49 給湯
「よかったですね、二人とも。素晴らしい魔法使いさんからお話を聞けるなんて、めったにない機会ですよ」
クララさんがそう言うと
「それじゃあ、組合に戻りましょうか」
ルシアさんはふふっと微笑んだ。
ルシアさんがそう言うと、私たちは歩き出して、賑やかな広場を抜けた。
ふと振り返ると、『憩いの大樹』は先ほどよりも元気になって、誇らしげに葉を茂らせているように見える。
組合に戻ると、ルシアさんは受付の男性職員に声をかけて、奥にある魔法使い専用の資料室へと案内してくれた。
資料室の扉を開けると、そこはまるで小さな図書館のようだった。壁一面の棚にぎっしりと古い書物や羊皮紙が並び、ほのかに紙とインクの匂いが漂っている。
「うわあ……すごい本がたくさんある!」
カインは目を丸くして、整然と並ぶ本を眺めた。
「ここは組合に所属する魔法使いが知識を共有する場所なのよ。さ、そこに座って」
ルシアさんが中央にある丸テーブルを指さすと、クララさんは微笑みながら、私とカインの背中をやさしく押してくれた。
私たちが丸椅子に腰かけると、ルシアさんは小さなポットのような物で温かいお茶を淹れてくれた。
(ポット? なにこれ?)
「はい、どうぞ。少し喉を潤してね」
「ありがとうございます!」
ポットのようなものが気になりつつもカップを受け取り、今世初めてのお茶を口にした。
(私がいままで飲んできたお茶の中に、こんな味のお茶ってあったっけ? ……正直、あんまり好きじゃないかも……)
「少し苦い?」
クララさんが私とカインの様子をみてそういった。
「あ、いえ……! 大丈夫です!」
慌てて首を横に振った。カインはすでに、カップを机に置いていた。苦かったのだろう。
「ううん、苦いっていうか……なんか、草のにおいが強い? ですかね」
「ふふ、やっぱり子供たちには少し癖が強すぎたかしら」
ルシアさんが申し訳なさそうに微笑みながら、手元にあった小さなポットのよう物を引き寄せた。
「これは『アルカナ茶』と言って、魔力を回復させる効果のある葉っぱを使っているの。
魔法使いには親しまれているけれど、独特の渋みがあるから、あんまり人気がないの。だけど、これを少し入れてみて」
ルシアさんが匙ですくって落としてくれたのは、蜂蜜のようなシロップだった。
そしてもう一度飲んでみると、
(あ、すごい……! さっきまでの独特な草っぽさが消えて、ほんのり甘くて飲みやすくなった!)
「あ、美味しいです! 甘くなって飲みやすくなりました!」
「私のも! 私のも入れてほしいです!」
嬉しそうにカップを差し出すカインを見て、ルシアさんは笑った。
「よかった。魔法使いの勉強は、体力をたくさん使うからね。しっかり糖分も摂っておかないと」
ルシアさんは自分のカップを傾けながら、私たちを見つめていた。
「あの〜ルシアさん」
「ん? どうしたの?」
「それなんですか?」
私はそう言って、ポットのような物を指さした。
「あ〜〜〜これは給湯の魔道具よ」
(魔道具……!)
私とカインが給湯を凝視すると、ルシアさんは微笑みながら仕組みについて話し始めた。
「仕組みはとっても簡単なの。中に埋め込まれた小さな魔石に魔力を流すと、火を使わなくても一瞬でお湯が沸くのよ。ほら」
ルシアさんがほんの少しだけ魔力を込めると、器の表面に彫られた模様がふんわりと青く光り、注ぎ口から温かい湯気が立ち上った。
「うわぁ……! すごい! 火を使ってないのに湯気が出てる!」
カインが身を乗り出すようにして覗き込む。
「便利でしょう? 魔法使いは実験や読書で部屋にこもることが多いから、こういう生活に使える魔道具は重宝するの」
「生活に使える魔道具……」
私が思わず呟くと、ルシアさんは嬉しそうに頷いた。
「そうよ。魔法ってね、派手な攻撃や特別な調査のためだけにあるんじゃないの。こうやって日々の暮らしを少し便利にしたり、誰かを温かくしたりするために使うために、あったりするのよ」
(生活を便利にする魔法……! 私もそういう魔法、使ってみたいかも……!)
「あの! 暮らしを少し便利にしたりする魔法ってなんですか?」
「暮らしを便利にする魔法?」
ルシアさんは目を丸くした。
「例えばね……私たちが使っている器や、この頑丈な建物だってそうよ」
「えっ、お皿や建物も魔法なんですか!?」
カインが身を乗り出すと、ルシアさんはテーブルの上の陶器のカップをトントンと指先で叩いた。
「土で形作り、水でこねて練り上げ、火でじっくりと焼き固める……。土、水、火の力を借りて、人は生活に必要な道具や住み家を作ってきたの。特にこの街なんかそれが顕著に出てるわね」
(土・水・火……。前世でいうと、建築や焼き物、ものづくりの技術みたいなものかな? )
「昔から人は、自分たちの暮らしを豊かにするために、自然の力――つまり魔法と付き合ってきたの」
「だからね、二人がこれから学ぶ魔法も、何かを作り出したり、誰かの暮らしを支えたりするためのものだと思ってほしいの」
「そして二人とも、大樹の根詰まりを直したときに、もう見事な魔力コントロールを見せてくれたでしょう? 基本的な魔力のコントロールは、すでに十分できているのよ」
「 そうなんですか?」
「ええ。だけど、もう少しコントロールができる様になると『すぐに生活で役に立つ、ちょっとした実践魔法』を教えてあげるわね。魔法の勉強をしたいんでしょ?」
「生活に使える魔法……! はい!」
「練習として、このポットの中に入っているお茶。話をしていたら冷めてしまったでしょう? ここで使うのが、ほんの小さな『火の微調整』よ。」
ルシアさんが指先の魔力を魔石に込めると、テーブルの上のポットから再び湯気が昇り始めた。
「わあ……! お湯を沸かし直さなくても、ちょうどいい温かさになってる!」
「ふふ、すごいでしょ。大きく燃え上がらせる火の魔法は危険だけど、こうやって『人肌より少し温かい温度』を保つように魔力を込めるのは、繊細な魔力コントロールの練習になるの。水魔法なら『濡れた服から水分だけをすっと抜き取る』とか、土魔法なら『固くなった畑の土を優しくほぐす』なんて使い方もできるわ。勿論魔法で出したものだけだけどね」
ルシアさんは私とカインの前にポットを引き寄せた。
「さあ、二人もやってみて。このポットのお茶は魔力が素直に通るから、コントロールしやすいはずよ。冷めないように『ほんのり温かい状態』でキープするイメージで、魔力を強すぎず、弱すぎず流し続ける……できるかしら?」
「やってみます!」
私が返事をすると、ルシアさんはポットの魔石から手を離すと、すると、湯気が無くなった。
「あれ?」
「ふふ、驚かせてごめんなさいね。実はこの魔道具、魔力を流すのをやめると温度が下がって冷める仕組みになっているのよ。流す魔力が弱すぎるとぬるくなっちゃうし、逆に強すぎると一気に沸騰する。だから『ちょうどいい温かさ』をキープするのが、とってもいい練習になるのよ」




