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蛇骨会の襲撃から、少しの月日が過ぎ、季節は春から初夏へと変わっていた。
あの事件から少しして、ここなも元気をとりもどして、元通りに学院に通い始めていた。 今日も朝一番に学校に登校して、教室の窓際に飾られた花たちの世話をしている。 少しだけ積極性がでたのか、明るい姿がよく目立つ。 それとも、彼女の真摯な姿が、クラスメイトの心を動かしたのか? 今では飛鳥より友達が多いくらいだ。
そういえば、どんな手を使ったのか? 白蓮会の手に渡ったはずの黒獅子さまの宝珠も、いつのまにか、さして話題にもならずに待時駅のコンコースの黒獅子像のあるべき位置に戻っていた。 それと時を同じくして、ここなのお父さんの潔白も晴れ、以前にもまして精力的に、市の運営に、市民たちの笑顔のためにと精をつくしているらしい。
飛鳥はというと、苦手な数学と英語に四苦八苦をしながらも、中間試験と期末試験をなんとかのりきることができた。 以外といっては失礼だが、数学が得意であった、かのんのマンツーマンのスパルタ教師ぶりに舌をまきながら‥‥‥。
あのときの事件は、まったくといっていいほどニュースには載らなかった。
たしかに、あんなトラブルがあったら、この学院の世間での評判は落ちてしまうだろう。 だけども‥‥ あんな大事件が話題にもならないなんて‥‥‥。
そういえば、あの悪党たちが壊していった学院の黒門も学院堂の壁の傷も、いつのまにか、さらに綺で豪華なものに修繕がされている。 事件には関係のない学院堂に並ぶ椅子さえも、座席がフカフカの肘掛に綺麗な彫刻が施された、背もたれの角度も変わる高級なものに替わっていた。 事件の直後に「後始末をするよっ! 」 と意気揚々として叫んでいた白蓮会会計のあの人の、ちょっと悪巧みを思いついたような笑みをふくんだ口元が、飛鳥の頭の隅をよぎったが、わからないことは考えるのも無駄と、甘受して喜んで使わせていただくことにしている。
ある日の登校前の朝、いつものようにあわただしく、ライ麦のトーストに蜂蜜をたっぷり塗って、それをほおばりながら身支度をしていると、テレビのキャスターが苦虫をつぶしたようないつもの顔で、海外のニュースを流し始めていた。 そこには、かの国で人民たちにつるしあげられている、企業の社長の姿が映っていた。 さんざん不正を働き、それでも業績をあげられなかった社長が、怒りにまかせた従業員たちや正義感にかられた人々に囲まれて、こてんぱんに殴られていた。 アスファルトの上に正座をさせられて鼻血を流している、その男の顔をよく見ると、あの、爬虫類のような小男の姿だった。
今日は、一学期の終業式だ。
生徒たちは校庭に集められ、学院主任の先生から、長い夏休みのための注意点や心構えを伝えられていた。 臙脂色のタイトのスカートとおそいのジャケットのおしゃれな出で立ちで身を固めながら、銀縁のメガネのつるをもちあげると、すました顔でこういった。
「続いて、学院長先生からのお話です」
そのマイクの言葉をうけ、校庭の横から、ひょこひょこと、うす茶色の作務衣を着た、妙に割腹のいい五十才くらいのおじさんが現れて、首にかけられたタオルで汗を脱ぎながら校庭の朝礼台にのろのろと登っていった。
初めて現れた学院長先生は、大きな耳たぶをゆらしながら、ふくよかにニコニコと笑ってマイクを持つと「アー アー 」 といいながら、音量を確かめて「コホンッ」 と一度咳払いをした。
飛鳥は驚いた。 登校初日にあの井戸の前のバス亭の椅子に座って、『いっかくさま』のことを教えてくれた、あのおじさんだ。
となりのかのんが、耳元でささやく。
「あの学院長、ほんとにぜんぜん顔をださないんだから。 生徒まかせもほどほどよね」
そんな声が聞こえてかしらないが、飛鳥たちを見て、学院長先生は満面の顔で「ホホホ」と笑った。
「みなさん、おはようございます」
