第五話 鉄と塩、そして自動化(オートメーション)の夜明け
手の中にある「鉄製ナイフ」の冷たい感触が、俺の脳髄に強烈な生存への活力を送り込んでいた。
石の破片とは比較にならない。刃こぼれを気にせず木を削れる。獲物の皮をバターのように滑らかに裂くことができる。
この一本のナイフがもたらした「作業効率の向上」は、俺のサバイバル生活を劇的に変えることになった。
三日目の朝。俺は昨晩仕留めた兎みたいな魔物の肉を解体し、焚き火で炙っていた。
だが、昨日の不味い肉とは決定的に違う点が一つある。
通販スキルLv.2で解放された『調味料』カテゴリから、残りの魔石1個を使って購入した**「粗塩」**だ。
脂が滴る肉に、指先でつまんだ真っ白な塩をパラパラと振りかける。
ジュワッ、という音と共に、暴力的なまでに食欲を刺激する香りが立ち上った。
「……いただきます」
誰にともなく呟き、熱い肉にかぶりつく。
「……ッ!!」
脳が痺れた。
塩味。たったそれだけのことだ。現代日本にいた頃は、コンビニの弁当にもファミレスのポテトにも当たり前のように含まれていた、ありふれた味覚。
だが、極限の脱水と疲労を経験した肉体にとって、どんな高級フレンチにも勝る麻薬だった。
「うまい……うますぎる」
かつて、俺の金をあてにして六本木の高級焼肉店で特上カルビを平らげていた女たちの顔がよぎる。あの時、俺は味なんてまったく分かっていなかった。ただ、笑顔を取り繕い、減っていく財布の中身を計算して胃を痛めていただけだ。
だが今は違う。自分の頭脳と身体で稼ぎ出した「魔石」で買った塩と、自分の手で命を奪った肉。
これほど美味い食事が、この世に存在するなんて知らなかった。
「……よし。腹も満たした。ここからは『工数削減』の時間だ」
俺はナイフの刃についた脂を葉っぱで拭き取り、立ち上がった。
目標は明確だ。罠の設置効率を上げ、手動での作業を減らし、魔石の獲得を「自動化」すること。
俺はナイフを使って太い蔓をより合わせ、以前よりも強固なロープを何本も編み出した。
さらに、新たに得た魔石を投資して、通販で**「手斧」と「鉄製ワイヤー」**を購入した。
ワイヤーは、蔓の罠を噛みちぎって逃げようとする魔物に対する絶対的なカウンターとなる。手斧は、太い丸太を一撃で両断し、より殺傷力の高い「落とし重し」を作るための最高のツールだった。
「ゾーンA、防衛線強化完了。ゾーンBのキルゾーンにワイヤーを敷設……」
俺は無人島の森を、まるで自分が管理するサーバーラックのように区分けしていった。
どこにトラップを配置すれば、最も効率よく魔物が「引っかかる」か。
データ処理の論理的思考と、警備員としての導線管理のノウハウ。それが、異世界の原生林というキャンバスの上で、血生臭い「システム」として組み上げられていく。
数日が経過した。
俺の構築した「罠」は、完璧に機能し始めた。
朝起きて、安全な木の上から降りる。そして、設定したルート通りに巡回を行う。
罠にかかって死んでいる魔物から魔石を回収し、たまに息のある奴にはナイフで的確にトドメを刺す。解体して肉を確保し、壊れた罠を修復する。
まるで、魔石という仮想通貨をマイニング(採掘)するマシンのようなルーティンワーク。
毎日コンスタントに10個から15個の魔石が手に入るようになった俺は、その利益を惜しみなく「再投資」していった。
【グローバルレベル:Lv.2 → Lv.3】(コスト:5魔石)
【グローバルレベル:Lv.3 → Lv.4】(コスト:10魔石)
肉体への投資は、劇的な変化をもたらした。
レベル4になった俺の体は、35歳の運動不足のオッサンとは完全に別物になっていた。
手斧を振るう腕は丸太を軽く叩き割り、木に登る速度は猿のようになり、夜の暗闇でも僅かな星明かりだけで周囲を見渡せるほどに視力が向上していた。
肉体がアップグレードされることで、罠の設置速度が上がり、さらに魔石の獲得効率が上がる。完璧な好循環だ。
【通販スキル:Lv.2 → Lv.3】(コスト:10魔石)
【通販スキル:Lv.3 → Lv.4】(コスト:20魔石)
そして、通販スキルの拡張。
Lv.3では『衣類』や『簡易テント』が解放され、俺は泥だらけのスーツから、機能的なサバイバルウェアとトレッキングシューズに着替えることができた。
Lv.4になると、『ポータブル浄水器』や『高光量LEDランタン』、さらには『ソーラーバッテリー』といった現代科学の恩恵がラインナップに加わった。
もはや、ここは絶望の無人島ではない。俺の手によって開拓された、俺だけのグランピング施設になりつつあった。
◆ ◆ ◆
転移から、およそ二週間が経過した頃だった。
その日、俺はとある場所に設置した深さ3メートルの落とし穴の底で、かつてない大物を仕留めていた。
体長は3メートル近い。全身が岩のような硬い甲殻で覆われた、巨大な猪の魔物だ。
