~シルフ舞う滑走路~8
【personas】
一時限目、理科ー! 宇宙と地球の誕生の謎! これはっ! 朝から大きくでましたなー。 しかしビッグバーンって、どこかで聞いた響きだけどなんだっけ? アニメ? それともお菓子??
二時限目、英語! ムムムム。 これって翻訳機とかできちゃったら必要なくない??
三時限目、歴史‥‥‥。 ただひたすらに眠い~! だいたい7(な)9(く)4(よ) 坊さん平安京って、どういうコト? 泣くほど嬉しいってこと??
そして四時限目! まってましたー!! の体育の時間。
倫子は、クラスの誰よりも一番にジャージに着替え、階段を滑るように駆け降りて行った。 今日は創作ダンスの授業。 張り切って先生の前へと並ぶ。
「えへへへ。 実はワタシは、ダンスも得意なのです。 ちっちゃい頃は、町内会のみんなと、お祭りのときとかステージに上がって、流行りのアイドルのダンスとかしたなぁ」
倫子は、頬を紅潮させて、おもいっきりのにこやかな笑顔をして、先生の前で起立をしていた。
「えーーー きょうは、二人一組で、オリジナルのダンスを創ってみましょう。 みなさん。 仲の良い者どうしで、ペアを組んでもらえますかーーー? 」
先生の駆け声と同時に生徒たちが、それぞのペアを組みだすと、二人の少女の周りだけ、ポッカリと暗い空間ができていた。
「え~。 だってミヅキちゃんと並ぶなんて畏れ多いよ。 なんか、いろいろと比べられちゃうようで、なんだか怖い」「わたしだって、リンコちゃんのこと大好きだけど、あのスタイルでしょう? ちょっと不釣り合いだよね。 ってか想像もしたくない」 クラスのみんなのヒソヒソ声が聞こえてくる。
「タハーッ! 残念です!! しかたがないよね。 そういったことですから、そちらのお嬢さん? お手合わせを願えますか?? 」
倫子は、まるでダンスパーティでの王子様のように、深月の前へと手を伸ばした。
「別にいいのよ。 こういうのって慣れてるから。 逆に同情されてるようで、なんでか断りたくなるわ。 だから悪いけど、わたしは、そっちの隅で見学してる。 せんせーーい。 わたしちょっと具合わるいのでーーーー 」
そういって、深月は、少し淋しい表情を浮かべながら、すたすたと校庭の隅へと歩いていった。
独り残ってしまった倫子を見かねた体育科の先生は、良いアイデアが浮かんだという顔をすると、「みなさん! 当学院が誇る、フィジカルスター。 真帆倫子さんが、Super Coolなダンスを披露してくれます! みなさん、リズミカルなCrapと大きな歓声で、多いに盛り上げてください!! 」と、叫んだ。 するとクラス全体が大きく湧きあがり、倫子はその中心に飛び込むと、またたくまに校庭がダンススタジアムへと変わっていった。
ひと通り体を動かしたあと倫子は背伸びをして、大きな声で独りごとを言う。
「んー!! 気分爽快! お腹ペコペコ!! このあとのお昼がほんっとに楽しみです!! 」
体育の授業が終わって、みんなで思いっきり階段を駆け上がりながら、教室に戻っていった。 わたしも遅れないようにって、一生けん命についていったんだけど、踊り場にさしかかったときに、鏡の中で、なんか知らない子が立っていたのね。 それで、「アナタはだれ? 」って声をかけたら、おなじように「アナタこそだれ? 」って聞いてくるものだから、「わたしは、わたしよ」って言って返してあげたの。 そしたら、「あなたの本当の姿は違うよね」って言ってきたので、「そうかもね」って笑いながら答えてあげた。
なんで学校にくると、わたしはミヅキちゃんでなくなってしまうんだろう。 水飲み場の鏡を見ても、ミルクカップの中をのぞいてみても、映っているのは、ゴワゴワの髪で、はだの色もあんまり白くない。 目の大きさもなんでかちがう。
でも、にせもののほうのミヅキちゃんは、わたしがおもっているすがたとおんなじで、きがおかしくなってくる。 どうしてなんだろう?
