~シルフ舞う滑走路~9
【風月庵 ②】
二月三日 11:00 PM
深月と倫子は、第百十九代白蓮会の少女たちとともに『風月庵』の奥座敷に集められていた。
深月は、紅白に咲いた大粒の椿の花と朱あんの市松模様をあしらった、唐くれない色の振袖を着せられている。 金糸と銀糸を斜めに通した白帯を結ばれたその姿は、深月の濡れたようなストレートの黒髪と透明感のある白い肌と相まって、ハッとするほどの艶やかさを湛えていた。
倫子はというと、その持ち前の美しいスタイルを最大限に活かすように、小春空を思わせるような爽やかな水色の振袖を着せられていた。 振袖の先、裾元から流れるように描かれている桜の花が、上へ上へと流れると、桜色から青藍色へと変わっていくグラデーションを以って、倫子の伸びやかな体躯と、素直な心を表現しているようだった。
内巻きカールの上級生が、倫子のショートヘアの襟足を束ねて、淡紅の桜の花束がついたコームで結い上げると、こう言いながら、三本の簪を、ひとつひとつ髪へと通していった。
「ごめんね。 恐い思いをさせてしまうね‥‥‥。 これはね《ルドラクシャ》といって、この学院の庭に咲く菩提樹の種を使って、私たちの思いを込めて作った簪なの。 きっと、あなたたちを助けてくれると思うわ」
そして、となりに立っている深月のほうへと向き直すと、漆黒の帛紗に包まれた、月の模様の螺鈿細工がほどこされた鼈甲の櫛をとりだし、帯揚げの中へとそっと忍ばせた。
「あなたにはコレね。 私が先代から預かったお守り。 連れて行ってあげて、よろしくね」
腕を組みながらその光景を眺めていた会長とよばれる少女が叫ぶ。
「外の準備は、できてるかい!? 」
まってましたとばかりに、庭の外から、元気の良い声がこだました。
「まかせときっ! 細工は流々(りゅうりゅう)仕上げを御覧じろ! ってなもンだい!! 」
すると、耳を裂くような軋み音とともに『風月庵』の軒先の虹梁が、曼殊沙華の花糸のように広がっていった。 飾り板が、野外舞台に仕込まれた《からくり天井》のように梃子を使って四方八方に広がると、それぞれの板の先にとりつけられた風車型の釣瓶滑車がカラカラと音を立てて回りはじめる。 そして、中央の木板には、三日月の鋳型天秤が据えられて、ときおり機械時計の天輪のように、カチリカチリと規則正しく動いていた。
月の光を反射して、青白く光るそれは、まるで巨大な鯨のあばら骨のような禍々(まがまが)しさをも見せていた。
「さぁ! 舞台は整ったよ!! 『追儺雅楽』のはじまりだ!!! 」
会長が号令をだすと、それぞれが、各々の役割のために散ってゆく。 深月と倫子は、庭園のぬれ縁からのぞく、奏宴の間にしつらえられた、二台の箏の前に腰かけると、深い呼吸をひとつして、曲を爪弾き始めた。
おめんの顔が、わたしのほほに貼りついて、どこから見ても、ほんものの姿になったとき、こころも、あたまのなかも、石膏のように固まりながら真っ白になって、なにもかんがえられなくなっていく。 すると、顔は月の光をうけて、よりいっそうと白く輝いていった。 そしてかげになったぶぶんだけが、まっくろのススになって、耳のすきまからしみこむと、なぜだかわらいがこみあげてきた。
あああああああああ。 とてもからだがかるい。
わたしはもう、ぐずなおんなのこじゃない。 にほんのあしと、にほんのうでもつかって、はねまわるようにかけていけそうだ。 いそがなくっちゃ。いそがな いそ。 が。 やっとほんもののののミヅにになれたんだから、わたしがほんもののののかわって おねがい。
たすけて。 ああああああああああ。
どこかとおくから、よぶこえがきこえる。 そこにいかかかなくちゃ。 だれかがよよんでいるるるるる。
月明りの下、東の庵へと向かう庭園の中を、真っ白い顔をした土蜘蛛のような何かが、よつ足の姿でカサカサと音をたてて疾走していた。




