消えた手紙①
私の同室の友人、共に学園で魔法と学問を学ぶ事になったシャーロット・ホームズは大変な変わり者で、とても伯爵家の令嬢とは思えない人間だった。
まず彼女は大いにだらしがなく、およそ取り出した物を片付けると言う事をしなかった。
大切な物を鍵の掛かる机の引き出しに適当に放り込む事と、興味のある新聞の切り抜きをファイルに溜め込む以外は、その辺りに出しっぱなしなのだ。
私が片付ける様に口を酸っぱくして言ったとしても、彼女が片付けを行うのは5回に1回程、そして片付けた3回に1回は30分後には元の状態よりも散らかっている有り様だった。
そしてシャーロットは香りタバコを愛飲しており、何故かそれを棚に飾ったスリッパに隠す奇妙な癖があった。
そんな変人と呼んでも否定する事が難しいご令嬢であるが、彼女の類稀なる洞察力、魔導科学と古今東西に渡る犯罪に関する知識には舌を巻く他無かった。
また、暇つぶしとしてヴァイオリンを嗜むらしく、意外にもその腕前はプロの演奏家と比べても遜色の無い物だった。
そんな彼女だが、私は意外にも馬が合ったらしく学園でもシャーロットと行動を共にする事が多かった。
シャーロットはいつもつまらなそうに授業を受けている。
ただ数学だけは何時も楽しげに教授の講義を受けていた。
曰く、数学のアダム・ワース教授以外の講師達は分かり切った事しか言わないので時間の無駄でしかないとの事だ。
しかし、偶にはシャーロットの興味を引く事も起こり得る。
それは生徒や教師、近所の住人からもたらされる謎を解く事だ。
大抵は簡単な失せ物探しや生活の知恵程度の事柄で、ほんのひと時の暇潰しにしかなっていないが、極く稀にシャーロットの青い瞳が夜空を飾る星々の如く輝く事がある。
これはそんな話の1つで有る。
その日、シャーロットを呼び止めたのは今年で22歳になる若い教諭トレローニ・ホープだった。
伯爵家の次男で、爽やかな好青年と呼んで差し支えないトレローニ教諭は、生徒と歳が近く、気さくで人気の人物だった。
しかし、学園の一室で向かい合った彼は、顔から血の気が失せて今にも倒れてしまいそうな様子だった。
「それで、相談とは一体どの様な事柄かしら?」
「ああ……その……」
トレローニ教諭は落ち着きなくシャーロットと私の顔を見比べていた。
「トレローニ教諭、私達は今日見聞きした事を決して口外しませんわ」
「ほ、本当かい?」
「ええ、神に誓いますわ」
神など信じていない癖に、シャーロットはあたかも敬虔なる信徒であるかの如き表情でのたまった。
トレローニ教諭の視線が私を捕らえるので、私もシャーロットに倣う。
「私も、神と女王陛下に誓って口外は致しませんわ」
ようやく安心したのか、トレローニ教諭はポツリ、ポツリと語りだした。
それによると、事の起こりは数日前、トレローニ教諭の下に実家の伯爵家に届いた彼宛の手紙がまとめて送られて来た事に起因するらしい。
手紙のほとんどは、彼がこのロンドン学園で教職に付いている事を知らない友人知人からの他愛の無い物だったのだが、その中に1通、非常に厄介で危険な手紙が混ざっていたのだ。
その手紙は外務局に勤めるトレローニ教諭の兄へ宛てられた物が、何かの手違いで彼の元に送られて来てしまったそうだ。
トレローニ教諭の兄の友人の私的な文書なのだが、内容は我が国の政策を口汚く批判する物だった。
何の役職のない者が書いた物なら、気にする様な事ではないのだが、トレローニ教諭の兄の友人は某国の外務官僚で、仕事で出会って親しく付き合う様になったそうだ。
そんな立場の者が他国の政策に対して批判する文書が表に出れば、両国間の関係の悪化は火を見るよりも明らか、下手をすれば戦争も有りえる。
では何故、そんな私文書をしたためたのかと言うと、それは全くタイミングの悪い事で、一時の激情に駆られて書いてしまったそうだ。
手紙を出した後に冷静さを取り戻した友人は、直ぐにトレローニ教諭の兄に謝罪の手紙を送り、先の手紙の処分を頼んだのだと言う。
しかし、兄が謝罪の手紙を受け取った時には、問題の手紙はトレローニ教諭に送られた後だった。
兄から連絡を受けたトレローニ教諭が手紙を確認し、兄が回収に来るまで肌身離さず持っていたのだが、朝になってみると何処にも見当たらないのだと言う。
「なるほど、事のしだいは分かりましたわ」
「しかし、何故トレローニ教諭のお兄様が手紙を取りに来るのを待つ必要が有ったのですか?
連絡を受けて直ぐ、トレローニ教諭自身が手紙を火にでもくべればよかったでは有りませんか?」
私の疑問に答えたのはトレローニ教諭ではなく、シャーロットの方だった。
「問題の手紙は下手をすれば戦争の引き金になってもおかしくない代物なのよ。
自らの手で確実に始末したいと願っても理解するのは難しく無いわ」
「その通りだ。兄は自分が確実に処分するからそれまで決して手放すなと言っていたんだ」
「でもそれを無くしてしまったと?」
「そうなんだ……」
意気消沈するトレローニ教諭は普段よりも2回りは小さく見えた。
「その手紙は何処にしまっていたのですか?」
「レターケースに入れて鞄の中に……鞄は常に持ち歩いていたんだ」
「最後に手紙を確認したのは?」
「紛失の前日に帰宅して、ベットサイドにレターケースを置いた。その時には手紙が有る事を確認した。
私は眠りが浅く、眠っている間に賊が侵入して盗み出したなどは有り得ない。
それなのに、朝目覚めると、手紙が紛失していたんだ」
「食事はいつ?」
「19時半くらいだ。その日は婚約者が来ていて一緒に食事をした」
「ベッドに入ったのは?」
「婚約者を送ってからだからえっと……23時半くらいだ」
「では4時間程、手紙から目を離したと言う事ね」
「だが寝室に入れるのは私とメイドくらいだ。
私が王都に来る時に父が着けてくれた者で、3代に渡って我が家に仕えてくれている信頼できる人だ。
彼女が盗みを働くなんてあり得ない。
そもそも、レターケースの中にそんな重要な手紙が有る何て知るはずがない」
「教諭の婚約者も知らなかったので?」
「当然だ」
シャーロットはパイプが無いのが口寂しいのか、左手をしきりの彷徨わせながら尋ねる。
「ではその手紙の存在を知っているのは?」
「国内では私と兄上と父上、外務大臣と閣僚、他2、3名。国外では手紙を書いた本人くらいだ」
香りタバコを求めるのを諦めたシャーロットの左手は、彼女の細っそりとした顎でようやく落ち着きを見せた。
「手紙が公になれば戦争になると?」
「可能性は少なくない」
そう言って頭を抱えるトレローニ教諭に対して、シャーロットは目頭を揉みながら告げる。
「なら、急いで戦争の用意をする事ね」




