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4:捜査の開始

 父はアレクセイの指示に従うと同時に、捜査権を彼に委ねた。


「領主である私の邸宅内で起こった事件ですので、公平性を期すために第三者であるアレクセイ・グラント小公爵様が適任だと存じます」

 などともっともらしい理由を口にしていたが、『殺された』という言葉に怖じ気づいたのだろう。

 王都から山を一つ二つ超えた郊外に位置するヴァンダイク侯爵領は、比較的穏やかな土地柄で殺人事件などめったに起きない……人口密度が低いということもあるだろうけれど。


 それにアレクセイが遺体の状態を自ら調べ、時計を確認した様子を見ていると、彼に任せることが最良のように思われた。

 遺体の検分を終えたアレクセイと彼の護衛、そして私は中央棟の主階段を上って三階にあるアビゲイルの部屋へ向かった。


 父の話では、アビゲイルは西翼三階から人が落ちたという話に衝撃を受けたようだ。

 自室へは帰らず、母のいる二階の裁縫部屋に避難しているらしい。

 侍女の死を説明するために、父は母と妹のいる裁縫部屋へと向かった。


 私の元婚約者で、今はアビゲイルの婚約者であるホレイショは、今朝出かけたまま戻ってきてはいない。

(本当に出かけていたのか、帰ったら行き先を確認しないと……)

 心のメモに書き留める。


「ケイラは、窓から落ちた時には既に死んでいたのですね」

 私がそう言うと、私と並んで階段を上っていたアレクセイは驚いたような表情を見せた。

「どうしてそう思われるのですか?」


 私の知識は前世の本から得たものなので、慎重に言葉を選ばなくてはならなかった。

「書類上で見ただけなのではっきりと知っているわけではないのですが、さっき小公爵様が確かめていた死斑は、亡くなってしばらくしてからでないと現れないものなのでしょう?」

 アレクセイは領地での実務経験から、そのことを知っていたのだろう。

 だから彼は、時間を重視した。


「今のところ、確かなことは言えないですね」

 そうやってもったいぶるところが、小説に出てくる探偵そっくりだ。

 最後に全員を応接間に集めて、『僕のこの灰色の脳細胞が、全ての謎を解き明かしました』──とでも言い出しそう。

「まあ、じきにわかってくるでしょう」

 アレクセイは含みのある言い方をした。

「ところで、ケイラはどんな女性でした?」


 さっき見たばかりの遺体の有様が、私の脳裏に浮かんだ。

 そのせいで、生きている時の彼女の姿をうまく思い出せない。

「アビゲイルならよく知っているはずですが、私とはあまり接点が無かったのです。あとで親しかった使用人を呼んで、話を聞きますか?」

「そうですね、お願いします」

 話しながら階段を上る私たちの後ろを、護衛のウィラーが鋭い目で周囲を警戒しながら付いてきた。

 どこかに殺人犯がいるかもしれないのだから、当然だろう。


 三階まで上った廊下で、階段の両側に立つ二人の警護兵が私たちに会釈した。

 警護兵とは、侯爵領の治安を維持する私兵組織、警護隊に所属する兵士たちのことだ。

 軍人らしい凜とした佇まいの若者二人は、侯爵家のイメージカラーである臙脂色の立ち襟ジャケットとズボンを着て、腰にはサーベルを提げていた。


「配置についたのはいつ頃かしら? 中庭で騒ぎが起こってからどれぐらい後だったか覚えている?」

 私がそう尋ねると、二人のうち年上らしい方の兵がしばらく考えた後で答えた。

「中庭の方から悲鳴が聞こえた時、私たちは一階の待機所にいました。何があったのかと隊員の一人が様子を見に行って、待っている間に侯爵様が来られました。侯爵様から命を受けたあとはすぐ三階に駆け上がり、配置につきました。騒ぎというのがあの悲鳴のことでしたら、時計の文字盤を見ていたわけではありませんが、体感的には7分から10分程度経っていたと思います」

「私もそのように感じました」

 もう一人の兵も背筋を伸ばしてそう言い添えた。

 アレクセイは口を挟もうとはせず、私の隣で興味深そうに聞いている。


 父はアレクセイに謝罪をするため、応接間の周辺、正確には話し声が聞こえる可能性のある中央棟の三階から人払いをしていた。

 三階を封鎖するようにお願いした私に頷いたあと、父は使用人を呼び寄せずに自ら待機所に行ったようだ。

(あら? ……なぜあの場にいたアーチボルトに頼まなかったのかしら?)


 一瞬不思議に思ったが、アーチボルトがさっき中庭にいたことをすぐに思い出した。時間的に考えて、私が現場へ急いだ時、彼も後からついてきていたということだ。

 私も警護兵も腕時計を持ってはいない。感覚にしか頼れない現状で多少の誤差を前提に、私は時系列を頭の中で順に追う。


 悲鳴を聞いた私はすぐに立ち上がらず、何だろうと考えていたので、扉を開けるまでに1分から2分程度はかかった。

 それから、アーチボルトと会話してすぐに、私と小公爵、護衛のウィラーの三人で中央棟の階段から中庭まで下りた。私は見ていないが、おそらくアーチボルトはそのすぐ後に続いていた……これはあとで護衛のウィラーに確認するつもり。


 走り下りたわけではないから、三階から中庭に歩いて下りるまで3分程度、その後遺体に近寄って確認するまでに2分程度かかったと考えて、アレクセイが腕時計を見て2時42分であることを確認した時は悲鳴を聞いてから7分前後経っていた。

 警護兵たちが配置についたのは、早くてもその頃だ。


「使用人用の裏階段にも見張りはいるのかしら?」

「ここと同様、二人ずつ配置しております」

「警護についてから今まで、誰か三階に上って来た?」

「いえ、誰も来ておりません」

「逆に、誰か三階から下りていった? 家の者も含めて」

「下りていった人もいません」

「そう。ありがとう」


 妹のアビゲイルは彼らがここに来る前に、二階へ移動したようだ。こんな騒ぎの時に彼女を応接間で一人待たせるなんて父はしないだろうから、一緒に途中まで下りたに違いない。

 これもあとで確認しなくては……その時に誰か見なかったかということも含めて。


(使用人用の階段に見張りがついたのもほぼ同時だとすると、事件発生直後、最大10分程度までは、三階から犯人が逃げたとしても誰にも見咎められなかった可能性がある)

 あとで犯人を考える時に、このことを心に留めておかなくてはならない。

 私の心のメモは、増える一方だった。











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