第十話 施設内警備(インシデント・レスポンス)と人間の価値
魔法使いの女の指先が、俺の潜む茂みを正確に捉えた。
海賊たちの殺気が一斉にこちらへ向く。だが、俺の心は恐ろしいほどに冷え切っていた。
警備の現場において、不審者の侵入は「起きるもの」として想定しておくのが基本だ。重要なのは、パニックになることではなく、用意されたマニュアルをいかに冷徹に実行するか。
「……殺せ! 獲物は一人だ!」
頭領のガッツが叫び、十人近い海賊が武器を振り上げて突っ込んでくる。
俺は茂みを蹴り、彼らから背を向けて森の深部――俺が構築した「ゾーンB(主力トラップエリア)」へと駆け出した。
「逃がすかよ! 追え!」
「バカめ、自分から袋小路に入り込みやがって!」
海賊たちの嘲笑が背後から聞こえる。
俺は走りながら、脳内で今日の『業務報告書』の草稿を作成し始めていた。
【事象】:武装した不審者グループ(約10名)による、第一警戒ラインの突破。
【対応】:対象を自動防衛区画(ゾーンB)へ誘導。各個撃破による無力化を実行する。
「……さあ、夜勤(残業)の時間だ」
第一の無力化:物理システムの稼働
俺は意図的に足音を立て、獣道をジグザグに走った。
『気配察知(中級)』のレーダーが、背後に迫る複数の赤いドット(敵)を正確にマッピングしている。先頭を走る足の速い二人の海賊が、本隊から少しずつ引き離されていく。
「もらったァッ!」
先頭の一人が、俺の背中目掛けて投げ斧を放とうと大きく踏み込んだ。
その足が、枯れ葉の下に隠された「トリガー」を正確に踏み抜く。
バキンッ!
乾いた音と共に、極限までしならせていた太い若木が解放される。その先端に取り付けられた通販製の「鉄製ワイヤー」が、目にも留まらぬ速度で海賊の胴体を薙ぎ払った。
「が、あ……?」
防具の隙間を縫うように食い込んだワイヤーが、男の肋骨をへし折り、そのまま強引に宙へと跳ね飛ばす。
もう一人が「ヒッ」と足を止めた瞬間、俺は急ブレーキをかけ、反転した。
『身体強化(中級)』によって爆発的な推進力を得た俺の体が、男の懐へと一瞬で潜り込む。
右手に握った高炭素鋼製のタクティカル・メイス。警備用の特殊警棒術を応用した、最短距離での骨格破壊の軌道。
「アクセス拒否」
ゴシャッ!
メイスが男の膝関節を粉砕し、崩れ落ちた側頭部へ、容赦なく追撃の蹴りを叩き込む。
男は白目を剥き、二度と動かなくなった。
一瞬の出来事。
だが、その直後、驚くべき現象が起きた。
倒れた二人の海賊の体が、魔物と同じように光の粒子となって消滅し、その場に「魔石」が転がったのだ。
「……マジかよ。人間も『ドロップ』するのか」
俺は魔石を拾い上げ、ステータス画面を一瞥する。
人間から落ちた魔石は、アーマー・ボアのような大型魔物と同等、いや、それ以上の高純度の光を放っていた。
「……ハッ。どいつもこいつも、等しく『資源』ってわけか。最高に平等な世界だな」
俺は口角を吊り上げ、再び森の闇へと姿を消した。
第二の無力化:エラー(魔法)の排除
森の奥へ進むにつれ、海賊たちの怒声は「混乱」と「恐怖」へと変わっていった。
「おい、ザック! どこ行った!」
「足元に気をつけろ! なんだこの森、罠だらけじゃねえか!」
落とし穴、スネアトラップ、上空からの丸太落とし。
俺が魔物狩りのために最適化し、毎日メンテナンスを欠かさなかった「自動防衛設備」が、不法侵入者たちを次々と血祭りにあげていく。
俺は高所の枝に身を潜め、監視カメラ(モニタリング)のように彼らの動きを俯瞰していた。
だが、一人だけ厄介な存在がいる。
最初に俺を見つけた、あの魔法使いの女だ。
「止まって! 右の茂みに魔法のワイヤー(罠)があるわ! 左を迂回して!」
彼女の目が淡く光り、俺の仕掛けた物理トラップを「魔力探知」か何かで見破っている。彼女がいる限り、罠の致死率が著しく下がる。
「……まずは、あの『センサー』から潰す」
俺は『隠密(初級)』を最大出力で維持し、木から木へと音もなく移動した。
海賊たちは女を円陣の中心に置き、警戒を強めている。正面からの突破はリスクが高い。
俺はポーチから、通販で買っておいた『高光量LEDランタン(フラッシュ機能付き)』を取り出した。
魔石を消費して手に入れた、現代の戦術装備。
「暗い森の中じゃ、これの威力は絶大だぜ」
俺は女の頭上、5メートルほどの枝から、ピンを抜いたLEDランタンを円陣のど真ん中へ投下した。
「ん? なにか落ちてき……」
ピカーーーーッ!!!
