閑話休題 深夜の報告
世界が静寂に包まれる深夜。
コンコン
と、戸をノックする高い音が響く。
「はい。どなた?」
「エルです。エル=ラリョローナです。」
「……どうぞ。」
エルは静かに扉を開け、一瞬だけ視線を落とし、中へ入っていった。
口を真一文字に引き結ぶ。
緊張の面持ちのまま、カグヤの座る机の前に屹立した。
「聞きましょう。……フウタのことですね。」
「昼の件で報告を。」
「そうね。あの子の村での事、多少は知っているけれど……、あなたの口から聞きたいわ。」
エルはわずかに息を飲み、それから村であったことを話した。
「なるほど、向こうから彼に接触があったのね。」
「はい。ですが、村全体が襲われていたので私とホムラは一旦、彼のそばから離れ村を救う方に行っています。」
「そう、彼のそばには誰もいなかったの?」
「いえ、彼の義理の姉である、フェルトという女性が守ってくれていました。」
その名が出た瞬間、カグヤの視線がわずかに揺れた。
「フェルト……、フェルト=バースという方かしら。」
エルは一瞬だけ眉をひそめた。
カグヤは机の引き出しから、一冊の本を取り出した。
静かにページを捲る。
そして、ある一点で指を止めた。
「……これは…?」
「フェルト=バース」
「フウキの影に隠れていて、気づかれにくいけれど」
「あの子は、ロストテクノロジーの研究者よ。」
指差されたページには一人の男が写っていた。
——フウタに似た別の誰か。
その背後に、ひとりの女性が静かに立っている。
フェルトに酷似した、その姿
「………。」
エルは目が離せなかった。
「彼女が幼馴染と言うのは間違いないと思いますわ。」
「……何故…ですか?」
「出身地が同じですの。」
「あの村ということですか?」
「その通りよ。彼女自身もそう言っていたのでは無くて?」
「……っ、確かに。」
「……託したのでしょうね、彼は。」
エルは彼、フェルトの前にいる人物を見ながら、
「この彼…、フウキという方ですか。」
「えぇ、彼は一度この城に来ているのよ。」
「その時——」
「フウタさんのことを、頼まれたのよ。」
「カグヤ様…、頼まれたとは?」
「——……、稽古をつけて欲しいと。……それだけよ。」
ふぃと、一瞬カグヤの視線がエルから外れた。
(……これ以上は、聞くなということか?)
「カグヤ様、私から一つ言わなければならないことが。」
「……?」
「……私は。」
「少年を、戦いに引き入れるべきでは無いと考えます。」
カグヤは目を大きく開いた。
「彼は、優しすぎます。
カグヤ様の頬が切れた時も慌てていました。
あれでは……実戦では、戦えない。」
「それは貴方の考えなのね。」
「はい。ホムラには話していません。
アイツは、少年を連れていくつもりでしょうから。」
「……あなたは、戦えるようになっても連れて行かないつもりなのね。」
カグヤは手を組んで口元にあてながら複雑な顔で聞いた。
「魔法も使えるようになったばかりです。武器も無い。」
「1年程度の稽古で、戦えるとは思えません。」
「足手まといは要らないと……。」
冷たい視線でエルを射抜く。
「……っ!」
言葉が詰まる。
「そこまでは……!」
「でも、それが本音でしょう。」
エルは、苦いものを噛み潰した様な顔をして
「……はい」
「申し訳、ありません。」
「一つ聞くけれど……。」
「フウタさんのこと、嫌いなわけではないのよね?」
急に童女のような顔に戻り、疑問を投げかけてくる。
急な態度の変化にエルは追いつけず、
「それは…….。」
「……ありません。人としては、好感がもてます。」
「そう…、なら良いわ。」
ふわりと微笑み、どこか安堵したように見えた。
「エル、あなたには悪いけど。」
「彼がこの戦いにいない場合は——想定していないの。」
「……!」
エルは口をつぐんだ。
「あなたの気持ちは分かるわ。……彼は戦いには向いていない。」
少し困ったような顔でカグヤは言った。
「……なら!」
言葉が続かない。
「……でも、無理なの。」
「向こうからの接触があったということは——。」「彼は、いつ殺されてもおかしくない。」
「私は……、過保護なんでしょうか……。」
「義姉でも、親でもないのに……、要らぬ心配をして。」
エルが目線を下にして自虐的に微笑む。
「——そんなことないわ。」
「確かに貴方にしては珍しい言動だけど、ホムラを見ていれば分かるでしょう。」
「……?」
「心配するのに、血の繋がりなんていらないわ。」
カグヤは優しく微笑んだ。
「さて、エル。
報告は以上かしら?」
「あ、はい。
以上と……なりますね。」
カグヤは机の上で手を組み、後ろにある時計を見て、
「あら!もうこんな時間だったのね!大変!
夜更かしはお肌の天敵ですわ。」
エルは、童女の姿のカグヤを見て、
「夜分に失礼しました。
それではおやすみなさいませ。」
そう言い、90度に腰を曲げ寝る前の挨拶をして、退出していった。
「えぇ、おやすみなさい。良い夢を。」
カグヤは微笑みを絶やさず笑顔で手を振っていた。
冷たく暗い廊下にエルの靴音が高く響く。
(カグヤ様……、部屋を開けた時から違和感があった……。)
カツ……。
足が止まる。
(——何が……?)
「……っ」
何かが引っかかる。
だが、それが何なのか——
まだ言葉にならない。
エルが去ったあと——
静まり返った室内で、カグヤの肩がわずかに揺れた。
「……っ」
息が乱れる。
机に手をつき、体を支える。
その時——
『ああ……やっと、話せるのね』
すぐ近くで、声がした。
カグヤの表情が、強張った。




