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~シルフ舞う滑走路~ 3

    【風月庵】


 ここは、C県で唯一の女子校『一刻台女学院』。 小学校から中学、高校、大学まで、仏教に根ざした道徳を基とした、一貫した女子教育を行っている。 仏教という保守的なイメージからか? それとも女子校という閉鎖空間への恐れなのか? 恋を夢見る近隣の女子からはあまり人気がない。 それでも百五十年の伝統を持つ、この学院への憧れを持つものも多く、幼いころから準備をして、遠く離れた他県から入学を求める者が後をたたないという。 ほかにも、祖母、母の代から三代続いて通うことを誇りに思う生粋のファンもいて、いまも秀才兼備な女子を輩出させる名門として、この学院の名をささえている。


 三千人の少女たちを収容する、広大な学院の敷地の東側には、小さな日本庭園を備えた、古い(いおり)があった。 


 竹林にかこまれたその庵は、庭園から客間をのぞくぬれ(えん)の上に、不釣り合いな入り組んだ形の*(こう)(りょう)が乗っていた。 そこには、左右あわせて四つの風車を模した釣瓶(つるべ)滑車(かっしゃ)と、(はり)の中央には三日月型の鋳造製(ちゅうぞうせい)の紋が入っていて、その紋たちの表構(おもてがまえ)えを見て、いつしか『風月庵』と呼ばれるようになったという。 (*虹梁=軒下にある、飾りの入った板のような部分です)


 今も少女たちの情操教育のための「お茶」や「華道」、「筝曲(そうきょく)」の授業に使われている。


 今日は、高等部三年藤組(ふじぐみ)(こと)の授業のために、生田流免許(めんきょ)皆伝(かいでん)だという加奈子さんが来てくれた。 加奈子さんは普段は保健室に(きょ)をかまえ、生徒たちのちょっとした相談ごとにものってくれる、頼れるお姉さん的な存在の先生だ。 だが、今日はいつもの白衣姿からは打って変わって、山吹色の髪を綺麗に結い上げ、春を感じさせる薄桃色のちりめんの着物を羽織り、美しい大人の面影を作っていた。 いつもの気軽さとは違う加奈子さんの別の姿を前にして、藤組(ふじぐみ)の生徒たちも少し緊張をしながら頬を赤らめていた。


「えーと。 今日は、なんだか暖かいね。 春も近いってことから『春の海』の連奏をやってみましょう。 誰か模範にやってくれる人はいるかな? 」

加奈子さんがそう言うと、一斉に生徒たちが、ふたりの少女のほうを振り向いた。

 すると、一人の少女が手をあげながら、こう言った。


「カナコサーン! わたし、ミヅキちゃんとリンコちゃんの二重奏がみたいでーす」

「えー。 それイイ! わたしも見たい! やってやってー!!」 

クラス中が蜂の巣をつついたように騒ぎはじめる。 するとどこからか、この大騒ぎを聞きつけた、別のクラスの少女たちも集まりだして、とたんに『風月庵』の庭にまでギャラリーが詰めかけはじめた。


「え? ちょっとなんなの? 人を客寄せパンダみたいに思って。 だいたいなんで、このコと連奏をしなくっちゃならないの?! 」

 倫子がぶつぶつとつぶやくと、それを横から聞いていた深月が、腕を組んだままで睨みつけ、涼しい顔でこう言った。


「アンタ、そのでっかい手で、あたしについて来れるの? 」


「ムカ~! やっぱりこのコ大っ嫌い! 」

倫子は心の中でおもいっきりそう叫ぶと、持前の美しいスタイルの背筋を伸ばしながら、さげすむように深月を見下ろした。


「いいからやってー! つべこべいうなー! 」

ギャラリーたちが一斉に野次を飛ばしだすと、二人はしぶしぶと、箏のななめ横へと座りにいった。 二人は同じように深い呼吸をして両肩を水平にすると、背筋をのばしたままの恰好で弦をつま弾きはじめる。 はじめは、少し不協な和音が続いていたが、それが心地よい具合に重なりはじめると、お互いの音を追いかけまわすように、時には静かに、時には弾むように流れていった。 そして音のうねりが最高潮になると、まるで春の吹雪のようになって『風月庵』全体を包みだす。


「やっぱり絵になるよね~ 」

誰かの声がつぶやいたその時、興に乗った倫子の力をこめ過ぎて外れてしまった(こと)(つめ)が、弦に弾かれて、深月のおでこに『ぱしっ』と音をたてて当たっていった。


「なにをするのよ、アンタ~! この怪力大仏が~! 」

そう叫びながら、おもいっきり立ち上がった深月が箏の(ふち)につまずくと、両手を前につきだしたままの姿勢で、倫子の(ふところ)の中へと飛び込んでいった。 腕の中の深月の頭を抱きかかえながら、倫子も叫ぶ。

「やっぱり、このコ苦手! 言葉キツすぎ!! 」


 そうして抱き合い、横に倒れた状態の二人の姿を見つけると、(いおり)の生徒たちも、庭のギャラリーたちも、一斉に「キャ~~! 」 と大きな声を張り上げて騒ぎ立てた。


 すると加奈子さんはコロコロと笑いながら「あらあら。 若いっていいわね~ 」 と言って、ふっくらとした指を口元へと運んでいった。 そうして、授業の終わりの挨拶をひと通り終えると、最後にひとことこう付け加えた。


「えーと。 まほろ‥ 真帆(まほろ) 倫子(りんこ)さん。  そして‥ 有留(あるとめ) ()(づき)さん。 放課後になったら、また、こここに来てくれるかな? ちょっと頼みたい事があるんだ」


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