12
一学期最終日の教室。
外の鐘楼から「ゴーン」とひとつだけ鐘がなった。
飛鳥が、おしゃべりを断ち切って、さいの目のようにきれいに整頓されたばかりの机に座ると、机の中には一葉の封筒が入っていた。
それは、蓮の花模様が薄彫りがされた、真っ白い封筒だった。
封をあけると、ふわっと、みずみずしい清らかな香水の香りが溢れ出し、飛鳥の全身を包んでいく。 そして中の手紙には、こう綴られていた。
招待状
明日、明けの明星と眩陽のあいだ、
薄もやの中の、白蓮堂に来られたし
蓮花茶の香りとともに
大輪の夢を語りましょう。
教壇から三つめの中央の席、かのんのほうを見てみると、顔を下にむけていた。 しかしその表情は、まるで机の中から噴出しているスポットライトを浴びているように、真っ白く光り輝いていた。
書泉院上、白蓮会、会室。
「それではみなさん。 ご推薦の生徒に招待状を送っていただけましたか? 」
涼やかに通る声で、西園寺咲耶花が、議長を進める。
「わたしの勧めるコは、みんなも知っている学院のスターだ! 先のインターハイでも、抜群の成績をおさめ、名実とも高等科四年生の中心人物だ」
《風祭純》が鼻をふくらませて、腕組をする。
「いやいや~ いくら筋肉が発達してたって、脳がくるくると回転してくれなくっちゃ、わたしたちの後はまかせられないですね。 私の勧めるコはいいですよ~」
今日は、いつにもまして、力の抜けた声で《九重ゆみか》が答える。
「だけどいいのかい? 咲耶花。 この小学部から続く生粋の学院生のいる中で、まだ三ヶ月やそこらしか通っていない生徒を推薦に選んで」
なんだか、楽しそうな顔をして《紫雷ともえ》がからかう。
「あっはっはっ、いいじゃあないか! そういえば、咲耶花だって、前の代から推薦された理由は、みんなより背が高くて目立つからだったよなぁ! 目立つってことはいいことだ。 良くも悪くも、それだけでみんなの心を動かす」
大笑いをしながら、椅子の背もたれいっぱいに体をまかせ《天知ひかり》が組んだ長い脚でテーブルの脚をツンっと蹴ると、そのいきおいで、ひかりを乗せたままの椅子が、くるくるっと二回ほど回転をした。
「ムムムム。 いまなら私のほうが背が高いぞっ」
《紫雷ともえ》がこぶしを腰にあて、勢いよくたちあがった。
「アンタの身長は、逆立った寝ぐせの髪の毛を入れてでしょうが!? それより今日は、みなさんに、この合気道で培った、美しい立ち姿のワタクシめが一番のトップモデル体形だということをお伝えいたしましょう! 」
そういって、《風祭純》が背筋をのばし、交差にした長い脚を爪先立ててポーズをとった。
「なにを対抗しているんですか、なにを。 だから筋肉バ‥‥ は」
あきれたような口調の《九重ゆみか》が、あわてて口に手を当てた。
「九重!オマエいま、なにを言おうとした! 」
《風祭純》《紫雷ともえ》が、鬼のような形相で後ろに立つ。
「風神さまと雷神さまが怒ったです! 」
《九重ゆみか》がニヤニヤとしながら手をばたつかせた。
白蓮会室全体に、いつものような大きな笑い声が巻き起こっていた。
明朝、4時 陽はまだ明けていない。
東の空に金星が輝いている。 飛鳥は、まだ沈みきらない月の光をたよりに、じゅんさい池のほとりを歩いていた。 少しずつ、明るくなってくる風景に目を凝らすと、数人の少女たちが集まってくるのがわかってくる。
「あたりまえだけど、ボクだけじゃないんだ」 そう飛鳥はつぶやいた。
だんだんと夜が明けてくると、池いっぱいに靄がかかり、幻想的な風景が広がってくる。
林の奥から小夜啼鳥の残り声が響き渡ると、水面を小魚が銀色の鱗を輝かせながら飛び跳ねた。
目が慣れると、集められた少女たちの姿が、顔が、うっすらと見えてくる。 まだ、通って間もない飛鳥でも見たことのある、学院の会報でのトピックスを飾る有名人たちだ。
「こんなコたちが呼ばれているなんて‥‥‥ 」
飛鳥は、場違いな自分を感じて、少し不安になっていった。 そんなことを考えていると、斜め横の二人組みの会話が聞こえてくる。
「いい倫子。 わたしが、次の白蓮会長の座をもらうわ。 あんな、一人称をボクとか言うポッと出の女とか、昭和口調のお調子者なんかに負けてらんないのよ」
ちょっときつめの顔をした、前髪をまっすぐに揃えたロングヘアーの少女が、両腕を組んだまま、不満そうな顔をして言った。
「ちょっと、深月、そういうのは後にして」
背が高く、ショートカットの聡明な顔をしたスポーツマン風のもうひとりの少女が咎めて言葉を返す。
そんな会話を飛鳥がじっと見つめていると、気づいた二人組みは、とりつくったような笑顔を見せながら胸の前で小さく手を振ると、『こんにちは』というような仕草をした。
飛鳥の目の前には、もうひとり、前髪の右側を隠すような、セミロングの寡黙な少女が立っていた。 その少女は、だまって飛鳥の顔をのぞきこむと、ひとことだけ「よろしく」 と言うとスタスタと歩いていった。 その子は、ある時期テレビを騒がせていた、IQ130の天才少女だ。 クイズ番組に出演し、賞金を総なめしていたのが記憶に新しい。
「こんな有名人たちが、ボクなんかをライバルと思ってくれているんだ」
睨まれているにもかかわらず、飛鳥はなんだか申し訳ない気持ちで頬が赤くなり、目をそらしたくなった。 そんなことを考えていると、ふいに背中から、思いっ切り抱きついてくるやわらかい物体があった。 陽も明けきれていないこの瞬間でも、温かな太陽の香りがする。
同時に飛鳥の心に勇気がわいてくる‥‥‥。
靄がだんだんと明けていく。
目の前のじゅんさい池には、大輪の真っ白い蓮の花がこれでもかというほど咲き乱れていた。 それぞれの花びらの水滴が、東からうっすらと明るくなっていく陽の光に反射して、宝石箱のように輝きだすと、朝の清らかな風にまかれて、池のまわりの木々がさわさわとそよぎだす。
すると、優しく通る声が即してきた。
「ようこそ、みなさん席について」
右に見える八角形の東屋には、花蓮茶の甘くさわやかな香りが充満していた。 円卓の席には満面の笑みを浮かべる五人の上級生。 テーブルの上には、手書きで描かれたコバルトブルーの唐草模様が入った、白磁のティーカップと小さな銀のスプーンが並んでいる。
誰かが焼いたのだろうか? 焼きたての香ばしい香りをただよわせた松の実が入ったココアのクッキーが、レース模様に型ぬきされた薄葉紙にくるまれて添えられていた。
そして、その横には、七宝焼きの白い蓮の花をかたどったピンバッジが、昇りきった朝日を浴びて、眩いほどの強い光を放っている
そして、そして、飛鳥のとなりには、かのんが座っている。
どちらともなく、目が合図をした。
さあ、行こう。
「ボクたちの」
「わたしたちの」
物語は、 いま、 はじまったばかり。
終わると思いきや!!! まだまだお話はつづくのです。




