2章-9
翌朝——
ではなく、
気がつけば、日はすでに高く昇っていた。
昼。
食事を終えたエルとホムラは、家の外に立っていた。
「長いこと、この家にもお邪魔してしまったな。」
「大変だったのは、彼女の方だろう。家事にフウタの世話……それに、服の直しもな。」
たわいもない話をしていると、奥の方からフェルトの心配そうな声が響いた。
「忘れ物ないの? 本当に財布だけでいいの?」
「もうお姉ちゃん、学校に行くんじゃないんだからさ。」
「だって、すぐ取りに帰れる距離じゃないのよ?」
「分かってるって。」
少し言い合うようなやり取りのあと、二人は並んで部屋から出てきた。
「はぁ……でも、ようやく子供の世話から解放されるのね〜。」
フェルトは両手を胸の前で握り、乙女のような仕草で嬉しそうに言う。
「え、それ酷くない?」
眉をひそめて不満を漏らすフウタをよそに、
「あら〜、私だっていい歳なんだから、そろそろ結婚も視野に入れないとね〜。」
その一言に、フウタは今までで一番大きな声を上げた。
「え゛!?」
目をひん剥いて固まる。
「お姉ちゃん……相手、いるの?」
「飛ばすぞ。」
「じゃあ行ってくるね。」
「はいはい。もう戻ってこなくていいですよ〜。」
「も〜、そういうこと言うと、すぐ帰るよ。」
「……はいはい。」
フェルトは笑ったまま、ひらひらと手を振る。
フウタは前を向き、二、三歩歩いたところで――
「あ! 忘れてた!」
くるりと振り返り、フェルトの元へ駆け戻る。
「え? なに、もう忘れ物?」
「違う違う。言い忘れてたことがあるんだ。」
そう言うと、フウタは一度だけ深く息を吸った。
「お兄ちゃんにね。“俺の友人を助けてくれて、ありがとう”って言われたんだ。」
「ゆう……じん……?」
呆気に取られた顔のまま、フェルトは言葉をなぞる。
フウタは、少しだけ困ったように笑ってから、
「友人って、おねえ……姉さんのことでしょ。」
言い直すように、続けた。
「兄さんに、お礼言われたんだ。」
にこりと微笑むと、今度こそ踵を返す。
数歩進んで、もう一度だけ振り返った。
「行ってきます!」
大きく手を振り、そのまま二人の元へと駆けていった。
「あっ……」
思わず、フェルトはフウタを呼び止めようと右手を伸ばした。
けれど――
ここで呼び止めるわけにはいかない。
そう思い直し、伸ばした右手を左手でそっと押さえる。
「アイツ……“友人”なんて、今まで一度も言ったことなかったのに。」
小さく、かすれた声が漏れる。
「フウタも……最後の最後に“姉さん”なんて……」
堪えていたはずのものが、ふっと緩んだ。
フェルトの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「あの兄弟は……ほんと、二人して泣かしてくるんだから。」
泣き笑いのまま、前を見つめる。
フウタの背中が遠ざかり、やがて小さくなって――
見えなくなる、その瞬間まで。
フェルトは、ずっとその場に立ち尽くしていた。
ただ、風がひとつ、静かに通り過ぎていった。




