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聖剣使いの忍  作者: 月崎海舟
第三章 甲冑の王女の欲求
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第十二話 決死の撤退戦


「クソッ!」


 現実世界で覚醒した景久は、すぐさま鏡の中に飛び込んだ。

 一度精神体で死んでしまうと、再びギルディオンワールドで形を保てるようになるまで時間がかかる。

 だが肉の器があれば、その問題を解決することができる。もちろん、肉体ごと殺されれば、もう次は無い。

 景久はすぐさまアクシスシティにあった場所に向けて降下する。


「なんだ、あれは……!」


 そして、悍ましい物を見た。

 町一つを飲み込む『堕ちた迷い星(メテオ・ラビリンス)』が、空から見ても分かる程に肥大化していっているのだ。

 その近くに人影があるのを確認し、避難させようとそちらに降下の舵を取る。

 だが、近づいてみると、そこにいるのは見知った三人であった。


「ゲルグ殿! 何故ここに?」


 そう、そこにいたのは光一達を指導する為に集められた、ゲルグ、クリストフ、そして真希奈の姿だった。


「私が光一君の落下地点を観測しててね。でもまさか、瞬間移動したらこんな事になってるとは思わないよ」


 そう言いながら真希奈が手をかざすと、これ以上『堕ちた迷い星(メテオ・ラビリンス)』が肥大化しないよう、バリアが貼られた。

 だがすぐに、苦痛の表情を浮かべる。


「……これ、やっぱダメだ。専門家呼ばないと、一時間持たないかも……!」

「私が既に救援要請は出してある。アクシスシティに来たことのある結界術者も多い。耐えるんだ!」


 クリストフもバリアに手を振れ、苦悶の表情を浮かべながら力を注ぐ。


「エクスは?」

「逃げた。つうか、目的果たしたみたいな事言ってたな……」

「やはり、この中にいる光一殿が目的……」


 バリアと『堕ちた迷い星(メテオ・ラビリンス)』を見た景久は、見る見るうちに顔を青くさせた。


「って! これじゃ光一殿出られないのでは!?」

「……こればっかりはしょうがねえ。侵蝕度がおかしいレベルで早い。このままだと、十年物の『漆黒迷宮』の大きさすぐに超えちまう」

「しかし! 光一殿や、町の人々の命は!?」


 ゲルグは景久の肩を掴み、まっすぐ目を見る。


「救援も後十分もしないで着く。それまでは被害拡大を抑えるしかねえ。耐えろ」

「そんな……!」


 さらに青ざめていく景久を見て、ゲルグはその肩を揉む様に触った。

 彼ほどになると、見て触れば肉体か精神体か、判別することができるのだ。


「……お前、肉体か。今日はもう帰れ」

「しかし!」


 なおも引こうとしない景久に、ゲルグは大声を出しながら睨みつけた。


「お前が死んじまったら! アイツが悲しむだろうが!」

「……くそッ」


 景久は涙を流しながら、


「……後は任せろ。俺が愛弟子を死なせるわけがねえ」


 空を見れば応援の『神聖騎士軍(クルセイダーズ)』がやってくるのが見えた。


「後は任せろ。アイツは俺が助ける」

「……かたじけない」

「ガキが気にするな」


 ゲルグは懐刀でバリアを切り裂くと、すかさず中に入る。


「「ふざけんな!」」


 というバリアを貼る二人の声が聞こえたが、ゲルグは気にせず『堕ちた迷い星(メテオ・ラビリンス)』に飛び込んだ。


     ◇


 光一と甲冑の王女の戦いは互角だった。

 建物から建物へと、糸を縫うように飛び交いながら、二人は剣を交える。

 まだ彼女も戦い慣れていないようだが、すぐさま光一の動きをラーニングし適応してくる。

 数分経てば、尊大ながらも、気品あふれる身のこなしを、甲冑の王女は身に着けていた。


「作法のご教授。貴殿に多大なる感謝を」


 戦いの最中だと言うのに、スカートを摘んで礼儀正しく頭を下げる。


「礼などいらん。貴様の首を寄越せ」


 猟奇的な事を言っている自覚はあるが、光一は切羽詰まっており、返す言葉に気を使う余裕が無かった。

 だと言うのに、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「是非受け取ってもらいたいものだ。できるものならな」

