第十一話 甲冑の王女の世界
アクシスシティでは、現在復興にいそしんでいた。
瓦礫の撤去や、遺体の処理はもちろん、並列して建物の再築まで行っている。
被害にあった住人に対しても援助は手厚く、仮住まいの為の建物はもちろん、既に彼らが望むできる限りの仕事を紹介している。
援助金ももちろんあるが、無理をしない程度に働くことも、生きるためには必要な事である。
そんな街のど真ん中に、光一は突き刺さっていた。
単純な話、光一は星の引力操作を正常に行えず、景久の救援も間に合わなかったからである。
「光一殿ー!」
そんな光一の所に、すぐさま駆け寄る景久。
そのまま光一の足を掴むと、すぐさま地面から引っこ抜いた。
「……不甲斐ない。俺の判断の所為で、皆さんが壊滅状態に。本当に申し訳ない」
「これぐらいの失敗は、先輩に押し付けても構わない。それが先輩の仕事でござる」
「…………そうか」
光一は笑みと怒りを混ぜたような表情を浮かべ、どこか遠くを眺める。
「怪我は?」
ペタペタと自分の身体を触り、調べる光一。もちろん背中も含めてである。
「無いな。まったく」
「そんなバカな。エクスの攻撃を受けて、なぜ……?」
明らかにおかしい事態であった。
経験もあり忍者の界隈の中でも最強を謳われるゲルグは、エクスの攻撃に致命傷を受け今にも天に召される寸前だった。
だが、光一は赤く光る粒子が一つも出ていない。
「そもそも拙者たちがいたのは、東の大陸。そしてここは西の大陸のアクシスシティ……。もしや、光一殿を無傷でここまで連れてくるために、攻撃を調整していた?」
ぼそり、と思い付きを零す景久。
「……なぜ、そんな必要が?」
光一はフラフラと立ち上がりながら、景久の言葉に首をかしげる。
「見当もつかんでござる。だが、撤退するでござるよ。上の三人も、真希奈の力でとうに窮地を脱していることでござろう」
景久は光一に肩を貸すと、そのままアクシスシティを歩きで去ろうとした。
星の引力を使い、空を使う方法も考えたが、青空の向こうにある星空の中にはエクスがいる。
空を飛んで目立つのは、あまり得策ではなかった。
「一度、『沈まぬ太陽』に行くでござる。あそこからなら、安全に自分の星に行ける。イレギュラーには即撤退。これが鉄則でござる」
「……ああ、すまない」
「謝罪は不要でござるよ」
二人が話しながら歩いていると、空から何かが飛来してくるのが見えた。
敵かと思い身構えようとする光一だったが、景久がそれを止める。
「落ち着くでござる。あれは『堕ちた迷い星』が落ちているだけでござる。あの程度の大きさであれば、町のバリアが跳ね返すでござるよ」
景久の説明を聞いても、光一は釈然としなかった。
「……この町、今バリアが発動してるのか?」
「してるに決まっている。まずそこから直さなきゃ、おちおち作業もできんでござる」
「だが、俺達はこの町のど真ん中に落ちたんじゃなかったか? 俺達が対象外となる程、高性能なのか。そのバリアは?」
その言葉に、顔から汗が噴き出す景久。光一もそれを見て、状況を察する。
二人が周りを見回せば、建物を立て直している人でごった返していた。
「皆さん! 伏せ――――」
光一の忠告が、人々に聞き渡ることは無かった。
その瞬間、地面に着弾した『堕ちた迷い星』が、町を飲み込む程の巨大なものへと変貌し、アクシスシティを一瞬のうちに飲み込んだ。
回避も防御も許されず、何一つの例外も無く、瞬く間に人々は黒へと呑み込まれる。
その中には、光一や景久も含まれていた。
◇
気がつくと、光一と景久の二人は、見覚えのある街並みの真っ只中にいた。
それもそのはず、その景観は彼らの住む町通りと二つだったからだ。
更には二人を気にすることも無く、多くの一般人が闊歩している。
それは社会人であったり、学生であったりと、多種多様だ。
「……現実に、帰ってきたのか。俺達は?」
忍者の格好をしたまま、どこか呆けた頭をさする光一。
「いや、拙者ら二人共、精神体で世界に来ていたはず。肉体ではこうした別の場所の移動も可能でござるが、精神体では不可能でござる」
