表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/27

10

 飛鳥は、仔馬と一緒に旅をしている。 


 小さな子供のときに、何も憂いもなく一心不乱に時間も忘れて遊んだこと思い出していた。 そう、あれは、待時駅の駅ビルのコンコースに向かう、HARAJYUKU KADANの花束の小道。 春の花々の香りが充満する、飛鳥のお気に入りの場所。 そこに人波をかきわけ歩いている、もう一人の自分をみつけた。


「ゆっくりと、お願いね」


 飛鳥は、仔馬の耳もとでそうささやきながら、額から石をはずして、振り落とされないようにぎりぎりの位置まで身をのりだすと、石を持ったその手を思いきり伸ばしていった。 そうして飛鳥を乗せたままの仔馬は、空の上から大きくゆるく重力に逆らう放物線を描きながら、スローモーションのように舞い降りていく‥‥‥。


 降りていく途中で、万華鏡が弾けて中身を撒き散らかしたように、さまざまな色の空気の破片がキラキラと流れていった。 飛鳥が、まぶしさに目を細めて凝視すると、そこには過ぎてしまった時間たちが閉じ込められているのが見えている。 飛鳥は、ゆっくりとした流れの中で、狙いすましたその手をもう一人の自分のデニムのジャケットのポケットの中に忍ばせると、そっとあの石を置いていった。


 金木犀(きんもくせい)の甘い香りとともに、白と金の粉と、さまざまな輝く色とりどりの割れた鏡のような何かが、飛鳥と仔馬を中心にして四方八方に飛び散っていく‥‥‥。


「大丈夫。 出会いも、さよならも‥‥ 進むべき未来も‥‥‥ 飛鳥が迷うことは、何ひとつもないんだよ」


 土手で仔馬が話した言葉が飛鳥の脳裏に繰り返される。


 波にさらわれていく砂の城のように、仔馬の姿がゆっくりと足元から消えていく。 飛鳥は泣きながら、幾重にも重なる輪の中を独りすべっていくと、いつまでも、金木犀の甘い(のこ)()だけが続いていた。



 ふと気づくと、飛鳥はあの隧道から続く鐘楼塔の一室に戻っていた。 仔馬と時間をわたる(すべ)はもうなくなった。 今日までの間、誰にもあの石を渡してはいない。 時間をさかのぼり、あの日の自分に手渡した石は、仔馬と旅した時間の中に閉じ込められたのだ。


 

 あの石は永遠に誰の手にも渡ることはできない。



 ふりむくと、飛鳥の瞳にまぶしいほどの強い光がさしてくる。 細めた瞼をゆっくりと開けると、この部屋の小さな窓から見える世界は晴れわたり、万遍に輝く黄金色の美しい夕焼けに染まっていた。 飛鳥の鼻腔にあの懐かしい甘い香りがふわっと流れた。 この世と違う世界とを繋ぐ黄昏(たそがれ)時は過ぎ去ってしまった。 


 忘れられない思い出と、心を締め付けられる気持ちをふりほどき、深呼吸をして背筋をキュッと伸ばすと、一筋だけ涙が頬を伝っていった。


「さよなら、ボクはもう大丈夫。 だってかのんも、ここなも‥‥‥ みんながいるもの。 

キミがいうように、未来のその先へ、ボクたちが作り出す明日へと歩いていきます」

 飛鳥は心の中でつぶやいた。






 飛鳥が鐘楼塔の小部屋からの階段を降りて隧道にでると、学院堂の扉の向こうから、大きな喧騒が聞こえてくる。 早足で扉まで向かって「ぎっ」と重い扉を観音開きに押し開けると、大混乱を様した光景が広がっていた。 怒号をあげる屈強な男ども、それをなぎたおしていく白蓮会の面々、逃げ惑う生徒たち。 驚きの光景に逃げ出したい気持ちを抑えて、一歩足を踏みいれた瞬間、かのんが脇から飛びついてきた。


「飛鳥! 大丈夫? 目が赤いよ」 

息もきれぎれに、かのんは安堵の表情と微笑みがまざったような不思議な顔をしていた。


「かのんこそ、もういいの? さっきまで、救護室で寝ていたんじゃ‥‥‥」

びっくりしたように、飛鳥が言った。


「わたしは、もう平気。 アイツらをやっつけちゃえば、すべて良くなる! ここなだって、ここなのお父さんも、この町も、学院も、きっと、みんなの笑顔が戻ってくるんだ! 」


「わたし、こういうのに鼻が利くっていわなかった? 」

はじめて黒門で出会ったときのように、かのんは鼻を小さくこすりながらウィンクをした。


「あはは、そんなのはじめて聞いたよ! 」

かのんのいつもの笑顔に、飛鳥の不安や怯えなど吹き飛んで、体中が熱くなっていく。


 かのんは、また、小さく暖かな手で、飛鳥の手をひいた。

「さあ、いこう! 」


 そういうと、二人は争いの中心へと駆けていった。

 