「やってみせよう」


 聖剣を構え、隙を伺う光一。


「これでもかな?」


 巨大な剣が変形し、やがて大きな鎌へと姿を変えるようとしていた。


「厄介だな」


 そう言いながらも、光一はその隙を逃さなかった。死角から分身体で切りかからせる。

 だが、変形している最中である武器を振り回し、分身体を押しつぶす。


「さて――――」


 武器が完全に大鎌に姿を変え、甲冑の王女は本体の光一を見据えようとする。

 だが、先程までいた場所に光一の姿は無く、周囲を見回すがどこにも姿が見えない。

 逃げられたか、と索敵範囲を広げようとした瞬間、ビルにある彼女の影中から、光一が飛び出した。

 その腕には、籠手に刃を取りつけたような武器に、姿を変えた聖剣が備え付けられていた。

 姿を変えた聖剣を振い、すかさず鎌を持つ手を切断する。

 だが甲冑の王女が首を傾げると、たちまち腕は繋がれた。


「ほう、貴殿もか」


 語り掛けながら、大鎌で攻撃を仕掛けて来る甲冑の王女。


「貴様と勝手は違うがな!」


 それを腕に取りつけた聖剣で受け止める光一。


「存外、気前がいいと見た」

「今回限りだ!」


 互いに姿を変えた武器で打ち合いながら、言葉を交わす。


「もしや、余に気があるのかな?」

「そういった意図は、断じてない!」


 思い切り聖剣を振りかざし、甲冑の王女をビルの屋上と叩き落す。


「男の子だな。恥ずかしがりやで、力がつ――――」


 彼女が言葉を紡ぎ切る前に、ビルの屋上が爆発した。

 いつの間に爆弾を仕掛けていたのかと驚愕するが、視界の端で苦無が横切り、爆発するのが見えた。


「便利にも程があるぞ……!」


 爆風により、砕け散った壁や天井が面白い程に彼女を阻んでいく。

 これが全て彼の計算通りならば、どんな頭をしているのか?

 そんな事を考えた甲冑の王女は、ここに来て初めて寒気で身を震わせた。


     ◇


「光一、良く生きてた!」


 あの場からすかさず逃げた光一は、運よくゲルグと出会う事ができていた。

 光一がやってくる方向を見ると、爆発によって倒壊するビルが見えた。


「……もしかして、ここのオルター・エゴ、倒しちまったか?」

「彼女には、恐らく目くらまし程度です。逃げましょう」

「うへえ、あいよ。こっちだ」


 二人は文字通り影の中に入っていき、そのまま影から影へと移動し、出口を目指す。


「忍法、影隠れの術。こんな状態でも、上手く使えてるな」

「ええ、なんとか」


 二人が影の中を歩いていると、一瞬轟音が聞こえたかと思うと、影の中から弾き出されてしまう。

 どういう事だと辺りを見回すと、建物は城以外存在せず、森から木を一本残らず引き抜いたような有様になっていた。

 空を見れば、多くの建物を集め、拳ほどの大きさに丸める甲冑の王女の姿があった。


「かくれんぼ、余の初体験ではあった。少々心が躍ったが……存外、つまらぬ遊びだった。止めにしよう」


 それを握りつぶすと、ライフルに変形している武器を構え、ゲルグを狙い撃つ。


「ニニンッ!?」


 ゲルグは慌てて回避するが、ライフルの形をしているというのに、雨のように弾を撃ちこんでくる。


「ぐああああああああ!?」


 ゲルグの身体は赤く光る粒子をまき散らしながら、地面に倒れ込んだ。


「余と貴殿の社交場に、この様なネズミは必要あるまい。なあ? ……ん?」


 そう宣う甲冑の王女だったが、光一は何も言わずにゲルグが倒れている場所をのぞき込んでいた。

 何事かと思い、甲冑の王女もそちらに視線を移すと、そこにあるのはゲルグの遺体ではなく、忍び装束を着こんだ丸太であった。


「なんだと!?」


 そして、気がつけばゲルグは甲冑の王女に、組技を仕掛けていた。


「因果忍法、変わり身の術さ! 実際にその身に攻撃を受けても、丸太が身代わりになってるっていうスゲー術だ! こーんな感じに、本体は瞬間移動だってできちまうんだぜ!? どうだい、スゲーだろ! 今度光一にも教えてやろうと思ってる術さ!」

