第十三話 異常事態発生
光一は窓の壁を突き破り、城の一室に転がり込む。
城の部屋は、ベッドや必要最低限の家具しか置かれていない。
彼がここまで吹き飛ばされたのは、甲冑の王女の手によるもの。一刻も早く脱出しなければ、彼女の思い通りになる。
どんな目的があっての事かはよくわからないが思惑通りになるのはマズいだろうと、光一は城から抜け出そす為、窓に目を向けた。
「お待ちしてましたわ。王子様」
そこには、真っ白なドレスを着た、麗しい姫君が佇んでいた。
透き通る空のような青い瞳が、光一を射抜くように見つめる。
いつの間にそこにいたのかと言う驚きで、光一は思わずよろめく。
「……うん?」
妙なデジャブがあり、主人格かと納得する光一。
それもそのはず、知り合いの源蔵さんが「よくぞきた勇者!」等と言っていたのを思い出したからである。
つまるところ、自分を見ているようで、別の何かを見ているのだ。
「あー…その、申し訳ない姫君。弁償は、いつか必ず」
主人格に対して、世界観を壊さないよう振る舞う事が大切なのだと、光一はクリストフに教えられていた。
世界観を壊してしまうと、主人格の心の乱れにも繋がる。
なので、オルター・エゴを見つけたら早急に倒し、できるだけ主人格とは接触を避けなければならない。
「この程度構いません。少し、わたくしとお話してくださらない?」
だというのに、光一は主人格に絡まれてしまった。
「すいません、私も、時間がない物で。申し訳ない姫君」
影の中に入りこもうとする光一だったが、女は一言告げる。
「帰れないのでしょう?」
その言葉に、ピタリと動きを止める光一。
「私とお話すれば、帰して差し上げます」
光一が振り向けば、何一つおかしくない、完璧な笑顔の姫君が佇んでいるだけ。
だというのに、光一はその笑顔が怖くて仕方が無かった。
「……私とお話をして、何をしたいんですか?」
早く帰りたい気持ちが、葉からにじみ出ているのを、光一は言ってから自覚した。
もう少し言うべき言葉を吟味すべきだった、と彼が反省していると、姫は顔を赤らめながら口を開く。
「……名前を」
「名前?」
あまりにか細い声だったので、思わず聞き返してしまう光一。
「はい、貴方の名前を知りたくて。私の名前を伝えたくて……その、えっと、あの……」
彼女も頭の中がいっぱいいっぱいになっているらしく、上手く言葉を紡げない。
「それは、なぜ?」
その気持ちが分かる光一は、要点を聞いてみることにした。
「……そうすれば、きっと私達はまた巡り合えるからです」
光一はそうは思えなかった。言葉の端々に、狂気染みたモノを感じるだけである。
そんな考えを、光一は理論的に消し去ろうと頭を巡らせる。
『堕ちた迷い星』では、主人格は夢を見ているだけ。起きればこの時の記憶を失くしてしまう。
どれだけ幸せな夢であろうと、突拍子のない言動や行動を取ることもある。
そう情報を頭の中に並べ立て、彼女が気が狂ってると考えるなど、紳士にあるまじき考えだと己を叱る光一。
そんな光一の考えなど彼女は知る由も無く、言葉を続ける。
「わたくしの名前は、ティアナ・ヴァイス・ロックハート。貴方のお名前は?」
「……私は、その、朝倉光一と言います。以後、お見知りおきを」
それを聞くと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「ええ、貴方の名前がわかっただけで、大分勇気づけられました」
「……勇気を使わなければ、ならない事態でも?」
少し気になり、話を続けてしまう光一。
ティアナと名乗った少女は、嬉しい様な、悲しい様な、複雑な笑みを浮かべる。
「……ええ、もう、ここから出られそうにありませんから」
「それは、なぜ?」
「失敗してしまったんです。もう、羽ばたけなくて、皆から失望されて……。外に出る資格が、ありませんの」
彼女はそういうと、顔を俯かせてしまう。
どういう事か、光一にはさっぱりわからない。けれども、困ってる人物を放っておくことは、彼にはできなかった。
「大丈夫。人が生きるのに、そんな資格はいらない」
ここで何を述べても、夢の中の記憶は水泡に帰してしまう。
それでも、この場だけでも、彼は目の前の少女を救いたかった。
「でも、私一人じゃ、もう外にだなんて……」
「俺も手伝います」
光一の言葉に、少女は羨望の眼差しで光一を見上げる。
「やっぱり、あなたは王子様でしたわ」
ティアナと名乗った少女は、微笑みながら光一を抱きしめる。
