐るほどいる。
そして、通販レベル5で解放された『スキルオーブ』。
これらを買い漁り、自分の肉体と技術を「鉄壁のセキュリティ」にまで引き上げる。
魔法も、剣術も、鑑定眼も。
この島の魔物をすべて俺のレベルアップの「糧」に変えて、圧倒的な強さを手に入れてからだ。
「……まずは、さっきの『大魔石』を量産するぞ」
俺は特注のメイスを肩に担ぎ、砂浜を蹴って森へと駆け戻った。
脱出は「救助」を待つことじゃない。
この世界を、力ずくで「買い叩く」ための準備期間だ。
35歳のオッサンは、二つの月が昇る頃には、森の奥で今日一番の咆哮を上げる巨大な影を、冷徹な目で見据えていた。
「お前も、俺の『スキル』の一部になってもらうぜ」
波の音に消されるように、男の不敵な笑い声が響いた。




