第十五話 光一の見た笑顔
光一はゲームセンターの前で佇んでいた。時刻は朝の九時四分。
服装はゲルグや真希奈のおすすめコーデなことなだけはあり、昭和の俳優のような顔付の光一でもそれらしい格好になった。
余談だが、景久の助言はサブカルチャーを元にしていたモノであり、他の二人から却下されまくり、採用されたものは何一つとして無い。
昨日のデートレッスンの事を光一が思い出していると、依然見かけたよりもオシャレをしているティアナの姿が見えた。
近づくと、光一と同じぐらいの身長があり、少女の姿に慣れていたこともあり、少し驚いてしまう。
「お、お待たせしました」
小さな声で、申し訳なさそうに話すティアナ。
「いえ、そんなに待ってません。遅刻する旨は、電話で聞いてましたし。そんな事より、とてもお似合いですよ」
「……本当ですか?」
不安げにティアナが聞き返す。
「ええ、もちろん」
「……よかった」
二人は、仮面の様な笑顔で微笑み合った。
◇
光一とティアナは、ゲームセンターでUFOキャッチャーに興じていた。
指を冷静に、細やかにレバーを操作する光一。
けれども、UFOキャッチャーが穴の上に移動する前に、かわいらしいラッコのマスコットの人形は落ちてしまう。
「おのれ……!」
思わず膝をつきそうになってしまう光一に、オドオドとティアナが呼びかける。
「……あ、あの、もういいですから。ね? ね?」
「しかし、ティアナさんの好きなキャラだ。ここで取らねば男が廃る……!」
獲物を狙う獣のような顔つきで、UFOキャッチャーに寝転がるぬいぐるみを睨む光一。
もう一度チャレンジしようと、五百円玉を投入しようとするが、慌ててティアナが止めに入る。
「いえ、別にそんな好きじゃないので、これの為にそんな熱くならなくても……」
「……あ、そうなんですか?」
恥ずかしそうに笑い、財布をしまう光一。
「携帯に付いてたマスコットと、同じキャラだったので、つい……」
「……ああ、あれですか」
ティアナは目を伏せ、カバンからマスコットのストラップが着いている携帯を取りだす。
光一の言う通り、UFOキャッチャーの中にいるのと、同じマスコットのようだった。
「……これは、初めて大会に優勝した時に、死んだ母が買って下さったものです」
その言葉に、ピクリと反応する光一。
「普段は、こういった品を買ってくれるような両親ではないので、携帯には毎回付けてるんです」
「……そう、ですか。お母さんが、お亡くなりに……」
しかし、光一は話どころではなかった。『母が死ぬ』というワードに、身体が敏感に反応してしまう。
様子がおかしくなったことに気がついたティアナは、慌てて頭を下げる。
「す、すいません。今そんな話をするべきじゃ、ありませんでしたよね……」
「……いえ、そんな事は。こちらこそ、話しづらい事を聞いて申し訳ない」
「そんな、私が勝手に話しただけですので……!」
いつの間にか謝罪合戦になってしまい、二人とも意地を張り引けなくなってしまう。
「……では、光一さんの秘密を教えてくれたら、私が許す、と言う事で」
だが、先に引いたのは年上の方であるティアナだった。
もしや、ギルディオンワールドでの事をここで引き出そうとしているのか、という考えが光一の頭をよぎるが、そんな様子はなさそうだと気付く。
「わかりました」
しかし、光一は彼女の秘密を既にいくつか知っていたし、辛い事を話させてしまったという事もあり、話す話題は一つしかないと光一は結論付けた。
「……俺も、母を亡くしてるんです。今年の春に」
「……え?」
そんな話が飛び出してくると思わなかったのか、紫色の瞳を丸くするティアナ。
「ニュースでも流れたんですよ。ほら、デパートの殺人事件。あれが、俺の母です」
「……あ」
それで思い当たる節があったのか、顔を青くするティアナ。
光一はその様子を見て、いらん事まで話し過ぎたかと後悔する。
「……その、辛い事を話させてしまい」
謝ろうとするティアナを、慌てて遮る光一。
「いや、これでそういうのは無しだって、言ったじゃないですか」
「そう、でしたね」
二人の間に、気まずい雰囲気が流れる。
「……今度は、あっち行きましょう。太鼓、太鼓叩きましょう」
「太鼓なら習ったことがあるので得意です」
「そんな習い事を……」
そんな他愛もない話をしながら、二人は音楽ゲームコーナーへ足を運ぶ。
◇
そんな光一とティアナを、尾行する者達がいた。カップルに偽装した、ゲルグと真希奈だ。
二人は異常事態が多い今回に備え、ティアナと光一の、影ながらの警護をギルディオン直々に命じられていた。
真希奈はばれない様に二人を観察しており、ゲルグは携帯を耳に当て話をしている。
「真希野のチームでもダメだったか……」
『ああ、だが真希奈の妹というだけあって、全員生還している辺りは賞賛すべきだ。他のチームは全滅だった』
携帯から聞こえてくる声は、クリストフのモノだった。
「……上位連中でも生還が精一杯なんだ。そりゃしょうがねえよ」
『だが、奇妙な点が一つある。どうも、オルター・エゴが顔を出していないらしい』
「……隠れながら戦ってるってことか?」
『報告だと、そういう事になる』
「…………」
それを聞き、考え込むゲルグ。
「……なあ、旦那。エクスの目的は何だと思う?」
『……正直に言ってしまえば、何も分からない。アクシス遺跡事態、どうやって作られたのか謎の建築物だ。だが、このオルター・エゴを外に連れ出せれば、テロリスト側に大きく軍配が上がることは間違いない』