 男どもをなぎたおしつくし、仁王立ちになった咲耶花を見つけ、飛鳥は近づいていった。

「ごめんなさい。 あの人たちが探している石は、もうないの。 ボクが‥‥‥ 無くしてしまいました」 そういって、飛鳥は頭をさげた。


「良いのですよ。 すべてわかっています。 あの者たちが求めるような石は、わたしたちには必要のないものです」 

放課後に出会った、あの時のように、咲耶花は飛鳥の頭をくしゃくしゃと撫でながら目を細め、優しい声で続けて言った。


「大丈夫。 永遠の幸せなど、つなぎとめる必要はありませんよ。 わたしたちがずっと笑顔をつくり続けていけばいいのです。 未来は、私たちの思うとおりに作っていきましょう」


 見上げると、舞台の桟敷に陣取った《九重ゆみか》が、親指を立ててウィンクをしている。 笑顔の口からこぼれる白い歯が、「すべてお見通し」と言うように動いて見えた。


「わたしね。 もういっぱい悪いヤツをやっつけちゃったんだから。 エイってね」

子犬がじゃれるように、かのんは飛鳥の前でくるっと回って微笑んだ。


「だから、こんどは飛鳥の番だよ」

そっと顔を近づけて、耳元で小さくそうつぶやくと、かのんの髪の香りがふうわりと飛鳥の鼻腔をくすぐった。


「なぜ? 」


 ふいにそよいだ、かのんの髪から流れてきた、あの懐かしい金木犀(きんもくせい)の花弁の甘い香りに一瞬戸惑っていると、かのんは飛鳥の背中を優しくポンッと押した。 飛鳥は、揺れる気持ちに躊躇をしながら、二歩、三歩と小さく歩き始める。 そして、かのんが押した背中から熱を感じ始めると、まっすぐに前を向き、全力疾走で学院堂の舞台へと向かっていった。 舞台そでの階段を駆け上り中央にたどりつくと、両手を膝に置くような格好で息を整え、大きく深呼吸をしてゆっくりと天井を見上げてみた。


 天井には生命の復活と再生の象徴とされる、沙羅(さら)双樹(そうじゅ)の木々や花の彫刻が一面に施されている。 そして、飛鳥の後ろには、すべてのものを救うという巨大な金色の阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)の像が、アルカイクな微笑みをこぼしながら見守っていた。


 飛鳥は、腹に力をこめながら、この学院堂の喧騒に負けないほどの力いっぱいの大きな声で、そしてみんなの耳に届くように、ゆっくりと話をしだした。


「みなさん! 争いはやめてください!! 生徒のみなさんも、石を狙うオジサンたちも聞いてください」


「あれは‥‥‥ みなさんが思うような永遠の富や願いをかなえてくれるものではありません。 ましてや宝物や宝石のように人間が手にして、力や美しさを誇示するものではなく‥‥‥ 」

「自らの意志をもった生き物の魂そのものです! 」


「そして、その生き物は、永く続く旅の役目を終えて去っていきました。 永遠にもどることはないと、ボクの目の前で砕け散っていきました」

そういうと、飛鳥の瞳からボロボロと涙がこぼれてきた。


「みなさんは、ボクがなにを言っているかわからないかもしれませんが‥‥‥ 」

鼻声で、くしゃくしゃな顔になりながら飛鳥は続けた。


「信じてください!! もうあの石は‥‥‥ あの魂は、この世には存在しないから‥‥‥ 」


「もう争わないで!! オジサンたちは、なかまの人たちに伝えてください。 もう、あれを求める意味は未来永劫にありません」

飛鳥は言い終わると、深い一礼をして舞台壇上を降りていった。


 少女たちは唖然と立ちつくしていた。 蛇骨会の男たちも、戦う意味を失い膝をついて天井を仰いでいる。


「さあ、残ったのは、あなただけです」

咲耶花が、その刀剣のような経板で、コソコソと逃げていこうとした一連の事件の首級(しゅきゅう)である、爬虫類のような顔をした子男の首をおさえていた。 まるで、暮れ行く冬に逃げ遅れた

蜥蜴(とかげ)のように、さらに小さくなって、ぶるぶると震えていた。


「コイツ、ご丁寧に黒獅子さまの石をブローチにして首につけてるよ! 」

《天知ひかり》が子男の首からそれを引きちぎると、勝利を確信したように、高笑いをしながら高くもちあげた。

「みんな! わたしたちの勝ちだよ! 」



「わっーーー!! 」 歓喜の声が学院中を包み込む!



 普段口さえも利かない別のクラスの子と、抱き合って泣いている子達もいる。 お互いにバンソーコーを貼りあいながら、イタタといって笑いあっている子たちもいる。 即興の勝利の替え歌で称えあう合唱合奏部。 運動部の面々も肩をくんで交じり合う。 下級生も上級生も、運動部も文化部も、すべての生徒が、自分たちで掴み取った勝利に目を輝かせていた。

 

 そのとき、遠くからパトカーのサイレンがけたたましく聞こえてくる。


「九重、また、警察無線を使ったな」

あきれたような顔をして《天知ひかり》が制服に結ばれたタスキをゆるめながら、汗を拭って口をつく。


(じゃ)(みち)は、(へび)というでしょう」 と《九重ゆみか》が体をくねらせて、おどけて見せた。

「さあ、科学部! パソコン部!! こんどは、わたしたちの出番だよん。 後始末は、私たち、頭脳組で、ぱぱぱっとやっちゃいましょう」


「はい!! 九重総部長!! 」 黄色い声がこだました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