通常の罠では甲殻を貫けず、ワイヤーも引きちぎられるほどのパワー。
だが、レベル4に到達した俺の「基礎身体能力」と、落とし穴の底という地の利、そして通販で買った「鉄製スピア」による執拗な関節への刺突攻撃の前に、ついにその巨体を沈めたのだ。
「……はぁっ、はぁっ……手こずらせやがって」
巨猪が光の粒子となって消滅する。
あとに残されたのは、今まで見たこともない、こぶし大の真紅の魔石だった。
「……こいつは、期待できそうだ」
俺は真紅の魔石を拾い上げ、ステータス画面を開いた。
【所持魔石:45】
アーマー・ボアの魔石は、なんと単体で20個分もの価値があったのだ。
「驚いたな。魔石の質によっては、通常の魔物の魔石数個分になるのか。」
これまでどの魔物の魔石を換金しても同じ値段だったから、これは嬉しい誤算だな。
今手に入った魔石とこれまでの貯蓄と合わせ、残高は一気に跳ね上がった。
「45魔石……。これだけあれば、いける」
俺の視線は、ずっと目標にしていた項目に釘付けになった。
【通販スキル:Lv.4 → Lv.5 へのアップグレード】(コスト:40魔石)
スキルレベル5。
これまでの法則からいって、5という数字は一つの大きな「壁」であり、ブレイクスルーの予感がしていた。
Lv.1が日用品、Lv.2がキャンプ具、Lv.3が衣類、Lv.4が高度なアウトドア家電。
ならば、Lv.5で買えるようになるのは何だ? 重火器か? それともプレハブ小屋でも買えるようになるのか?
期待に胸を膨らませながら、俺は迷わず「アップグレード」のボタンをタップした。
【魔石×40 を消費しました。通販スキルが Lv.5 に上昇します】
【警告:スキルレベルが一定値に達しました。カタログの『深層』が解放されます】
「深層……? なんだそれ」
ポンッ、という軽快な音と共に、俺の目の前に浮かぶ半透明のウィンドウが大きくリロードされた。
デザインが少し変わり、黒を基調としたシックなUIに変化している。
俺は逸る気持ちを抑えながら、新しく追加されたカテゴリのタブを探した。
『食品』『日用品』『ツール』『家電』……そこまでは同じだ。
だが、一番右端に、今まで見たこともない黄金色に輝くタブが追加されていた。
そのタブの名称は――『スキルオーブ』。
「スキル……オーブ?」
俺は眉をひそめながら、そのタブをタップした。
画面が切り替わり、ずらりと並んだ商品のリストが表示される。
だが、そこに並んでいたのは、テントでも、ライターでも、銃でもなかった。
・『剣術のオーブ(初級)』 価格:50魔石
・『火魔法のオーブ(初級)』 価格:100魔石
・『鑑定眼のオーブ』 価格:150魔石
・『身体強化のオーブ(中級)』 価格:200魔石
・『気配察知のオーブ』 価格:80魔石
「…………は?」
俺の思考が、完全に停止した。
画面に並ぶ、色とりどりの水晶玉のような商品画像。
そこに添えられている説明文を読んで、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
【スキルオーブについて】
本商品を対象者が使用(吸収)することで、記載された「魔法」や「技術スキル」を即座に習得することが可能です。
「……おいおい、マジかよ……」
声が震えていた。
俺は異世界に転移して以来、この『通販』スキルとは、あくまで「現代日本の物資」を異世界に取り寄せるための能力だと思い込んでいた。
だからこそ、道具と罠を駆使して、泥臭く戦ってきたのだ。
だが、現実は違った。
この『通販』スキルは、日本のAmazonでも楽天でもない。
異世界の「才能」すらも、金(魔石)で買えるというのか。
「……才能を、金で……」
剣の達人になるための血のにじむような努力も。
魔法を極めるための持って生まれた天賦の才も。
そんなものは必要ない。
ただ、罠を張り、魔物を殺し、魔石を稼いで「カートに入れる」ボタンを押すだけ。
それだけで、俺は魔法使いにも、剣聖にもなれるというのか。
「ハッ……あははははっ! なんだよそれ、最高に狂ってるシステムじゃねえか!!」
深い落とし穴の底で、俺は腹を抱えて笑った。
女は裏切る。他人は信用できない。
だが、金(魔石)だけは絶対だ。
金さえあれば、命の安全だけでなく、異世界の「神の力」すらも定価でポチれる。
こんなに平等で、こんなに冷酷で、こんなに素晴らしい世界があっただろうか。
「……やってやるよ。全部、買い占めてやる」
俺の目に宿る光は、もはやただの「生き残りたい」という生存本能だけではなかった。
このふざけた無人島を、俺だけの完全な生産拠点に変える。
魔石を無限に搾取し、あらゆるスキルを買い漁り、誰にも脅かされない「最強の個」となる。
女不信の35歳、元・警備員。
彼が真の「バグ(例外)」として覚醒するための、最狂の通信販売が――今、本格的に幕を開けた。




