消えた手紙②
「なら、急いで戦争に用意をする事ね」
シャーロットの辛辣な言葉に私は苦言を呈する。
「シャーロット、そんな言い方はないでしょ」
「何を言ってるのよ。いいことジーン、手紙が紛失してからもう数日が過ぎているのよ?
手紙は盗人から仲買人に渡り、そこから1番高値を付けた者に売り払われるのに十分な時間が過ぎているわ」
私はシャーロットの言葉に二の句が継げなかった。
確かに、今にも手紙の内容が世に出てもおかしくない程の時間が過ぎてしまっている。
彼女の言葉で改めて状況の悪さを認識したトレローニ教諭は顔を真っ青に変えていた。
「取り敢えずやれるだけの事は致しましょう。
トレローニ教諭も何かお分かりになりましたらご連絡下さいまし」
ふらふらと、足取り怪しく去っていくトレローニ教諭を見送った私達は、連れ立ってベイカー寮へと帰宅した。
部屋に戻ったシャーロットはスリッパの中から香りタバコを取り出し、何時もの猫が彫り込まれたパイプに詰めるとマッチを取り出した。
しかしマッチ箱の中身は留守だったらしく、シャーロットは空箱を投げ捨てると書籍やレポート、実験器具で溢れかえった机の上を漁り出した。
「シャーロット」
私が魔法で指先に小さな火種を作り差し出すと、彼女は花が咲く様に笑みを浮かべ、簡単に礼を述べパイプに火を灯した。
「ふぅ」
まるで煙突の如くバニラの香りの白煙を吐き出すシャーロットはひどく落ち着いて見える。
「これからどうするの、シャーロット?」
「出来る限りの事をするしかないわ。今この国であの手紙を使って何かを成そうとする奴には、何人か心当たりが有るわ」
そう言ってシャーロットは棚からファイルを取り出すと、ペラペラと捲り始めた。
目当の記事を見つけたシャーロットはそこに書かれた名前を指差す。
「オーベルシュタインか、ラ・ロシエールか……エドワルド・ルーカスの可能性も有るわね」
背後から覗き込む私に数人の名前を口にしたシャーロット。
それに関して尋ねようとした時、私達の部屋、221Bとプレートが掛けられた寮に部屋の扉がノックされた。
「はい?」
私か誰何の声を上げると、年月を重ねた淑女の声で返答が有った。
「ホームズさん、ワトソンさん、お客様ですよ」
私達は顔を見合わせる。
特に来客の予定など無かったはずだ。
このまま黙っている訳にも行かず、扉の向こうのハドソン夫人に声を掛ける。
「ありがとうございます、夫人。お通しして頂けますか?」
すると扉が開き、ハドソン夫人が来客を伴って部屋に入って来た。
来客の案内を終え、仕事に戻るハドソン夫人にもう1度礼を告げて見送った。
かくして私達の部屋に訪れた客人なのだが、その人物は私達と同じロンドン魔法学園の制服にみを包んだ女生徒だった。
3年生のヒルダ・トンプソンと名乗った淑女は、先触れも無い訪問を詫びると私達の部屋を訪れた用件を話し始めた。
「実は……私、歴史学教諭のトレローニ・ホープ様と婚約しているのです。
そのトレローニ様が数日前から何やら悩み事があるらしいのです。
私がお尋ねしても『心配しなくて良い』と言って話して頂けないのです。
それが今日、トレローニ様が噂のシャーロット様にご相談を持ち掛けたそうで、私……居ても立っても居られずにこうしてまかり越したしだいです」
私はシャーロットとヒルダ嬢の前にハーブティーを置くと、自分の分のカップを手にシャーロットの隣りに腰を降ろした。
「つまり、ヒルダ嬢。貴女はトレローニ教諭からの依頼の内容を知りたいと言う事ですわね」
「はい!私、トレローニ様が心配で……」
身を乗り出すヒルダ嬢だったが、シャーロットはハーブティーを一口含み、その香りを楽しんだ後、告げる。
「お断り致しますわ」
「そんな⁉︎」
「私とジーンはこの件に関して口外しないと誓っておりますわ。貴族として、1度立てた誓いを破る事は出来ないとご理解い頂きたい」
「………………失礼致しました。これ以上トレローニ様にご心労を掛けたくは有りません。本日、私がご訪問した事はどうかご内密に」
ヒルダ嬢は深く頭を下げると早足で帰って行った。
寮の玄関でヒルダ嬢の背を見送った私に、シャーロットが問う。
「ねぇジーン。彼女、一体何が目的だったのだと思う?」
「何を言っているの?本人が言っていたじゃない、婚約者のトレローニ教諭が心配だって。
心優しいご令嬢だわ」
「貴女にはそう見えたのね」
「なによ、奥歯に物が挟まった様な言い草ね」
私が不満げな視線を向けるが、シャーロットは気に留める事なく部屋に戻って行った。
後を追って戻ろうとする私の耳に、号外!号外!と叫ぶ新聞売りの少年の声が聞こえた。
何やら大変な事件が有ったらしく、死体だとか殺人だとか喧伝する少年の声が木霊する。
ちょうど通りかかった新聞売りの少年を呼び止めた私は小銭を手渡し、号外を1部受け取って部屋へと戻った。




