第二十二話 初期化(セットアップ)とデバッグ作業
石畳が夜の冷気を帯び始める頃、俺は商業区の端に位置する巨大な倉庫街へと到着した。
待ち合わせていた依頼主は、いかにも「現場責任者」といった風貌の、隈の酷い中年の男だった。
「……アンタがギルドから派遣された新人か。悪いが、うちは今、盗難と害獣被害で損害が酷くてね。不審な動きがあれば即座に鐘を鳴らせ。深追いはしなくていい」
「了解した。……巡回ルートと、特に重点的に監視すべき保管エリアを教えてくれ」
俺の事務的な問いかけに、男は少し面食らったようだが、手短に現場の図面を指差して説明を終えた。
管理が杜撰な現場だ。元・警備員の目から見れば、死角だらけの監視カメラのないビルを歩かされるようなものだが、今の俺には「物理的なレンズ」は必要ない。
ステップ1:システム起動
依頼主が去り、静寂が訪れた倉庫街。
俺は暗がりに立ち、意識のスイッチを切り替えた。
「――『気配察知』、全域展開」
脳内の仮想モニターに、周囲の立体マップが展開される。
壁の向こう、積み上げられた木箱の隙間、床下の暗がり。視覚では捉えきれない「生体反応」が、無数の光るドット(パケット)となって浮き彫りになった。
「……いるな。あちこちに害獣がいやがる」
表示された反応のほとんどは、小型の魔物――いわゆる「ジャイアント・ラット」や「アシッド・ゴキブリ」といった害獣だ。
まずは、この環境から不要なゴミを駆除するところから始める。
ステップ2:害獣駆除
俺は足音を完全に消し、最も反応が密集している第3倉庫へと踏み込んだ。
暗闇の中、赤く光る眼がこちらを睨む。
体長50センチはある巨大なドブネズミの群れ。普通なら松明と数人の人足が必要な作業だが、俺には通販で買った「現代製・高視認性暗視ゴーグル(中世風偽装済み)」がある。
「一匹ずつ相手にするのは非効率だ」
俺はアイテムボックスから、通販でまとめ買いしておいた「超音波害獣忌避剤」の魔石駆動アレンジ版を取り出し、倉庫の四隅に設置した。
さらに、逃げ道に追い込んだ個体を、背負っていたメイスで淡々と処理していく。
パキッ、ゴシャッ……。
レベル35の身体能力をもってすれば、ネズミの動きは停止したデータも同然。
無駄な咆哮も、余計な演舞もいらない。ただ最短距離で、急所を破壊する。
「……駆除完了。次だ」
一時間足らずで、倉庫街全域の害獣反応は9割以上消失した。
残りの1割は、逃げ足の速い個体が境界線の外へパージされただけだ。
ステップ3:侵入者チェック(ログ監視)
害獣というノイズを消去したことで、レーダーの精度はさらに向上した。
ここからは本番、対人警戒だ。
俺は定期的に位置を変え、高所から倉庫街を見下ろしながら、街道側の門や裏手の搬入口を監視した。
時折、遠くで酔っ払いの叫び声や、夜の鳥の羽ばたきが聞こえるが、倉庫街の敷地内に「殺意」や「執着」を持った反応が侵入してくることはなかった。
「……フェンス(柵)の損傷なし。扉の封印も未開封。ログイン履歴(足跡)も異常なし」
かつて、深夜のオフィスビルでMOSの勉強をしながら、一時間おきに巡回ログをつけていたあの頃を思い出す。
あの時は「何も起きないこと」を祈りながら歩いていたが、今の俺は「何が起きても即座にデリートできる」という圧倒的なバックアップ(武力)を保持している。この差は大きい。
初日終了:シャットダウン
東の空が白み始め、交代の衛兵がやってくる時間になった。
俺は気配察知をオフにし、軽いストレッチをして体を解した。
依頼主の男が、眠そうな目をこすりながら現れる。
「……ああ、ケンジ。異常はあったか?」
「害獣は24体処分、残りは敷地外へパージした。侵入者の形跡はゼロ。第3倉庫の裏の換気口が緩んでいたから、補強しておいた方がいい。そこが脆弱性だ」
俺が淡々と報告すると、男は驚いたように目を丸くした。
「……24体も? それに、換気口の緩みなんて俺たちも気づかなかったぞ。……アンタ、想像以上に『プロ』だな」
「仕事をこなしただけだ。……明日も同じ時間に来るとしよう」
俺は報酬の銀貨を数えることもせず、そのまま現場を後にした。
初日の業務評価はAランクといったところか。
人付き合いは最低限。余計なトラブルもなし。
自分の力を「平穏を維持するためのリソース」として消費するこの感覚は、悪くない。
35歳の最強警備員。
彼の異世界初仕事は、完璧な「正常終了」で幕を閉じた。




