54 出発
私たちはクララさんに連れられ、組合を後にした。
「二人とも、まずは神父様に相談しましょう。ご家族にも話さなければなりませんしね」
──
教会に着くと、神父様は礼拝堂で祈りを捧げていた。
「神父様、ただいま戻りました」
クララさんが声をかけると、神父様はこちらに振り返った。
「おや、皆さん。無事に戻られたようですね。調査はどうでしたか?」
「はい。無事に終わりました。ただ、少しお話ししたいことがありまして」
クララさんに促され、私は口を開いた。
「神父様。私たち、明日から王都に行くことになったんです」
「明日……ですか?」
「隣国との戦争が始まって、魔法学校への入学が早まったそうです」
神父様は驚いた様子で目を見開いたあと、静かに頷いた。
「それは、あまりにも急な話ですね。ご両親には伝えましたか?」
「まだです……」
「では、まずはご家族と話し合いなさい。突然のことで、ご両親も心配されるでしょうから」
「はい」
神父様は私たちを交互に見つめた。
「それから、二人とも。魔法を使えることは素晴らしいことですが、その力を何のために使うのかも忘れないでください」
私は顔を上げた。
「戦争が始まったからといって、魔法の使い道が戦いだけになるわけではありません。人を助けることも、暮らしを良くすることも、大切な役目です」
その言葉に、私は頷いた。
(そうだ。私が魔法で実現したいことは、まだまだたくさんある。それに洗濯機だってまだできてない)
王都に行っても、その目標は変わらない。
「ありがとうございます、神父様」
「向こうで困ったことがあれば、周囲の人に相談しなさい。何でも一人で抱え込む必要はありませんからね」
「それと、私が唯一信頼の置ける人に君たちが王都に行くことを、手紙で伝えとくよ」
「ありがとうございます」
私たちは神父様に挨拶をして、教会を後にした。
──
教会の入口には、お父さんが立っていた。
「あれ? お父さん!」
「おう。二人とも、お疲れ様」
「おじさん、こんにちは!」
カインが頭を下げる。
「話しは聞こえてた。明日、王都に出発するんだってな」
「うん……」
「急な話だが、決まった以上は準備をしないとな。お母さんも家で待っているぞ」
私たちはお父さんと一緒に帰ることにした。
村へ続く道を歩いていると、カインが呟いた。
「王都って、どんなところなんだろうね」
「大きな街だとは聞いている。人も多いし、魔法使いもたくさんいるだろうな」
お父さんが答えた。
「すごい魔法使いはどのくらい、いるのかな?」
「そりゃあ、沢山いるだろう。だが、最初から何でもできる必要はないさ。分からないことは学べばいい」
「……そうだね」
カインが頷く。
王都には、知らないことがたくさんあるはずだ。せっかく魔法を学べるのだから、できることを増やしていこう。
やがて、見慣れた家々が見えてきた。
──
「ただいま!」
家に入ると、お母さんが台所から顔を出した。
「おかえりなさい。あら、カインちゃんもいらっしゃい」
「お邪魔します」
「あのね。お母さん話しがあるの」
私の真剣な声に、お母さんは手を止め、心配そうに私たちの前に歩み寄ってきた。
「どうしたの? そんな顔をして……」
「明日、王都へ向かうことになったの。魔法学校への入学が、急遽早まったみたいで……」
私がそう伝えると、お母さんは目を見開いた。
「三年後だと聞いていたのに……」
お母さんは私たちの前にきて、私の手を握った。
「戦争が始まった以上、仕方がないのかもしれないけれど……。まだこんなに小さいのに……」
「お母さん……」
「組合長の話では、前線で戦うのではなく、魔法の研究や訓練が中心になるらしい」
「そうなんだな。アイ?」
「うん。組合長はそう言ってた」
「それでも、何が起こるか分からないでしょう?」
お母さんは不安そうに私を見つめた。
「大丈夫だよ。魔法の勉強を頑張ってくるから」
本当に大丈夫かどうかなんて、私にも分からない。
だけど、お母さんに心配させたくない。
「……そうね。でも、無理はしないこと。困ったことがあったら、必ず誰かに相談するのよ」
「うん」
私が返事をしたら、お母さんはカインに目を向けた。
「カインちゃんもね。ちゃんとご飯を食べるのよ」
「はい」
その後、私たちは夕食を囲みながら、王都での生活について話した。
ただ、どこに泊まるのか、どんな授業を受けるのか、いつ帰ってこられるのか。詳しいことは、まだ何も分かっていなかった。それに兵士であるお父さんでさえ、教会で私たちの話を聞くまで王都行く件を知らなかったらしい。
「とりあえず、必要なものを準備しよう」
お父さんの言葉に、私は服などを仕舞っている部屋へ向かった。
──
私は棚から着替えや身の回りの道具を取り出し、お母さんがいつも使っていた、鞄に詰めていった。
いつも使っているものばかりなのに、明日からは知らない土地で使うのだと思うと、少し不思議な気分だった。
(本当に、王都に行くんだな……)
荷物をまとめていると、扉を誰かがノックした。
「アイ、入っていい?」
「うん!」
入ってきたのはカインだった。彼女も小さな鞄を抱えている。
「準備できた?」
「だいたいね。カインは?」
「私も!」
カインは私の隣に腰を下ろした。
「ねえ、アイ。王都に行っても、私たち一緒だよね?」
「うん。一緒だよ」
私は笑って答えた。
「二人で魔法を勉強して、できることを増やそう!」
「えへへ。そうだね!」
「王都には、いろんな魔法使いがいるんだよね。どんな魔法があるのか、楽しみ!」
「私も。知らない魔法を見られるかもしれないね」
悲しむより、今は前を向いた方がいい——そう思って、私はカインに精一杯の笑顔を見せた。
私は鞄の口を閉じた
「よし、準備完了!」
「私も!」
私たちは顔を見合わせた。
──
その夜、私はいつもより早く布団に入った。
明日には村を離れ、王都へ向かう。
お母さんやお父さん、神父様。それに、村で知り合った人たちともしばらく会えなくなる。
(王都に行ったら、まずは魔法の勉強だね)
もっといろいろな魔法を知りたい。そして、魔法を使って、この世界の暮らしを少しずつ良くしていきたい。
戦争のためだけに魔法を学ぶつもりはない。それだけは、忘れないようにしよう。
私は目を閉じた。
──翌朝。
「アイ! 起きなさい!」
「んん……あと五分……」
「馬車が来るわよ!」
「はっ!?」
私は飛び起きた。
急いで着替え、鞄を持って居間へ向かう。お父さんは荷物をまとめ、お母さんは朝食を用意していた。
「まずは朝ご飯を食べなさい」
「う、うん!」
食事を済ませて玄関に向かうと、外からカインの声が聞こえてきた。
「アイ、準備できた?」
「今行く!」
扉を開けると、カインと王都行きの馬車が待っていた。
お母さんが私を抱きしめる。
「体に気をつけてね。ご飯もちゃんと食べるのよ」
「うん。行ってきます!」
「カインちゃんも、気をつけてね」
「はい! 行ってきます!」
私たちは馬車に乗り込んだ。
窓から顔を出すと、お父さんとお母さんが手を振っている。私も大きく手を振り返した。
「行ってきます!」
馬車がゆっくりと動き出す。
見慣れた家々が遠ざかり、村の景色が広がっていった。
隣では、カインが窓の外を眺めている。
私たちの新しい生活に向けて、馬車は王都へ続く道を進んでいった。




