第十七話 基本方針(コンプライアンス)の制定と、孤独の誓い
岩場と森を抜け、やがて足元が踏み固められた土へと変わった。
轍の跡が残る、整備された一本道。どうやら無事に「街道」へとアクセスできたらしい。この道を辿れば、遠くに見える巨大な港湾都市へと確実に行き着くはずだ。
「……さて。社会に接続する前に、俺自身の基本スタンスを設定しておかないとな」
街が近づくにつれ、俺の心の中に警報が鳴り始めていた。
人がいるということは、そこには必ず「面倒事」が存在するということだ。無計画に飛び込めば、かつての日本にいた時のように、いつの間にか他人の都合に振り回され、搾取される側に回ってしまう。
俺は道の傍らにある手頃な岩に腰を下ろし、アイテムボックスから冷たい水を取り出して喉を潤しながら、街での「行動規範」を脳内に書き出していった。
第1項:スタンドアロン環境の維持(非干渉の原則)
「まず第一に、面倒事には一切関わらない。人付き合いは、マジで御免だ」
パーティーを組む? ギルドで仲間を作る? 冗談じゃない。
他人が介在すれば、必ずそこに「妥協」と「責任の押し付け合い」が生まれる。俺には通販スキルとアイテムボックスという、究極の自己完結システムがある。誰かに背中を預ける必要なんて、1ミリもないのだ。
「特に、ファンタジーのテンプレにあるような『ハーレム』……あんなのは地獄の始まりだ」
女が何人も群がってくる状況なんて、コストとリスクの塊でしかない。嫉妬、要求、そして裏切り。かつて俺をATMとしてしか見ていなかった女たちで、もう十分に学習した。
俺は、俺だけの時間を生きる。基本は常に「ソロプレイ(単独行動)」だ。
第2項:欲求のアウトソーシング(恋愛の完全否定)
だが、俺も35歳の健康な男だ。食欲や睡眠欲と同じように、肉体的な欲求が蓄積することは否定しない。
それをどう処理するか。答えは簡単だ。
「性欲の処理は、プロ(娼館)に外注する。それ以外で女と付き合う気は、一切ない」
金(魔石)を払い、サービスを受け、時間になればきっちり関係を終了する。
そこに「感情」や「将来の約束」といった不確定要素が入り込む余地はない。これほどクリアで健全な取引はないだろう。
無料で手に入る愛情などという、この世で最も高くつく幻を追いかけるのは、もうやめたのだ。俺は必要な時に、必要な対価を払って欲求を処理する。それ以上の関係性は、俺の人生のストレージには不要だ。
第3項:ゼロ・トレランス方式(無制限の自己防衛)
そして、最後にして最大のルール。
「難癖をつけてくる奴、俺の領域を侵そうとする奴がいたら……躊躇なく武力行使(物理的排除)を行う」
日本にいた頃の俺は、会社で理不尽な要求をされても、酔っ払いに胸ぐらを掴まれても、常に「我慢」を選択してきた。それが大人になることだと思い込んでいたからだ。
だが、その結果がどうだったか。我慢すればするほど、連中はつけ上がり、俺の尊厳を削り取っていった。
「もう、我慢するのは嫌だ。誰の顔色も窺わない」
レベル35の圧倒的な肉体と、アイテムボックスに詰まった現代兵器。
もし街でチンピラに絡まれたり、貴族気取りの阿呆に理不尽を押し付けられたりした時は、話し合いなんて無駄なプロセスは省く。即座にメイスを振り抜き、徹底的に叩き潰す。
俺の平穏を脅かすエラー(敵)は、情け容赦なくデリートする。それが、この弱肉強食の世界で俺が下した結論だ。
実行:街の門へ
「……よし。方針は固まった」
俺は立ち上がり、背中のメイスの感触を確かめた。
1.人は信じない。
2.女は買っても、愛さない。
3.理不尽には、鉄槌を。
極めてシンプルで、極めて冷徹な、35歳のオッサン専用のサバイバル・ルール。
誰に嫌われようが知ったことではない。俺は俺の稼いだ力で、俺が一番快適に過ごせるように世界を消費してやる。
街道の先、巨大な石造りの城壁と、行き交う人々の喧騒が見えてきた。
門には槍を持った衛兵が立ち、荷馬車や旅人が列を作っている。
「……さあ、新しい職場の視察といこうか」
己の中に冷たい鋼のルールを打ち立てた賢治は、微塵の怯みもなく、異世界の都市の門へと歩みを進めた。




