第十二話 決死の撤退戦
「クソッ!」
現実世界で覚醒した景久は、すぐさま鏡の中に飛び込んだ。
一度精神体で死んでしまうと、再びギルディオンワールドで形を保てるようになるまで時間がかかる。
だが肉の器があれば、その問題を解決することができる。もちろん、肉体ごと殺されれば、もう次は無い。
景久はすぐさまアクシスシティにあった場所に向けて降下する。
「なんだ、あれは……!」
そして、悍ましい物を見た。
町一つを飲み込む『堕ちた迷い星』が、空から見ても分かる程に肥大化していっているのだ。
その近くに人影があるのを確認し、避難させようとそちらに降下の舵を取る。
だが、近づいてみると、そこにいるのは見知った三人であった。
「ゲルグ殿! 何故ここに?」
そう、そこにいたのは光一達を指導する為に集められた、ゲルグ、クリストフ、そして真希奈の姿だった。
「私が光一君の落下地点を観測しててね。でもまさか、瞬間移動したらこんな事になってるとは思わないよ」
そう言いながら真希奈が手をかざすと、これ以上『堕ちた迷い星』が肥大化しないよう、バリアが貼られた。
だがすぐに、苦痛の表情を浮かべる。
「……これ、やっぱダメだ。専門家呼ばないと、一時間持たないかも……!」
「私が既に救援要請は出してある。アクシスシティに来たことのある結界術者も多い。耐えるんだ!」
クリストフもバリアに手を振れ、苦悶の表情を浮かべながら力を注ぐ。
「エクスは?」
「逃げた。つうか、目的果たしたみたいな事言ってたな……」
「やはり、この中にいる光一殿が目的……」
バリアと『堕ちた迷い星』を見た景久は、見る見るうちに顔を青くさせた。
「って! これじゃ光一殿出られないのでは!?」
「……こればっかりはしょうがねえ。侵蝕度がおかしいレベルで早い。このままだと、十年物の『漆黒迷宮』の大きさすぐに超えちまう」
「しかし! 光一殿や、町の人々の命は!?」
ゲルグは景久の肩を掴み、まっすぐ目を見る。
「救援も後十分もしないで着く。それまでは被害拡大を抑えるしかねえ。耐えろ」
「そんな……!」
さらに青ざめていく景久を見て、ゲルグはその肩を揉む様に触った。
彼ほどになると、見て触れば肉体か精神体か、判別することができるのだ。
「……お前、肉体か。今日はもう帰れ」
「しかし!」
なおも引こうとしない景久に、ゲルグは大声を出しながら睨みつけた。
「お前が死んじまったら! アイツが悲しむだろうが!」
「……くそッ」
景久は涙を流しながら、
「……後は任せろ。俺が愛弟子を死なせるわけがねえ」
空を見れば応援の『神聖騎士軍』がやってくるのが見えた。
「後は任せろ。アイツは俺が助ける」
「……かたじけない」
「ガキが気にするな」
ゲルグは懐刀でバリアを切り裂くと、すかさず中に入る。
「「ふざけんな!」」
というバリアを貼る二人の声が聞こえたが、ゲルグは気にせず『堕ちた迷い星』に飛び込んだ。
◇
光一と甲冑の王女の戦いは互角だった。
建物から建物へと、糸を縫うように飛び交いながら、二人は剣を交える。
まだ彼女も戦い慣れていないようだが、すぐさま光一の動きをラーニングし適応してくる。
数分経てば、尊大ながらも、気品あふれる身のこなしを、甲冑の王女は身に着けていた。
「作法のご教授。貴殿に多大なる感謝を」
戦いの最中だと言うのに、スカートを摘んで礼儀正しく頭を下げる。
「礼などいらん。貴様の首を寄越せ」
猟奇的な事を言っている自覚はあるが、光一は切羽詰まっており、返す言葉に気を使う余裕が無かった。
だと言うのに、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「是非受け取ってもらいたいものだ。できるものならな」
「やってみせよう」
聖剣を構え、隙を伺う光一。
「これでもかな?」
巨大な剣が変形し、やがて大きな鎌へと姿を変えるようとしていた。
「厄介だな」
そう言いながらも、光一はその隙を逃さなかった。死角から分身体で切りかからせる。
だが、変形している最中である武器を振り回し、分身体を押しつぶす。
「さて――――」
武器が完全に大鎌に姿を変え、甲冑の王女は本体の光一を見据えようとする。
だが、先程までいた場所に光一の姿は無く、周囲を見回すがどこにも姿が見えない。
逃げられたか、と索敵範囲を広げようとした瞬間、ビルにある彼女の影中から、光一が飛び出した。
その腕には、籠手に刃を取りつけたような武器に、姿を変えた聖剣が備え付けられていた。
姿を変えた聖剣を振い、すかさず鎌を持つ手を切断する。
だが甲冑の王女が首を傾げると、たちまち腕は繋がれた。
「ほう、貴殿もか」
語り掛けながら、大鎌で攻撃を仕掛けて来る甲冑の王女。
「貴様と勝手は違うがな!」
それを腕に取りつけた聖剣で受け止める光一。
「存外、気前がいいと見た」
「今回限りだ!」
互いに姿を変えた武器で打ち合いながら、言葉を交わす。
「もしや、余に気があるのかな?」
「そういった意図は、断じてない!」
思い切り聖剣を振りかざし、甲冑の王女をビルの屋上と叩き落す。
「男の子だな。恥ずかしがりやで、力がつ――――」
彼女が言葉を紡ぎ切る前に、ビルの屋上が爆発した。
いつの間に爆弾を仕掛けていたのかと驚愕するが、視界の端で苦無が横切り、爆発するのが見えた。
「便利にも程があるぞ……!」
爆風により、砕け散った壁や天井が面白い程に彼女を阻んでいく。
これが全て彼の計算通りならば、どんな頭をしているのか?
