第二十一話 市場調査(マーケット・リサーチ)と商業ギルドの規約(ToS)
倉庫街の夜勤が始まるまで、まだ数時間の猶予がある。
俺はアイテムボックスに眠っている、あの巨大魚――ブルー・キラーシャークの肉と素材を換金することにした。
冒険者ギルドに戻るのが手っ取り早いが、あそこのガサツな空気感は一度で十分だ。
「……多角的な販路の確保は商売の基本だからな」
俺は道行く町人に、声を掛けて道を尋ね、商業ギルドの場所を特定した。
商業ギルドの建物は、冒険者ギルドよりも洗練されていた。
入り口には磨き上げられた石柱が立ち、重厚な扉の横には「不審者・勧誘お断り」と言わんばかりの隙のないオーラを纏った門番が立っている。元・警備員の視点から見ても、こちらのほうが「警備のプロトコル」がしっかりしているように見えた。
商談開始:買取査定
中に入ると、そこはまるで中野の区役所か、あるいは銀行の窓口のような整然とした空間だった。
俺は「素材の売却と、新規の準会員登録を検討している」と告げ、査定室へと通された。
現れたのは、眼鏡をかけた初老の男。彼は俺がアイテムボックスから取り出した(「隠し持っていた」と偽装した)ブルー・キラーシャークの白身と、その鋭い牙、そして青鱗を見て、わずかに眉を動かした。
「……鮮度は完璧、解体の切り口も極めて正確だ。一切の無駄がない。良い仕事ですね、これなら高く買取ますよ。」
査定の結果、肉と素材合わせて王国金貨2枚と銀貨30枚という、初仕事としては十分すぎる「売上」が計上された。
規約説明:商業ギルドの利用規約(SLA)
換金を終えた後、俺は今後の円滑な取引のために、ギルドの決まり――いわゆる「利用規約(Terms of Service)」の説明を求めた。
査定役の男は、滑らかに加工された木板の資料を提示しながら、淡々と説明を始めた。
「当ギルドに所属するにあたり、以下の三つの基本原則を遵守していただきます」
1. 取引の透明性と税の徴収
「商業ギルドを通さない大規模な取引、いわゆる『闇営業』は厳禁です。すべての取引には所定の手数料(5%)と、都市への通行税が自動的に付与されます。脱税が発覚した場合、即座にブラックリストに登録され、この大陸の主要都市での商行為が永久凍結されます」
2. 品質保証と瑕疵担保責任
「納品された素材や商品に偽装があった場合、その損害はすべて納品者が賠償するものとします。特に魔石の純度や、薬草の産地偽装は重大なコンプライアンス違反と見なされます」
3. 紛争解決の仲裁
「商人同士、あるいは客とのトラブルが発生した場合、ギルドが介入し仲裁を行います。ただし、ギルドの裁定は絶対であり、不服申し立ては受け付けません。武力による自己解決は、商業区内では重罪です」
「……なるほど。完全な『中央集権型システム』だな」
俺は内心で頷いた。
冒険者ギルドが「労働力を提供する派遣会社」なら、ここは「市場のインフラを牛耳るプラットフォーマー」だ。
面倒な人付き合いは嫌だが、この「ルールに従えば安全と利益が保証される」というビジネスライクな関係は、俺のスタンスに合っている。
出勤準備:深夜巡回への移行
商業ギルドを後にした俺の懐には、新たに金貨が増えていた。
「……さて。そろそろ『現場』に向かうか」
太陽が沈み始め、街の街灯――魔力で灯る淡い光――がポツポツと点火され始める。
これから向かう倉庫街は、日中の喧騒が嘘のように静まり返る場所だ。
俺は歩きながら、アイテムボックスから通販で買った「現代日本の高輝度LEDフラッシュライト(中世風カバー付き)」を手に取った。
人付き合いは最低限に。
報酬は確実に。
そして、俺の領域を侵す不規則な挙動には、容赦のない処置を。
異世界での「夜勤」。
レベル35の最強の警備員が、静まり返った倉庫街の境界線へと足を踏み入れた。




