第十一話 限界突破(オーバークロック)と救済のカタログ
「ガァァァッ!!」
凄まじい咆哮と共に、ガッツのカットラスが空気を引き裂いた。
『身体強化』を重ねがけした俺の反射神経を以てしても、その一撃はあまりに速く、重い。メイスで受け流そうとしたが、衝撃は骨を伝って脳まで揺さぶった。
「ぐっ……ッ!」
防刃仕様のタクティカル・スーツが悲鳴を上げ、肩口が裂ける。熱い衝撃が走り、そこから赤い液体が溢れ出した。警備員時代、酔っ払いに絡まれて小突かれたのとは次元が違う、「死」の感触だ。
「どうしたァ! さっきまでの威勢はどこへ行った!」
ガッツの猛攻は止まらない。レベル25という数値は伊達ではなかった。力任せのようでいて、その実、長年の略奪で培われた「殺しの呼吸」がそこにはある。
俺は泥にまみれ、何度も吹き飛ばされながらも、必死に『鑑定眼』を働かせ続けた。
視界の端で赤く点滅する『警告』の文字。体力(HP)の残存値が、危険域に差し掛かっている。
「……ハァ、ハァ……。マニュアル通りには、いかないか……」
俺は口の中の血を吐き捨て、敢えてメイスを投げ捨てた。
ガッツの目が、勝利を確信したように細まる。
「諦めたか! 楽に死なせてやるよ!」
大上段からの全力の一撃。
俺はその瞬間、自身の『身体強化』の全出力を「脚」の一点に集中させた。
避けるのではない。懐へ。
かつて深夜のビル、狭い通路で不審者と対峙した時のように。
カットラスが俺の背中を掠め、スーツが完全に弾け飛ぶ。だが、俺の右手には、通販で買ったばかりの「高圧電流スタンガン(特殊警棒型)」が握られていた。
魔法でも剣術でもない、現代日本の法執行機関も採用する、純粋な「理」だ。
「強制終了だ、クソ野郎」
ガッツの脇腹、鎧の隙間に、フルチャージされた電極を叩き込んだ。
バリバリバリッ!!!
「ギャアアアアアッ!!?」
人間が出していいとは思えない絶叫。
レベル25の屈強な肉体といえど、神経系に直接流し込まれる数万ボルトの暴力には抗えない。痙攣し、白目を剥いて崩れ落ちる巨体。
俺はその首筋に、残った渾身の力を込めてナイフを突き立てた。
――光の粒子が舞う。
あとに残ったのは、これまでのどの魔物よりも巨大で、禍々しく輝く「極大魔石」だった。
「……はぁ……はぁ……。勝った、のか……」
アドレナリンが切れると同時に、全身を激痛が襲った。
ズタボロになったスーツ。深い切り傷。おそらく肋骨も一本はいっている。
俺はふらつく足取りで、海賊たちが残した魔石を一つ一つ、執念で回収していった。
絶望:物理限界
夕暮れの砂浜。
俺は血の滲む包帯(通販で購入)を巻き終え、入江に浮かぶ海賊船を見上げていた。
「……冗談だろ」
近くで見れば見るほど、その惨状は酷かった。
マストは中ほどから折れ、船体には巨大な穴が開き、浸水も始まっている。
たとえ俺のレベルが上がり、人並み外れた怪力を手に入れたとしても、これほど巨大な「設備」を一人で修理し、さらに帆を操って操船することなど、物理的に不可能だ。
ましてや、俺には『航海術』なんてスキルはない。
海賊たちは全滅させた。魔石も大量に手に入れた。
だが、脱出の手段だと思っていた船は、ただの「巨大な粗大ゴミ」に過ぎなかった。
「……結局、またここで行き止まりかよ」
砂浜に座り込み、水平線を見つめる。
夜の闇が迫ってくる。このままでは、またあの孤独な森に、今度は一生閉じ込められることになる。
女に裏切られた時のような、あの冷たい絶望が背筋を這い上がってきた。
決算:次世代アップデート(V 7.0)
俺は、震える指で8インチのステータスウィンドウを開いた。
手元には、ガッツとその一味から奪い取った大量の魔石。
総額、500魔石を超えている。
「……まだだ。まだ、全ての選択肢を試したわけじゃない」
俺はMOSの試験で、最後の1秒までエラーを探し続けたあの時の執念を呼び起こした。
通販スキル:Lv.6。
現在の俺にとって、これが最後の「希望」のタブだ。
俺は手に入れた魔石のほとんどを、スキルのアップグレードへと注ぎ込んだ。
【魔石×300 を消費しました。通販スキルが Lv.7 に上昇します】
【システム・アップデートを実行中……】
【カタログ・カテゴリー『輸送・交通』がアンロックされました】
画面が激しく明滅し、金色の縁取りが施された新しいアイコンが出現する。
俺は祈るような気持ちで、そのタブをタップした。
「……頼むぞ、日本の製造業……!」
スクロールするリスト。
そこには、これまでとは次元の違う「商品」が並んでいた。
・『電動アシスト自転車』 50魔石
・『オフロードバイク(125cc)』 150魔石
・『小型ドローン』 80魔石
そして――。
・『全自動航行・プレジャーボート(ソーラー充電式)』 400魔石
「……っ!!」
俺の目が、その商品画像に釘付けになった。
白く輝く流線型の船体。屋根には最新式のソーラーパネルが敷き詰められ、何より商品解説にはこう記されていた。
【AIによる全自動航行・目的地設定機能を搭載。操船スキル不要。日本の近海レジャー仕様を、異世界の魔力エンジンに完全換装済み。一人でも快適なクルージングを提供します】
「……これだ。これだよ……!」
ボロボロの帆船を修理する必要なんてなかった。
大人数の部下を雇う必要も、裏切りに怯える必要もない。
金(魔石)さえあれば、俺は一人で、自分だけの力で、この海を越えられる。
俺は手の中にある、ガッツが残した特大の魔石を見つめた。
「……ありがとな、キャプテン。あんたの命は、俺の『片道切符』に変わってもらうぜ」
俺の指が、迷うことなく『購入』ボタンを押し込んだ。
深夜の静かな砂浜に、光が渦巻く。
異世界の月明かりに照らされて、そこにはこの世界には存在し得ない、究極に「効率化」された脱出装置が姿を現そうとしていた。
35歳のオッサンの、本当の「逆襲の航海」が、ここから始まろうとしていた。