暖かな感触に戸惑う光一だったが、段々と眠気が彼を包み込み、ゆっくりと瞼を閉じた。
◇
光一が起き上がると、夕飯を作らなければならない時間になっていた。
業務連絡をしながら作ろうと思い至り、光一は携帯を手に取る。ちょうどその時に電話が鳴ったので、彼は画面を確認せずそのまま応答した。
「はい、こちら光一です」
『……光一さん、ですか?』
その声に、光一は携帯を落としそうになった。
なぜならば、先程まで『堕ちた迷い星』で会合していた人物の声とそっくりだったからだ。
そう――――ティアナ・ヴァイス・ロックハート、その人の声である。
彼女が電話をかけられるのは、さほど不自然な事ではない。携帯の履歴を辿ればすぐかけられる。
動揺の原因は、もう一つあった。
「……俺、名前、教えましたっけ?」
『教えてくれたじゃないですか。王子様』
背筋が凍りつく錯覚が光一を襲う。
訳が分からなかった。光一が教わった知識に寄れば、『堕ちた迷い星』での出来事は、主人格に取っては夢の出来事。すぐさま忘れてしまう。
だが、電話の主は彼の名前を言い当てた。
それは『堕ちた迷い星』での出来事を、覚えているという事に他ならない。
「……ティアナさんは、覚えているんですか?」
『ええ、連れ出してくれると。約束してくださいましたよね?』
思わず頭を抱える光一。
『ですので、今度一緒に出掛けませんか?』
「……なぜ、そうなるんです?」
『私の心の傷を、癒してほしいんです。いいでしょう? 王子様』
光一は、今すぐ誰かに判断を仰ぎたかった。
だがここにいるのは、光一ただ一人。ただ一人で、現実のティアナに対処しなければならない。
立て続けに起こる異常事態に、頭はパンク寸前。もう壊れてしまいたかった。
「……ティアナさんのご都合を聞いても?」
けれども、彼の頭に、困っている人物を放っておく選択肢はない。
『では今度の日曜日、エスコートしてくれませんか?』
「……ええ、構いません。そちらに合わせます」
『それでは、日曜日の朝九時。あのゲームセンターの前で』
その言葉を最後に、通話が切れる。
緊張の糸が切れた光一は、ベッドに倒れ込んだ。
◇
翌日、現実世界の佐々木家に光一はお邪魔していた。
いつも通りの源蔵に中を案内され、洋風の屋敷の廊下を、二人して並んで歩く。
「あの、源蔵さん」
「はい」
「昨日、どんな夢を見ましたか?」
「……さあ? すいませんが、覚えていませんね」
これが『堕ちた迷い星』に落ちた人間の、正常な反応である。
そんな事を話していると、ちょうど景久の部屋の前に着いた。
「いえ、何でもありません。それでは」
「ええ、はい……?」
源蔵は不思議そうにしながら、その場を去っていく。
光一は景久の部屋に入ると、すぐさま鍵を閉めた。
「電話で伝えた通りだ。『堕ちた迷い星』の主人格が、現実で俺に接触を図ってきた」
「ズバッと本題でござるな」
景久の声が聞こえ、そちらを見る。部屋の中をしっかりと見ると、中央のテーブルの席に、普通の服を着たゲルグと真希奈が座っていた。
まさか二人がいるとは思っていなかった光一は、面食らって目を丸くする。
「なぜお二人が? クリストフさんは?」
「私達も東京に住んでるからね。クリストフは海外在住だから、あっちの世界で後始末。バリア貼ってないと、拡大し続けちゃうからね……」
「俺に至っちゃ、こことは家ぐるみで付き合いあるからな。お前と同じで、遊びに来たで入れる。真希奈はネットの友人、みたいな説明をしたらしいがな」
二人の説明に、納得するように頷く光一。
「それより、マジなのかよ。あいつの『堕ちた迷い星』にしか入れないって」
「……はい」
ゲルグの言葉に、複雑そうな表情を浮かべながら頷く。
あの後、ギルディオンワールドに向かっても、たちまちティアナの『堕ちた迷い星』に降り立ってしまうのだ。
「それはこっちでも観測済み。どうも光一君の星と、今回の『堕ちた迷い星』。二つの引力が、天文学的確率でがっちり噛み合ったみたい。彼が行き来できるのは、自分の星と、ティアナさんって人の『堕ちた迷い星』だけ。しかもこっちが用意したバリアをなぜかすり抜ける」
「ぜったいエクスが細工してるだろ……」
現状を確認し、項垂れるゲルグ。
「それについては、クリストフから仮説が一つ。もしかしたら、アクシス遺跡を取りこんだ影響で、何か異常な反応をしたのでは? という仮説。聖遺物に触れた『堕ちた迷い星』が、異常な反応を示す事は稀にある事らしいわ。漆黒迷宮もその仮説があるらしいし」