太陽の直視すら上回る、数千ルーメンの強烈な閃光が炸裂した。
暗順応していた海賊たちの網膜が焼き切られ、一斉に鼓膜を破るような悲鳴が上がる。
「ああっ!? 目が、目がァッ!!」
「何だこの光は! 敵の魔法か!?」
魔法使いの女も例外ではない。彼女は両目を押さえてしゃがみ込んだ。
その無防備な背中へ、俺は木の上から重力に任せて飛び降りた。
「エラー、修正完了」
着地と同時に、『短剣術(中級)』の補正が乗った鉄製ナイフが、女の頸動脈を正確に刈り取る。
悲鳴すら上げさせない、完璧なサイレント・キル。
光の粒子と共に落ちた魔石を拾い上げ、俺は再び闇へと紛れた。
第三の無力化:個別撃破の完了
最大の眼を失った海賊たちは、もはやただの烏合の衆だった。
視界を奪われ、パニックに陥った彼らは、デタラメに武器を振り回しながら森を彷徨い、次々と俺の「ゾーンC」へと誘い込まれていく。
ある者は落とし穴の底の杭に貫かれ。
ある者は背後から忍び寄った俺のメイスに頭蓋を砕かれ。
ある者は恐怖のあまり逃げ出した先で、アーマー・ボアの縄張りに踏み入って引き裂かれた。
一人、また一人と赤いドットが消えていく。
その度に、俺の「所持魔石」のカウンターが、チャリン、チャリンと小気味良い音を立てて跳ね上がっていった。
「……いいぞ。最高の稼ぎ(ボーナス)だ。これなら、あの船の修理代くらいは余裕で賄えそうだな」
そして、森に静寂が戻った。
残る反応は、たった一つ。
決算:船長との面会
俺が構築したトラップエリアの中心、開けた広場。
そこに、荒い息を吐きながら血走った目で周囲を睨みつける、頭領のガッツが立っていた。
彼の部下はもう誰もいない。十人いた海賊団は、たった一人のオッサンと、彼が構築した「森のシステム」によって、わずか一時間で全滅した。
「……出てきやがれ、このクソ野郎……ッ! コソコソと罠ばっかり張りやがって! 俺は、ガッツ・ザ・ブラッドだぞ! 王国海軍すら恐れる、この俺を……!」
ガッツが絶望と怒りの混じった声で叫ぶ。
俺は『隠密』を解き、木陰からゆっくりと広場へと足を踏み出した。
防刃仕様のタクティカル・スーツには、返り血ひとつ飛んでいない。
手にした高炭素鋼のメイスを肩に担ぎ、俺は海賊の船長を見据えた。
「……随分と、俺の敷地(施設)を荒らしてくれたな」
「てめぇ……! てめぇ一人で、俺の部下たちを……!」
「さあ最後の時間だ、キャプテン」
俺は冷たい声で告げた。
「無断侵入、設備破損、ならびに俺の『平穏』に対する著しい侵害。……悪いが、お前らの命(魔石)で、きっちり損害賠償を払ってもらうぜ」
【対象:ガッツ・ザ・ブラッド】
【レベル:25】
レベル25。
格上だ。だが、今の俺には『気配察知』も『身体強化』もある。何より、この森の隅々までを知り尽くした地の利がある。
「ナメるなァァァッ!!」
ガッツが咆哮と共に、大上段からカットラスを振り下ろして突進してくる。
俺は一歩も引かず、メイスのグリップを両手で握り締めた。
女不信の35歳、元・警備員。
彼の「異世界サバイバル」は、この格上のならず者を叩き潰すことで、ついに「絶海からの脱出」という次なるフェーズへと突入しようとしていた。