その疑問に、侍の様な袴を身に着けている景久が立ち上がりながら答える。
今いる日本の街並みの風景に、二人の装いは異様そのものであった。
「となると、まだギルディオンワールドか?」
光一が推測を立てるが、景久は首を横に振う。
「半分当たっているでござる。『堕ちた迷い星』でござろう。拙者達はそれに呑み込まれた」
「……直撃したのか? そんな記憶はないんだが……」
仮面を外し、大きく深呼吸する光一だったが、それでもまだ意識はどこか遠のいていた。
その所為か、上手く思考が働かず、疑問ばかりが積もっていく。
「肥大化していたでござる。なぜかはわからんでござる」
「一体、どうして……?」
「なぜかはわからんでござる!」
少し怒気を含めた声で同じ言葉を繰り返す景久。
その様子に、光一はすまなそうな表情を浮かべた。
「……悪い。ちょっと、頭がボーっとしていた。もう大丈夫だ。変なことを聞いてすまない」
「尚更撤退しないとダメでござるな。とりあえず、出口を探すでござる。異常事態が立て続けに起き過ぎでござる……」
景久は光一の腕を引っ張り、しっかり立たせようとする。
光一も仮面をつけ直し立ち上がろうとするが、ふと気になることを口にしだした。
「待て、俺達も呑み込まれたという事は、巻き込まれた人がいてもおかしくはない。それはどうする?」
「……出口を探す過程で、見つけ次第回収。とはいっても、一緒に出口を探すだけになるだけでござるが。性格に呑み込まれた人々は、こっちじゃ把握しきれてないでござるからな……」
二人はこの『堕ちた迷い星』が、町全体を呑み込んでいるという事実を、知る由も無かった。
「わかった。そうして買えれたら、救助隊を編成してもらうよう頼んでみよう」
「そうでござるな」
二人は話しながら歩き、それらしい人物がいないかを観察していく。
◇
数分探索しても、アクシスシティの住人は見つからなかったが、二人は妙な事に気がついた。
まず一つ、この『堕ちた迷い星』の町の再現度は高いという事。
源蔵の時の様な、絵に描いたフワフワとしたものでは無い。
二人が知る街並み、いつか横切ったことがある住人、まるで現実世界から町そのものを切り取ってきたかのように思える再現度。
もう一つは、それだと言うのに、日本の景観に全く似つかわしくない、真っ白で巨大な、洋風の城があること。
こちらも例によって、源蔵の物とは比べ物にならない程精密に作られている。
「……なんだアレは」
普段は登れないであろう、小さなビルの屋上から城を見上げる光一。
その横で、景久が首を傾げる。
「どうもチグハグでござるな。現代で王様の様な生活をしたい、という願望でござろうか……?」
「かもしれんな。……なあ、出口はどういうところにある?」
「とにかく外側。多分でござるが、あの城から遠のけば遠のくほどいい、はず。主人格とオルター・エゴが、わざわざ外側に現れて、危険な目に合うのは避けるのが道理でござる」
「なるほど……。なら、あの城からできるだけ離れるとしよう。住民がいないかどうかも、確認しながらな」
「あいわかった」
二人はそう言うと、移動しようとする。
だが、視界の端に浮かぶ何かを確認し、すぐさま物陰に隠れた。
「……なんだ今の?」
「……さっぱりでござる」
お互いはっきり確認できなかったことに、頭を抱えて座り込む二人。
「……仕方がない。少し、見て来る」
分身を一人作り、物陰に潜ませながら移動させる。
光一は仮面を外すと、人差し指と中指を額に当て、目を瞑っていた。
こうすることで、分身と共有感覚することが可能となるのだ。
無論、痛覚もフィードバックするので、危険対象が明確な偵察以外だとあまり使いたくない手である。
五感を共有して空飛ぶ何かを観察すると、それは甲冑と軍服、そしてドレスの三種を、継ぎ接ぎのように身に纏っている、中学生程の白髪の少女だった。
言葉だけ羅列すると、あまりに違和感のある組み合わせだが、少女はそれをさも当然のように美しく着飾っている。
「……何がいた?」
「ソーシャルゲームの女性キャラクターの様な格好をしたやつだ」