「……うへー、マジか。そういやこいつの剣、そこにあったんだしな。関わりはあるのか。厄介なことに巻き込まれちまったな」
「ええ、しかも恐らくは、エクスはこれを予期していた。だとすれば、やつの目的は……?」
そう言って考え込む光一だが、これっぽっちも分かりそうには無かった。
「そこは考えてもどうにもならんでござろう。異例が多過ぎるし、不明点も多い。それよりかは、『堕ちた迷い星』の現実の人間について話した方が、幾分かは建設的でござる」
「ああ、それに関しては、お前に昨晩説明したとおりだ。もう説明したんだろう?」
「無論」
真希奈は頭を抱えて俯いたかと思えば、メガネをかけて口を開いた。
「……普通に言えば、ありえないってことは言わせてもらうわ。オルター・エゴが主人格の記憶を持っているのはともかく、主人格の『堕ちた迷い星』での記憶は、一切合切無くなるはず。過去のデータにもそんな例外は見当たらなかったわ」
「観光業を支えたアクシス遺跡が、まさかこんな形で牙をむくとはな……。どんな仕組み何だアレ。あと、メガネかける意味は?」
いらない言葉を付けたし、ジッと真希奈の顔を見るゲルグ。
「……気分」
「あっ、そう……」
いつものボケとツッコミもさえわたらず、重い沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、誰でもない光一だった。
「……そもそも、今回のオルター・エゴについて、どう思いますか?」
「……ぶっちゃけ、強いってレベルじゃねーな。まともに戦うのは得策じゃない。災害みたいなもんだ。対策考えねーと」
そう言いながら、ゲルグは椅子にもたれ掛かれ項垂れる。
「それ以外に、普通のオルター・エゴと、違う点は?」
「違う点?」
姿勢を正し、不可解な点を思い出そうとするゲルグ。
「……お前に執着してることぐらいか? まあ、リアルの出来事と、夢の内容がどこかリンクしていることは稀にある。……あるが、お前は携帯探した以外に、接点とかは無いんだよな?」
「はい。王子様と呼ばれる程の事ではないはずです」
「まあ、価値観は人それぞれだし、それが彼女にとって、大きな出来事だったんじゃないかしら? ……いや、ちょっとこれは苦しいか」
自分で言って、自分で否定する真希奈。コップを額に押し当てている辺り、頭を使い過ぎているようだった。
「……光一殿は、何か考えがあるでござるか?」
鋭い目つきで、光一を見定めるように視線を向ける景久。
それに臆することなく、光一は自分の意見を述べる。
「今度の日曜に、会う予定になっています。そこでメンタルケアをすれば、『堕ちた迷い星』が消えるのでは?」
その言葉に、各々が深く考えだす。
「……どうだろう。確かに、普通の堕ちた迷い星』だったら前例はあるにはある。でも、今回は例外が多すぎて、消えるとは断言できない」
良い答えが出せず、申し訳なさそうに述べる真希奈。
「……いや待て、っつーか、デートして心を癒すのか? 乙女心舐めてねーかお前?」
思いついたように言うゲルグだったが、大きな問題点がそこにはあった。
光一は今まで、男女交際などしたことが無い。成功させる確率は低い対処法である。
「でも、それ以外に代案は無い。この作戦で、強行突破するしかないと思います。『堕ちた迷い星』のバリアだって、いつ崩壊してもおかしくないでしょうし」
光一の言葉に、苦い顔をする真希奈。
それもそのはず、すでに『堕ちた迷い星』のバリアは決壊しているからである。
クリストフが現地でしている後始末と言うのは、遺跡についての情報を提供し、どのような影響が予想されるか、どう対処すべきかの対応に追われているからである。
情緒不安定な光一にそんな事を言えば、猶予が無いと慌てだすに違いないと考え、誰もその事は光一に伝えてはいなかった。
「……しゃーねー。付け焼き刃だが、デートの極意を伝授してやる」
故に、早期解決の策に乗り出すのは、当然のことであった。
「私からもアドバイスしてやるかー。こいつだけじゃ、心配だし」
渋々と言った様子で、真希奈も話に乗ってきた。
「いいか! 相談されても、解決策に話を持っていくんじゃねえ! 」
「それは言い過ぎ! でも何も事情わかってないのに、適当に解決策言ってやったぜ! って顔してる男はぶっ殺すべきだと思う!」
光一は、苦笑いを浮かべながら、二人の話を聞いていた。
その光景を、景久は冷たい目で眺めるのであった。