「明日から待ちに待った夏休みですね。 高等部の六年生のみなさんは、将来の夢をかなえるために、存分に勉学にはげんでください。 また、それ以外の学年のみなさんは、勉強はもちろん、友達との友情を育んだり、新しいことにチャレンジしたり、今のみなさんにしか出来ないことを精一杯楽しんでください」
「お釈迦様が生まれたときに、天の上にも、天の下にも、唯我独尊とおっしゃられました。 これは、わたし達人間は《ひとりひとり》それぞれが、一生の宝ものになるような尊い使命をもって生まれくるんだよ。 と、いう意味の言葉です」
「みなさんにとって、この長い夏休は、その使命を見つけるための大切な期間だと思っています。 どうか、いままでできなかった事や、できないと思っていたこと、そんな事を存分に試してみてください。 多少の失敗や間違いがあったっていいじゃないですか! 」
「阿弥陀様の本願は、どんなときだって、みなさんを見守ってくれていますよ。 ホホホホ」
銀縁メガネの学院主任の先生が、走りにくいタイトのスカートをたくし上げながら慌てて学院長先生にかけよると、小声で「院長先生言い過ぎです。 まったくもう! 」 と話しの腰を折った。 その言葉をマイクが拾うと、生徒全員が一斉に大きな声で笑いだした。
「あっ、そうですね。 ハメをはずしすぎるのは、ホドホドにしないとですね」
「ハメをはずすといえば、春先に大変な事件があったと聞いています。 高等部の皆さん全員が力をあわせて、よくぞ乗りきってくれました。 まぁまぁ警察沙汰になってしまったのも、いつものことなので、みなさんが元気な証拠として、それもしかたがないのかなぁと思っています。 それよりも、たいした怪我人がでなくて本当によかったですね」
「そういえば、そのときに学院の大事な宝がひとつなくなったと聞いていますが、案ずることはありません。 人間万事塞翁が馬といいますように、今回の件で、みなさんの結束が、さらに強まったという事が本当の学院のお宝なんだと思っています。
大丈夫。 心配はいりませんよ。 まだまだこの学院には、残り百七つほどの不可思議な事や、解けていない謎や、たくさんのお宝が眠っていますので‥‥‥ 」
「みなさんの冒険には事たりませんよ。 ホホホホホ」
学院長のありがたいのか、ありがたくないのか? おかしな説法を聞き終わると、それぞれの生徒が、これから始まる長い休みが掻き立てる夢や期待に浮き足を立てて、駆け足で教室へと戻っていった。
同じように教室に戻ろうと早足で廊下を歩く飛鳥に、ここなが話しかけてきた。
「飛鳥ちゃんは、夏休みにどこかへ出かけてしまう? もし、来週の土曜日の夜に予定がなかったら、始業式のときに約束していた、あの‥‥‥ パジャマのパーティーを、もう一度お誘いしていただけるでしょうか? もちろんかのんちゃんも誘って‥‥‥。 わたしね、とても楽しみにしていたの。 なんだか、あわただしい事が続いちゃって、いいだせなかったんだけど、やっぱりダメかな? 」
そこへ、かのんが後ろから走りながら近づいて、飛び込むようにして二人に抱きついてきた。
「なにいってんの! 夏といえば浴衣パーティでしょう!! わたしね、山盛りの花火を持っていくから覚悟しててよ」
かのんは、なぜか、腕をぐるぐるとまわすジャスチャーをした。
笑いながら飛鳥が言う。
「やだ、かのん、花火をふりまわすつもり? それよりウチにね、かき氷の機械があるんだ。 いろんなジャムやシロップやアイスクリームを持ちよって、納涼パーティーをしようよ」
「「「いいねーーーー 」」」 三人の声がこだました。
「いや~深夜のパーティーで、涼しくするといえば、やっぱり怪談百物語でしょう~~ 」
かのんが、後ろ髪を前にまわし、両手の甲を前に向けてぷらぷらとさせると、ここなに向かってホラー映画にでてくるような幽霊の真似をした。
「あははは。 かのんちゃんが、一番そういうの苦手じゃない」
ここなが大笑いをすると、ふと真面目な顔をして、かのんがつぶやく。
「こんどこそ、たくさん、たくさん‥‥‥ 朝まで三人で話をしようね」




