第六話 攻勢転換(積極的投資)と「力」の等価交換
目の前に並ぶ「スキルオーブ」のリスト。それは、この不条理な異世界における唯一無二の「正解」に見えた。
剣術、魔法、気配察知。
これらを手に入れれば、俺はこの島で単なる「生存者」から「支配者」へと昇格できる。だが、そのために必要なコストは、今までの比ではなかった。
「……一個あたり、安くても80魔石か。今の『罠による受動的収入』だけじゃ、何日かかるか分かったもんじゃないな」
俺は、8インチサイズの高精細なステータスウィンドウを、使い慣れたタブレット端末を操作するようにスワイプした。
警備員として長年培ってきた「リスクとリターンの分析」が、脳内で冷徹なシミュレーションを開始する。
雑魚魔物を一匹ずつ罠で仕留めても、手に入るのは1魔石。
一方、昨日倒した「アーマー・ボア」のような強個体は、一気に20魔石もの利益(利益率2000%だ!)を叩き出した。
効率を求めるなら、答えは明白だった。
「待ち」から、「攻め」の狩猟への転換。
強い個体を狙い撃ちし、高単価な魔石を短期間でかき集める。そのためには、罠だけに頼るフェーズはもう終わりだ。
「……まずは、俺自身のスペック不足を解消する」
俺は手元に残っていた予備の魔石と、今日一日で稼いだ魔石をすべて、自分の**【グローバルレベル】**に注ぎ込んだ。
【レベル 5 → レベル 10 へ上昇】(コスト:合計50魔石)
瞬間、これまでのレベルアップとは比較にならない衝撃が全身を駆け抜けた。
パキパキと骨が鳴り、筋肉の密度が目に見えて変わっていく。
視界のフレームレートが上がったかのように、動くものすべてがスローモーションに見える。
35歳の、あの少しだけ弛み始めていた腹筋は岩のように硬くなり、肺活量は全盛期のスポーツ選手をも凌駕しているのが分かった。
俺は自分の「新しい肉体スペック」を確認した。
「……いける。これなら、正面から叩ける」
投資をリターン(魔石)へ変える
俺は通販スキルで、レベル2の時に買った鉄製ナイフを「素材」にして、より殺傷力の高い**「特殊警棒型の鉄製メイス」**を特注した。
剣術スキルがない今の俺にとって、刃物よりも「重さ」と「リーチ」を活かした打撃武器の方が、警備員の経験を活かしやすい。
俺は木の上という「安息地」を捨て、ジャングルの深層へと足を踏み入れた。
ほどなくして、ターゲットが現れる。
体長3メートル、巨大な二本の腕を持つ猛禽類の化け物「フォレスト・コンドル」の変異種だ。
地上に降りて獲物を引き裂こうとするその動作に、俺は迷わず飛び出した。
「……見えてるんだよ、その軌道」
かつて深夜の巡回中、暴れる酔っ払いを最小限の力で取り押さえた時のように、俺は重心を低く保ち、相手の懐に潜り込む。
レベル10に跳ね上がった身体能力が、俺の思考速度に完璧に追従する。
ガッ、と重い一撃。
特注のメイスが魔物の膝関節を正確に砕く。
悲鳴を上げる暇も与えず、俺は追撃を叩き込んだ。
数分後。
かつての俺なら一瞬で食い殺されていたであろう強敵が、光の粒子となって消えた。
あとに残されたのは、眩いばかりの**「大魔石」**。
【所持魔石:30】
「……これだ。この『効率』だ」
一戦で30。これを三回繰り返せば、念願のスキルオーブが買える。
女に金を貢いでいた頃は、どれだけ働いても、どれだけ残業しても、手元には虚しさと請求書しか残らなかった。
あいつらは、俺の努力を「当たり前」というブラックホールに飲み込み、感謝の言葉すら嘘で塗り固めていた。
だが、この世界は違う。
リスクを取って、強敵を狩れば、システムは寸分の狂いもなく「魔石」という報酬を俺の口座に振り込んでくれる。
なんて清々しい、なんて誠実な関係だろうか。
「……まずは『気配察知』だな。安全を確保した上での効率化。これが一番の基本だ」
俺は返り血を拭い、次の「高額案件」を探して森の奥へと消えていった。
35歳のオッサン。女不信、独身。
異世界の「通販サイト」を全解放し、神をも凌駕するスキル構成を完成させるまで。
俺の「お買い物」は、まだ始まったばかりだ。




