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~シルフ舞う滑走路~ 2

     【倫子(リンコ)


 猛禽類(もうきんるい)の目玉のような霞的(かすみまと)に睨まれて、萎縮(いしゅく)する心をかくすことができない。


 くらくらと眩暈(めまい)がする頭の中では、「逃げだしたい」という真っ黒なモヤモヤがゆっくりと顔をだす。 いつだってそうだ。 私は臆病なんだ。 どんなに姿勢をよくしたって、どんなに呼吸を整えたって、からだを形づくる(りゅう)(こう)*にある空洞(あな)が、怯える(げん)の声色に(はじ)かれて、微振動をし続けている。  (*龍甲=お(こと)の胴体。音を共振させるための穴があいています) 


 私は、いったいなにから逃げだしたいんだろう?


「負けてらんない! 」と、()(イツ)を思いっきり睨みつけながら、左足をその目玉の中心に向かって半歩踏みぬく。 すると、つられて振り子のようについてきた右足が、自然と扇の形に開いていった。 それから(つる)に右手をかけると、弓柄(ゆつか)を握ったままの左手と呼吸をあわせ、一気に持ちあげたら思いっきり引き分ける。 そうして、弓と矢と身体(からだ)のみっつの生き物が一本の大木になると、頭の中が真っ白になっていった。 


 なにも考えずにいると、自然に馬手(めて)(矢を持つ右手)から離れた()(はず)が、ゆっくりと目の前から離れていく。 風をきりながら揺れ動く軌道で(まと)に近づくと、矢じりはちょうど目玉の左下へと刺さっていった。


 しばらくして意識がすっとはちきれると、先輩たちの声が聞こえてくる。


「ちょっとリンコ~! どうした、どうした! そんなんじゃ、大会でいい成績、あげらんないよ! だいたいさぁ、(ざん)(しん)ってもんができてないよ。 残心が! 心ここにあらずってんじゃあ、(アマ)(テラス)のオオミカミサマだって見守ってくんないよ! 」


 ちょっと、いくらお伊勢に弓道場があるからって、急に神様を持ちだされても、《おみくじ》じゃぁあるまいし、的は当たるようにはならないんですが? だいたいココ、お寺の学校なんですけどっ。


「リンコ! もっとズバっといけ、ズバっと。 気力がたんないゾ! 的を突き通すくらいの気合をみせてみろ! 」 別の先輩も叫ぶ。

 

 期待をかけられるってのは良いけれど、こうも上級生たちのプレッシャーが強いと余計に集中をすることができないのにね。



 『こころをしんじてゆらさずに、まっすぐにいこう』



 どこからか聞こえてきた、小さな声が微風となって鼓膜の奥をふるわせる。 途切れるように小さく、それでいて心にしっかりと染まるような不思議な音色だ。

 

 そのとき、校庭の先から聞こえてきたかしましい声が、その音をかき消してきたんだ。 


 声の先を見てみると、クラスでいつも目を引いているあのコが、とりまきを引き連れて歩いているのが見えてくる。 


 あのコの長い髪の毛が、体の動きにあわせて大きくスウィングすると、切りかいた前髪からのぞいて見える、ちょっとつりあがったまゆ毛と、放射状にのびた長い睫毛(まつげ)が一緒になって、まっすぐに心を射貫いてつい目をそらしたくなる。 そしてあの、いつも何かを睨んでいる大きくて深い藍色の瞳が、まるでこの弓道場の霞的(かすみまと)かの同心円の眼のように、人の気持ちを思いっきり挑発してきて、ものすごく気に障る。 本当にあのコは苦手だ。 


 できればかかわりたくない存在。 いつもなにかから逃げ出そうとしている、私の心を見抜いて、瞳だけで『弱虫! 』って叫んでくる。

 

 あんなコなんて無視して、いまのこの弓引(ゆみひ)きに集中しなくちゃ。 また先輩にドヤされる。


 もう一度、深く呼吸をして気分を整えると、おもいっきりゆったりとした動作で、円相をなして弓を構える。 そのとき、不意にあのコの瞳が視界に入ってくると、同時にぱらりと馬手(めて)の指がほどけて、美しく(つる)を弾きながらゆっくりと矢が放たれていった。 


 すると、どこからか薄透明のタンポポの綿毛のようなものたちが集まってきて、何匹も何匹も矢のまわりを渦のように巻きこんでくるのがハッキリと見えてくる。 そうして、その矢をどこまでもまっすぐに走らせようと、ひとりの綿毛が(はし)(ばね)を撫であげると、矢は意志をもった生き物のように飛びあがって、矢じりの先端が霞的(かすみまと)瞳孔(どうこう)を一気にくり貫いた。 


 同時に弓が()(かえ)り、静寂がほどけていく。


 私は、幻でも見ていたのか? 瞼をゴシゴシとぬぐってはみたけれど夢じゃあなかった。

あれは、あの綿毛たちは、きっとあのコの瞳から放たれた風の妖精。 逃げるように怯えてい

る、私の「弱虫」な心を見透かして、遊び半分に手助けをしにきたのに違いない。




 そんな考えが頭の中を走り抜けると、私は気にくわないあのコの姿を見続けるしかなかった。

      


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