そんな事を考えた甲冑の王女は、ここに来て初めて寒気で身を震わせた。
◇
「光一、良く生きてた!」
あの場からすかさず逃げた光一は、運よくゲルグと出会う事ができていた。
光一がやってくる方向を見ると、爆発によって倒壊するビルが見えた。
「……もしかして、ここのオルター・エゴ、倒しちまったか?」
「彼女には、恐らく目くらまし程度です。逃げましょう」
「うへえ、あいよ。こっちだ」
二人は文字通り影の中に入っていき、そのまま影から影へと移動し、出口を目指す。
「忍法、影隠れの術。こんな状態でも、上手く使えてるな」
「ええ、なんとか」
二人が影の中を歩いていると、一瞬轟音が聞こえたかと思うと、影の中から弾き出されてしまう。
どういう事だと辺りを見回すと、建物は城以外存在せず、森から木を一本残らず引き抜いたような有様になっていた。
空を見れば、多くの建物を集め、拳ほどの大きさに丸める甲冑の王女の姿があった。
「かくれんぼ、余の初体験ではあった。少々心が躍ったが……存外、つまらぬ遊びだった。止めにしよう」
それを握りつぶすと、ライフルに変形している武器を構え、ゲルグを狙い撃つ。
「ニニンッ!?」
ゲルグは慌てて回避するが、ライフルの形をしているというのに、雨のように弾を撃ちこんでくる。
「ぐああああああああ!?」
ゲルグの身体は赤く光る粒子をまき散らしながら、地面に倒れ込んだ。
「余と貴殿の社交場に、この様なネズミは必要あるまい。なあ? ……ん?」
そう宣う甲冑の王女だったが、光一は何も言わずにゲルグが倒れている場所をのぞき込んでいた。
何事かと思い、甲冑の王女もそちらに視線を移すと、そこにあるのはゲルグの遺体ではなく、忍び装束を着こんだ丸太であった。
「なんだと!?」
そして、気がつけばゲルグは甲冑の王女に、組技を仕掛けていた。
「因果忍法、変わり身の術さ! 実際にその身に攻撃を受けても、丸太が身代わりになってるっていうスゲー術だ! こーんな感じに、本体は瞬間移動だってできちまうんだぜ!? どうだい、スゲーだろ! 今度光一にも教えてやろうと思ってる術さ!」
「……それはそれは。色々と、良い事を聞いた。」
甲冑の王女の持っている武器と同じような見た目の槍が、虚空から大量に現れる。
ガチャガチャと金属音の音をたてながら、それらを光一へと向ける。
「やっべ!? 逃げろ! 光一ィー!」
幸い、彼女が影を取っ払う為に行った建物引っこ抜き作業のお蔭で、出口は丸見えだった。だが、あまりにも距離が遠い。
光一は閃光の様な速さで駆け抜けても、それを超える速度で槍に射抜かれた。
「――――ッ!」
一度射貫かれてしまえば、後は数多の槍に串刺しにするしかない。
「さて、クルセイダーとやらは、再生能力も凄まじかったはずだな? 余ほどにではないとしても、これぐらいは―――――」
ポンッという軽快な音と共に、光一の姿が丸太に変わる。
「ああ、教えてないっての嘘。本当は、一回ぐらい使えるんだわ。ちなみに、さっきのはこの展開の為の解説。お蔭で光一は、無事外に帰れるって寸法だ。サンキューな!」
これでもか、という程に爽やかな笑顔で感謝を述べるゲルグ。
「お前」
甲冑の王女は、何も言わずにしたり顔のゲルグの顔を握りつぶした。
ポンッと軽快な音と共に、それは丸太に姿を変える。
すぐさまゲルグが甲冑の王女の頭上に現れ、懐刀で首を取りに行く。
だが、彼女が頭上に手を掲げると、ゲルグの動きは停止した。重力さえも無視して、完全に静止した。
「余は、貴殿の手の内で踊らない。もう、二度と」
ゲルグを睨みつけながら、停止したゲルグの周りの空中を歩く。
「さて、どう殺すべきか……」
そう彼女が思案している時だった、ゴツッ、ゴツッ、と、鈍い音が聞こえた。
音のする方を見てみれば、光一が出口にタックルしている姿が見えた。
「なぜ出られない……!」
慌てる光一の姿を見て、甲冑の王女は満面の笑みを浮かべる。
「行幸」