「……サンキュー、旦那。あっちの世界に戻って、引き続き調査頼む」
『ああ、そちらでも光一君を守ってやってくれ』
「もちろんだよ」
そういうと、ゲルグは通話を切った。
「そっちはどうだ?」
「んー、まあ最初は無神経かな? って感じだったけど、結果的にはいい感じかな」
「お前説明本当下手だよな……」
「うっさい」
抗議するように、ゲルグの腹を指でツンツンする真希奈。
「やめいやめい」
ゲルグも真希奈の腹にツンツンし返す。
「ちょ、ずるっ! 抵抗しちゃダメでしょ!」
「そんなルールありませーん」
「こ、この……!」
二人はツンツンの攻防を繰り広げながらも、光一とティアナから目を逸らさない。
光一とティアナは、再開した時とは別人のように、楽しそうな笑顔で太鼓を叩く姿があった。
「……ほーん? 楽しそうではあるな」
「これで心が持ち直して、『堕ちた迷い星』が解消すると良いんだけど……」
「そんな反応はないって旦那が言ってた」
「うへえ……」
ゲルグの報告に、項垂れる真希奈。
だがそれとは別に、ゲルグは一つ気になることがあった。
「……太鼓のゲームって、日本人はおかしなことを考えるよな」
「……言われてみれば」
◇
いつしか、ティアナが携帯を忘れた喫茶店で、二人は軽い食事を取っていた。
二人共疲れはしたが、あまり重い物を食べる気分ではなく、喫茶店で出されるようなものでちょうどいい具合だった。
「……やはり、ゲームと現物とでは違いますね」
「そうなんですか」
「はい、こう、タイミングが、とても取りづらい……!」
悔しがるティアナの様子を見て、光一は思わず笑いそうになってしまったが、慌てて笑みを作ってそれを誤魔化す。
「また今度リベンジしてください。今度は練習してからで」
「……ええ、はい。そう、ですね……」
だが、ティアナは一転して顔を暗くする。
先程まで悔しがっていた姿は、もうどこにもなかった。
「約束です」
光一はそんな事を気にせず、自分の薬指でティアナの薬指を絡めとる。
「……はい」
ティアナは、俯きながら頷いた。
◇
暗い廊下の中、水槽に生きる魚を照らす光だけを頼りに、光一とティアナは歩いていた。
ティアナの手が、ピクリと動いたかと思うと、突然光一の手を握る。
驚いて光一がティアナの顔を見ると、彼女は顔を赤くして光一の手を握っていた。
「……あの、暗いので」
「……ですね」
光一はこう言った経験が皆無だったので、妙に照れくさくなり、それ以上ティアナの顔を見ることができなかった。
後ろにいるゲルグと真希奈は、「指切りしたんだから、その程度で照れるな!」と怒り心頭だったが、光一が知る術は無い。
「……あ、ラッコ」
足を止め、地上へと続く水槽で、泳ぐラッコを見るティアナ。
光一も足を止めて、水槽の中を泳ぐラッコを見る。
「知ってますか? ラッコって、もう殆ど日本にいないんですって」
「……そうなんですか?」
ティアナの語るうんちくに、驚く光一。
「ええ、毛の為に狩りをしたり、原油が漏れたりしてで、絶滅危惧種に指定されてるんです」
「へえ」
初めて知る知識に、素直に感嘆の声を漏らす光一。
「……やっぱり、ラッコ好きなんですか?」
「ッ!? いえ、別に!」
顔を口を噤み、ティアナはそそくさと先に歩いて行ってしまう。
「あ、ちょっと!」
光一は慌てて追いかけた。
◇
光一とティアナが屋外に出ると、空飛ぶペンギンががいた。
もちろん、本当に飛んでいるわけではなく、ペンギンが天井にある水槽を泳いでいるだけだ。
けれども、日光と汚れ一つない水を泳ぐペンギンの様子は、光一が見たことのない美しい物だった。
「……綺麗」
光一が隣を見れば、その光景にティアナは見惚れていた。
その呟きも、きっと意図したものでは無く、心の声が漏れただけなのだろう。
そんなティアナの顔は、眩しい程に輝いていた。
彼女とまともに接するのが、初めての光一が、また見たいと思う程に。
「……そうですね」
空を飛ぶペンギンンを見上げ、光一は頷いた。
光一の覚悟は、今決まった。
◇
二人が水族館を楽しんでいると、もう日が暮れようとしていた。
帰る前にお手洗いに行こうという話になり、ティアナも女子トイレに入ったのだが、出て来ても光一の姿が見えなかった。
おかしいと思い辺りを見回すと、光一が人形を持って走ってきた。
「あの、これ、プレゼントです」
そう言って差し出してきたのは、ペンギンの人形だった。
「……ペンギン?」
不思議そうに首を傾げるティアナ。
「ええ、空を飛んでいたペンギンが、キレイだったので」
「ああ……」
光一の説明に、彼女は納得したような顔と同時に、優しい笑みを浮かべる。
楽しかった記憶を思い返すように。
「……ええ、確かに。あのペンギンは綺麗でした」
「はい、また今度、見に来ましょう。さすがに次のお出かけの際には、別の所がいいんでしょうが」
楽しそうに未来の展望を語る光一に、ティアナは暗い顔で俯く。
「いえ、その……」
何かを言い出そうとするティアナだが、上手く言葉が紡げない。
嫌な汗を流し、手は震え出している。
その手を、光一が握った。
「一緒に来てください」
「……え?」
そういうと、光一は手を取りながら水槽のガラスの中に入っていく。
つられて中に入っていくティアナの顔は、困惑ではなく、敵意だった。
「ちょ!?」
「嘘だろオイ!」
ゲルグと真希奈も、慌てて水槽のガラスを使い、ギルディオンワールドへと入った。




