第十九話 残骸の監査(オーディット)と現地通貨(ローカル・マネー)の確保
凄惨な現場を背に数歩歩き出したところで、俺はピタリと足を止めた。
「……いや、待てよ」
アイテムボックスの中には、あの無人島で海賊たちから巻き上げた戦利品――金貨や銀貨といった「現金」がそれなりに眠っている。だが、ここはあの絶海から遠く離れた別の大陸だ。
為替の概念があるかはともかく、海賊の持っていた硬貨が、この先の街でそのまま通用する保証はどこにもない。もし特定の国の刻印が入った金貨を無造作に出して、「海賊の遺留品だ」あるいは「敵国のスパイだ」と怪しまれれば、回避するはずだった面倒事を自ら抱え込むことになる。
「現地通貨のサンプル……いや、当面の初期資金は確保しておくべきか」
コンプライアンス的に「死体漁り」がどうなのかという倫理的な引っ掛かりは、開始0.1秒で脳内のゴミ箱へ放り込んだ。
踵を返し、俺は再び血生臭い「犯行現場」へと舞い戻った。
野盗の連中は、目に付く木箱や荷袋、騎士たちの武器防具など、わかりやすい「資産」は根こそぎ持っていっていた。
だが、レベル十数程度のチンピラの集まりだ。プロの監査役……もとい、長年施設の隅々まで不審物をチェックしてきた元・警備員の目から見れば、その捜索はあまりにも杜撰だった。
「素人は『外側』しか見ない。本当に大事なデータは、常に隠しフォルダの中だ」
俺は血だまりを避けながら、横転した馬車の残骸へと近づいた。
扉はひしゃげ、内部のクッションは乱暴に引き裂かれている。だが、馬車の床板――その接合部の一部に、不自然なほどの「隙間の無さ」を感じ取った。
タクティカル・メイスの柄で床板を軽く叩く。
コン、コン……トンッ。
「……ビンゴ。ここだけ反響音が違う」
俺はセラミック・ナイフの切っ先を板の隙間にねじ込み、テコの原理で強引に床板をひっぺがした。
バキッという音と共に板が外れると、そこには精巧に作られた隠しスペースがあり、黒い革袋が三つ、行儀よく並べられていた。
資産価値の測定(プロパティ確認)
革袋の一つを手に取り、中身を手のひらに開ける。
ジャラリ、と重みのある金属音が響き、太陽の光を反射して硬貨が輝いた。
「よしよし。これで現地の経済規格がわかる」
俺はすぐさま『鑑定眼』を起動し、硬貨にフォーカスを合わせた。
• 【対象:王国金貨】
• 詳細: この大陸を広く統治するルミナス王国の公式通貨。1枚で平民の1ヶ月の生活費に相当する。
• 【対象:王国銀貨】
• 詳細: 一般的な取引で最も使われる通貨。金貨1枚=銀貨100枚のレート。
• 【対象:大金貨(王室刻印入り)】
• 詳細: 貴族間の高額取引に用いられる特殊な金貨。一般市場に出回ることは稀。
「……なるほど。海賊の持っていた無骨な金貨とは、明らかに鋳造技術も刻印のデザインも違う」
もし街の入り口で海賊の金貨をチラつかせていたら、最悪の場合「偽造通貨の行使」で衛兵に囲まれていたかもしれない。やはり、現場での一次情報の確認は怠るべきではない。
袋の中身をざっと計算すると、王国金貨が約50枚、銀貨が数百枚。そして大金貨が10枚ほどあった。
盗賊の襲撃で命を落とした貴族には悪いが、彼が用意していたこの「隠し資産」は、俺の異世界での安全で快適なソロライフを構築するための初期投資として、極めて有効に活用させてもらうことにする。
「所有権の移転、完了だ」
俺は革袋をそのまま、時間も質量も無視する無敵のアイテムボックスへと放り込んだ。
撤収:真のスタート地点へ
これで、本当にこの現場に用はなくなった。
現地での身分証明証(ID)こそないが、それを補って余りある圧倒的な武力と、どこに出しても怪しまれない「正当な現地通貨」を手に入れた。
「……さて。門を通るための『入場料』もできたことだし、今度こそ行くか」
もう振り返ることはない。
馬車の残骸と、ハエがたかり始めた死体たちを完全に背後へと置き去りにし、俺は街道をまっすぐに歩き出す。
孤独を愛し、女を信じず、理不尽を力でねじ伏せる。
最強のステータスと物流を隠し持った35歳のオッサンの、冷徹で悠々自適な異世界ライフが、城塞都市の門をくぐることでいよいよ幕を開けようとしていた。