その発言に、目を丸くする景久。
「え? 露出度多い?」
「少ない。むしろ露出してるのは、顔ぐらいしかないな。情報量が多いデザインだ」
「それはそれで、いい……」
「事実、綺麗な人だと思う」
おお! と何やら興奮している景久だったが、光一はそれどころではなかった。
彼はどこかで、その女性を見たことがある気がしたのだ。
それは一体どこでだったかと、無意識に分身体を使いよく顔を見ようとする。
「よくないな。覗き見るのは」
どこかで、聞いた声が聞こえた。
それは分身の方から出は無く、光一の本体の方からだ。
遅れて、身体が弾けるような痛みが光一に襲い掛かる。
意識を思い出す事に使っていた結果、注意力が散漫になっていたのだ。
痛みを抑えながら辺りを見回すと、光一のすぐ横で、白髪の女性が彼の顔を覗き込んでいた。
真っ赤な瞳で光一を見つめ、手袋に包まれた指で光一の頬を振れる。
「そのような者には、罰が必要だと余は思うのだが、貴殿はどう思う?」
それほど近づかれて、光一はようやく思い出した。
ゲームセンターで、携帯端末を探していた女性の面影があるのだ。
「それ、は――――」
心臓がうるさい程暴れ出し、脳が熱を発し始める感覚に陥る。
それはときめきと表現するよりも、極度の混乱状態と言った方が正しかった。
そんな光一に代わり、景久が少女に切りかかる。
だが、白髪の女性が開いている手を景久に掲げると、景久の動きがピタリと止まる。
「貴殿、どこかで会ったことは無いかな? なぜこんな所にいる?」
「……さあ? 甲冑の王女などと、会った覚えは無い」
甲冑の王女と呼ばれた女性は、光一と目と鼻の先で気味の悪い笑みを浮かべる。それはまるで、虫を踏み潰す子供のような瞳だった。
「――――ハッ! 王女! 余が甲冑の王女! それはいい! 余は気に入ったぞ! これからもそう呼ぶといい」
挑発の為に光一はふざけた呼び名を口にしたのだが、思いの他気に入られてしまい、すっかりむこうのペースに呑まれてしまう。
「確か貴殿は、姫の恩人だったか……」
その言葉から光一が連想したのは、ゲームセンターであった女性。
できる限りその女性の記憶をかき集め、目の前の少女を見比べる。この少女が成長すれば、あの女性になるように光一は思えた。
「姫も貴殿を土産にすれば、溜飲が下がることだろう」
そう言いながら、甲冑の王女は景久を見る。
「貴殿の友人か? 残念ではあるが、こちらはいらない」
景久に向けていた手を、ぎゅっと握る。
それだけで、景久の身体は赤く輝く粒子が飛び散り、空へと昇っていった。
あまりに一瞬の出来事に、二人は何も反応ができなかった。
「貴様、よくも……!」
それでも聖剣を握り、切りかかる光一。
だがそれよりも先に、甲冑の王女が光一の腹を蹴り飛ばす方が先だった。
光一は遠くに飛ばされぬよう壁に剣を突き刺し、甲冑の王女を睨みつける。
「姫の恩人に、この様な無礼は余も胸が痛い。今にも胸が張り裂けそうだ」
さながら、舞台の上で嘆く女優のような振る舞いをしながら、再び光一の頬に触れる。
「だが、これは――――調教が必要かな?」
すかさず光一がその腕を切り飛ばし、攻撃態勢に移れるように間を取る。
「いらん。ここでお前を倒す」
甲冑の王女は歓喜に打ち震える様な笑みを浮かべた。
「――――いい。とてもいい」
彼女の浮かべる笑みの一つ一つが、光一には気持ち悪くて仕方が無かった。
その感情を別の名前で呼ぶならば、恐怖と言っても差し支えないだろう。
お蔭で、光一は逆に冷静さを取り戻しつつあった。
「その言葉、余はしかと受け止めた。そこまで宣うのであれば、しばし貴殿の戯れに付き合おう」
甲冑の王女は、糸が編み込まれるような形式で腕を自己再生させると、虚空から身の丈程ある、ガジェットの様な剣を取り出して構えた。
「この様な舞台は、余も初めてでな。エスコートをお願いできないだろうか?」
「送る努力はしよう」
苦無と手裏剣の雨を降らし、さらに距離を取る光一。
「その気概だよ。少年」
甲冑の王女は、それら全てを切り落とすと、光一に切りかかった。