「……それはそれは。色々と、良い事を聞いた。」


 甲冑の王女の持っている武器と同じような見た目の槍が、虚空から大量に現れる。

 ガチャガチャと金属音の音をたてながら、それらを光一へと向ける。


「やっべ!? 逃げろ! 光一ィー!」


 幸い、彼女が影を取っ払う為に行った建物引っこ抜き作業のお蔭で、出口は丸見えだった。だが、あまりにも距離が遠い。

 光一は閃光の様な速さで駆け抜けても、それを超える速度で槍に射抜かれた。


「――――ッ!」


 一度射貫かれてしまえば、後は数多の槍に串刺しにするしかない。


「さて、クルセイダーとやらは、再生能力も凄まじかったはずだな? 余ほどにではないとしても、これぐらいは―――――」


 ポンッという軽快な音と共に、光一の姿が丸太に変わる。


「ああ、教えてないっての嘘。本当は、一回ぐらい使えるんだわ。ちなみに、さっきのはこの展開の為の解説。お蔭で光一は、無事外に帰れるって寸法だ。サンキューな!」


 これでもか、という程に爽やかな笑顔で感謝を述べるゲルグ。


「お前」


 甲冑の王女は、何も言わずにしたり顔のゲルグの顔を握りつぶした。

 ポンッと軽快な音と共に、それは丸太に姿を変える。

 すぐさまゲルグが甲冑の王女の頭上に現れ、懐刀で首を取りに行く。

 だが、彼女が頭上に手を掲げると、ゲルグの動きは停止した。重力さえも無視して、完全に静止した。


「余は、貴殿の手の内で踊らない。もう、二度と」


 ゲルグを睨みつけながら、停止したゲルグの周りの空中を歩く。


「さて、どう殺すべきか……」


 そう彼女が思案している時だった、ゴツッ、ゴツッ、と、鈍い音が聞こえた。

 音のする方を見てみれば、光一が出口にタックルしている姿が見えた。


「なぜ出られない……!」


 慌てる光一の姿を見て、甲冑の王女は満面の笑みを浮かべる。


「行幸」


 光一に向かって、手を掲げる。そうして、彼の動きを停止させようとしたのだ。

 だが、何も起きない。光一は出口から出ようと、慌てふためいているだけである。


「……?」


 どういう事かわからず、甲冑の王女は首を傾げる。

 手を掲げることを辞めると、すぐさま光一の傍に降り立つ。


「どうしたのかな? まさか、出られない、などと言う間抜けな話はあるまい?」


 出口に追い詰められた、という奇妙な状況に陥った光一は、聖剣を構えて睨みつける。


「……貴様が何かしたのか?」

「さて、どうかな?」


 片手でクルリクルリと、大鎌を回して遊びながら、光一の顔を覗き込む少女。


「行く当てもないのであれば……どうだろう。余の主人の話し相手をしてはくれないだろうか?」

「主人、だと……?」


 主人という言葉に首を傾げる光一だったが、もしかして主人格の事なのではないかと言う推測を即座に立てる。

 だが、それと会わせて何をさせたいのか、甲冑の王女の意図が光一にはわからなかった。


「王女と読んでくれたのは嬉しいが、余は姫に仕える身でね。貴殿を姫に会わせたいだけなんだよ」

「ならば、なぜ攻撃行為をしてきた?」

「君が、私を殺してくれると言ったからだろう? ならばと思い、作法を合わせた。それだけのことだよ」


 両手を光一の手に添え、妖しい笑みを浮かべる。


「だが、その望みは潰えてしまった。であれば、余としては共に我が主の城に来て貰いたい。いいだろう?」


 光一は意味が分からなかった。折角落ち着いていた脳が、またしてもパンクしそうになる。

 そもそもとして、このオルター・エゴは本当に自分と同じ言葉で話しているのか? という事から考え始めてしまう始末。

 だが、そんな所に、瞬間移動で現れた真希奈が、甲冑の王女の頭を蹴りつけた。

 そのまま地面に倒れ込んでしまい、


「真希奈さん!」

「お待たせ」


 満面の笑みで名前を呼ぶ光一に、Vサインで返す真希奈。

 甲冑の王女は、よろめきながら立ち上がる。


「無作法な……。乙女の頭を蹴るのはいかがなものか」

「デブの顔なんて、どうでもいい」

「デブ?」


 その言葉に、身を震わせるする甲冑の王女。


「それは、余の事か?」

「そうよ」


 甲冑の王女の問いに、空気もへったくれも知るもんかとばかりに、堂々と肯定する真希奈。


「……余の事か」

「デーブデーブ、ブーサイク。ヘイッ」


 甲冑の王女が怒りに打ち震えているのを知ってか知らないでか、彼女は歌うように侮辱する。


「……そうか」


 怒りに震え、持っている武器をへし折りそうになる甲冑の王女だったが、歯を食いしばりなんとか耐える。


「ならば、余に散らせろ。その命!」


 武器がハンマーの形状に姿を変え、振り回す甲冑の王女。

 回避する為、遠くに瞬間移動する真希奈。

 だが甲冑の王女の一撃は軌道を変え、光一に叩きこまれる。


「――――ッ!?」


 光一は不意に近いその一撃をガードするが、大きく城の方へ吹き飛ばされた。


「しまった!?」


 瞬間移動で光一を回収しに行こうとする真希奈だったが、甲冑の王女が槍で真希奈を一突きにする。

 苦悶の声が漏れそうになるのを、なんとか耐える真希奈。

 だがそれが、甲冑の王女の被虐心を煽ることだけだった。


「いかせると思うか? 王子と姫の逢引に」

「……頭おかしいわね、アンタ」


 その言葉に、甲冑の王女は槍を更にねじ込む。


「侮辱の数だけ痛みが増えるぞ?」

「へー、テクニックは期待できなさそう!」


 自分の身体が貫かれようとお構いなしに真希奈は突き進み、甲冑の王女の王女の頭を掴む。


「こういうの知ってる!?」


 そのまま、手の中に数多の光線を放つ。

 ゼロ距離からの光線連打。この技で死ななかったオルター・エゴはいない。

 だがしかし、甲冑の王女は何一つ傷や汚れが無く、涼しげな顔をしていた。


「……ふむ、頭が冴えた気がする。いいマッサージだった」


 悪夢なら覚めて欲しいと思いながら、真希奈は顔の筋肉をひきつらせる。


「さて、次はこちらの番だ。ただのお礼だよ。真希奈殿」


 そう言うと、甲冑の王女は残酷に微笑んだ。


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