昼休み。
深月は特等席の窓際に陣取り、ギンガムチェック柄のナプキンをほどくと、中には木いちごのコンフィチュールがのったビスキュイと、ウサギの姿にカットされた林檎が入っていた。
それをひとつずつ口に持っていきながら、独り窓から校庭を眺めていると、まだ誰も集まっていない校庭では、空っ風がつむじを巻いて、木の葉を巻き上げているのが見えている。 するとそれが人のような形になって、まるで、先ほどの体育の授業の誰かさんが踊っているように見えてきた。 深月は、それを眺めているうちに、いつしか心が和んでいくのを感じていた。
倫子は、ちょっと寂しそうに見えるその姿を横目で見つけると、一瞬にして視線が奪われて、胸の中がキュッとうずくと「やっぱり美少女っているんだなぁ」と、心の底から言葉がこぼれて出てきた。 そして思いついたように、お弁当箱いっぱいに敷き詰められた、レタスとプチトマトと、ゲンコツのような唐揚げを、深月の前にすっと差し出してこう言った。
「よかったら食べる? そんなんじゃ午後の授業はもたないよ」
まんざらでもないという顔をしながら、深月は素直に唐揚げに手を伸ばす。 そして、ひとくちほおばると、いつもの顔に戻して、こう毒づいた。
「なかなかイケるけど、こんなのばっか食べてると太るよ。 ただでさえデッカイんだから、これ以上視界に入るようにして、世間様の邪魔にならないようにしないとね」
「ムカー! やっぱり間違い! このオンナ、かわいくない!! 」
そういいながら、倫子は、大きなおむすびを食いちぎるようにほおばった。
昼休みに巻き起こった、少女たちの怒涛のような喧噪が通り過ぎると五時限目六時限目は美術の授業だ。 美術の授業の亜門先生は、サイケデリックな出で立ちで、いつも生徒たちをビックリさせる。
今日も、蛍光グリーンのオーバーウォールと水色のボーダーカットソー、 そして、目を見張るような発色のピンクのキャップには、いろんな表情の顔のバッジがたくさん貼り付けられていた。 その人を寄せつけないファッションとはうらはらに、小動物を思わせるかわいらしい顔と、どんな時でも気さくに生徒たちに接するその姿で、みんなの人望を集めているなかなかの人気の先生だ。
「今日は《仮面》についての授業です。 仮面というものをたどれば、古代から、神、仏、悪霊、豊作、無病息災など、様々な人間の祈りや感謝、そして畏れに対して、人間の敬いの形として使用されてきました。 そして、仮面は音楽や舞踏など幅広い芸術とも結びつき、発展していったものでもあります。 また、心理学で言われる《仮面》は、それぞれの社会的なもの、人と接するときのための姿、 家庭や学校での顔として‥‥‥ 真実の自分、内面心理を覆うために作用するものとして表されています」
「まぁ、そんなコムズカシイことはヌキにして、みんなで素敵なお面を作ってみましょう! さぁ、この真っ白い石膏粘土を使って、友だちの顔をつくってもいいし、好きなアニメのキャラでもいいよ。 思い思いに色なんか塗って、仮面舞踏会を気取ってみるのはいかが?? 」
亜門先生がそう声をかけると、生徒たちは、一斉に創作の世界へと没頭していった。
深月は、以前に都会で両親と見た、フランスからやって来たという『太陽のサーカス団』に登場していた、クラウンの顔を作ってみようと思っていた。 真っ白い石膏粘土をキャンバスにして、美しくも滑稽で、それでいて悲しみをもった不思議な表情を、どうにか自分なりに再現できないかと一生懸命に形を整えていた。
「あれー。 ミヅキちゃん、これって自分の顔?? スゴイ! なんか気品があるよね。
でもちょっと泣いているようにも見える。 なんか、辛いことでもあったのかなー?? 」
美術の亜門先生は、深月の作品を、ほめちぎりながら、少し内面を探るようにして話しかけてきた。
「そんなのあるわけないじゃん。 先生、だいたいこれ、私じゃないし」
深月は唇を少しとがらせながらそういうと、亜門先生は大げさにビックリしたような、お道化るポーズで応えると、こう言った。
「えっ そうなのぉ? まぁ作品って作者に似るっていうし、きっと捏ねているうちに、魂がこもっちゃったんだね! 」
深月は先生との会話が気にかかり、自分の作品とは向き合えなくなってしまった。 すると、席にいることさえもいたたまれなくなってしまい、ちょっかいをだせる相手を探すために、あたりを見回してみた。
倫子はというと、アニメキャラのディッキーマウスを真似て、かわいらしいネズミのお面を作っている。
「ムム。 この耳の形が、どうもうまく保持できないゾ。 それと、鼻? 口? なんだか近所のドラ猫みたいで、なんともはや‥‥‥ ムズかしい」
一生懸命に独りごとを交えながら悪戦苦闘をしていると、深月が肩口から顔をだして、からかうように悪態をついてきた。
「へぇ。 図体の大きい人って、やっぱり小さくてかわいいモノに憧れるんだね」
「そうですかー!? やっぱ内面がかわいらしいからこそ、作品にもかわいらしさを求めてるんですよね。 どっかの悪口姫の冷血能面とは違うんですっ! 」
倫子が目も合わせないようにして言い返した。
「だいたいねー! そのネズミの耳、アンタがさっきつまんでたドラ焼きみたいじゃない! どこがかわいいっていうのよ! 」
そういって、深月が倫子のネズミのお面の耳をひっぱると、まさにくにゃりと音をたてたように、耳はひしゃげてお面から外れてしまった。
「ムカ~!! この鬼オンナ! あんたなんかこうしてやる! 」
そういうと同時に、倫子は美術室に転がっていた、ちびた4Bの鉛筆2本を見つけると、深月のお面のオデコのあたりにブスっと差し込んだ。
「ギャ~!! なにすんのよ! この、いき成り大仏が!! 」
深月の叫び声とともに、クラスを巻き込んでの大騒ぎになってしまった美術の授業は、ゴーンゴーンと鐘が7回鳴って、終了した。
「うふふふふふふふふふ。 みぃーつけた。 みつけた! わたしの本当の顔。 これで私が、学校でも、どこでも、ホンモノのミヅキちゃんになれるのね」
みんなが出て行ってしまった美術室では、窓からこぼれる夕日を浴びながら、ひとりの女生徒が深月のお面を、そっと道具袋の中に仕舞いこんでいる。 そして、三日月を寝かせたような形になった瞳をさらに細く絞ると、口元からは薄ら笑いがこぼれだしているのが見えていた。