光一に向かって、手を掲げる。そうして、彼の動きを停止させようとしたのだ。
だが、何も起きない。光一は出口から出ようと、慌てふためいているだけである。
「……?」
どういう事かわからず、甲冑の王女は首を傾げる。
手を掲げることを辞めると、すぐさま光一の傍に降り立つ。
「どうしたのかな? まさか、出られない、などと言う間抜けな話はあるまい?」
出口に追い詰められた、という奇妙な状況に陥った光一は、聖剣を構えて睨みつける。
「……貴様が何かしたのか?」
「さて、どうかな?」
片手でクルリクルリと、大鎌を回して遊びながら、光一の顔を覗き込む少女。
「行く当てもないのであれば……どうだろう。余の主人の話し相手をしてはくれないだろうか?」
「主人、だと……?」
主人という言葉に首を傾げる光一だったが、もしかして主人格の事なのではないかと言う推測を即座に立てる。
だが、それと会わせて何をさせたいのか、甲冑の王女の意図が光一にはわからなかった。
「王女と読んでくれたのは嬉しいが、余は姫に仕える身でね。貴殿を姫に会わせたいだけなんだよ」
「ならば、なぜ攻撃行為をしてきた?」
「君が、私を殺してくれると言ったからだろう? ならばと思い、作法を合わせた。それだけのことだよ」
両手を光一の手に添え、妖しい笑みを浮かべる。
「だが、その望みは潰えてしまった。であれば、余としては共に我が主の城に来て貰いたい。いいだろう?」
光一は意味が分からなかった。折角落ち着いていた脳が、またしてもパンクしそうになる。
そもそもとして、このオルター・エゴは本当に自分と同じ言葉で話しているのか? という事から考え始めてしまう始末。
だが、そんな所に、瞬間移動で現れた真希奈が、甲冑の王女の頭を蹴りつけた。
そのまま地面に倒れ込んでしまい、
「真希奈さん!」
「お待たせ」
満面の笑みで名前を呼ぶ光一に、Vサインで返す真希奈。
甲冑の王女は、よろめきながら立ち上がる。
「無作法な……。乙女の頭を蹴るのはいかがなものか」
「デブの顔なんて、どうでもいい」
「デブ?」
その言葉に、身を震わせるする甲冑の王女。
「それは、余の事か?」
「そうよ」
甲冑の王女の問いに、空気もへったくれも知るもんかとばかりに、堂々と肯定する真希奈。
「……余の事か」
「デーブデーブ、ブーサイク。ヘイッ」
甲冑の王女が怒りに打ち震えているのを知ってか知らないでか、彼女は歌うように侮辱する。
「……そうか」
怒りに震え、持っている武器をへし折りそうになる甲冑の王女だったが、歯を食いしばりなんとか耐える。
「ならば、余に散らせろ。その命!」
武器がハンマーの形状に姿を変え、振り回す甲冑の王女。
回避する為、遠くに瞬間移動する真希奈。
だが甲冑の王女の一撃は軌道を変え、光一に叩きこまれる。
「――――ッ!?」
光一は不意に近いその一撃をガードするが、大きく城の方へ吹き飛ばされた。
「しまった!?」
瞬間移動で光一を回収しに行こうとする真希奈だったが、甲冑の王女が槍で真希奈を一突きにする。
苦悶の声が漏れそうになるのを、なんとか耐える真希奈。
だがそれが、甲冑の王女の被虐心を煽ることだけだった。
「いかせると思うか? 王子と姫の逢引に」
「……頭おかしいわね、アンタ」
その言葉に、甲冑の王女は槍を更にねじ込む。
「侮辱の数だけ痛みが増えるぞ?」
「へー、テクニックは期待できなさそう!」
自分の身体が貫かれようとお構いなしに真希奈は突き進み、甲冑の王女の王女の頭を掴む。
「こういうの知ってる!?」
そのまま、手の中に数多の光線を放つ。
ゼロ距離からの光線連打。この技で死ななかったオルター・エゴはいない。
だがしかし、甲冑の王女は何一つ傷や汚れが無く、涼しげな顔をしていた。
「……ふむ、頭が冴えた気がする。いいマッサージだった」
悪夢なら覚めて欲しいと思いながら、真希奈は顔の筋肉をひきつらせる。
「さて、次はこちらの番だ。ただのお礼だよ。真希奈殿」
そう言うと、甲冑の王女は残酷に微笑んだ。




