47 魔法使い!
門の手前、街道の頭上からもはっきりと見えるほど巨大な『憩いの大樹』がそびえ立っていた。青々とした葉を広げる圧倒的な姿に、馬車の荷台でカインと二人、思わず息をのむ。
「あそこに見えるのが『憩いの大樹』ですよ。街のシンボルなんです」
向かいに座るクララさんが、懐かしそうに大樹を見て教えてくれた。
馬車が大きな門をくぐり、賑やかな市場を抜けて広場で停車する。馬車を降りた私たちは、故郷の街を懐かしそうに、見渡すクララさんの案内のもと、組合までの道を歩いた。
「まずは組合に到着を報告しましょうね」
「はい!」
クララさんの優しい声に導かれ、レンガ造りの立派な建物の前へ辿り着く。
(こっちはレンガで、できてるんだ)
カインと手をぎゅっと握りしめながら、中に入った。
中は静かで落ち着いていた。
魔法使いは希少な存在であるため人は多くないが、室内には羊皮紙や古い資料が並び、独特な雰囲気が漂っている。数人の魔法使いや職員が静かに書類を確認していたり、魔道具だと思われる物の手入れをしたりしていた。
あの人たちが魔法使いかどうかは、服装で分かった。ゆったりとしたローブをまとい、杖のようなものを持っていたからだ。
(本物の魔法使い……初めてみた)
私たちはクララさんのあとに続いて、受付カウンターへと向かった。
受付カウンターに近づくと、眼鏡をかけた真面目そうな男性職員が顔を上げた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「カルダルト街のカルキア教会から参りました、クララと申します。『憩いの大樹』の調査の件で、組合からの依頼を受けてやってまいりました」
クララさんが穏やかに微笑みながら挨拶すると、職員の男性は納得したように深く頷いた。
「ああ、あの依頼ですね! お聞きしております。担当の魔法使いを呼んでまいりますので、少々お待ちください」
職員が奥の部屋へと消えていくと、カインが私の袖をちょんちょんと引っ張った。
「どんな魔法使いさんかな……? やっぱり、水属性の魔法が得意なすごい人なのかな」
「きっとそうだと思う。土の中の水の調べ方とかをたくさん教えてもらえるといいな」
(生活に使える魔法とか教えてもらえないかな〜〜)
私がそう答えると、やがて足音が聞こえ、奥の扉が開いた──。
奥から現れたのは、深い青色のローブを身にまとった若い女性だった。澄んだ水面のような青い髪を一つに束ね、手には小さな水の結晶がはめ込まれた杖を持っている。
「初めまして。今回の『憩いの大樹』の調査を担当する、水属性魔法使いのルシアです」
落ち着いた透明感のある声で挨拶され、私とカインは少し背筋が伸びた。
「カルダルト街のカルキア教会から参りましたシスター・クララです。そして、こちらが今回のお手伝いをしてくれるアイとカインです」
クララさんが紹介してくれると、ルシアさんは私たちの目の前でしゃがみ込み、目線を合わせて微笑んだ。
「お手伝いに来てくれてありがとう。土の中の水分を調べるのには、ちょっとしたコツがいるの。後で大樹のところへ行ったら、二人にじっくり教えるわね」
「「はい!よろしくお願いします!」」
私たちは声を揃えて、元気に返事をした。
「それではルシアさん、さっそく現場の大樹へ案内していただけますか?」
クララさんの言葉にルシアさんが頷き、大樹へ向かうことにした。
組合を出ると、『憩いの大樹』が、先ほどよりもさらに大きく見えた。
ルシアさんの後に続いて広場を抜け、大樹の根元へと近づいていく。
見上げると、葉の隙間から日が差し込んでいたが、幹の表面をよく見ると、どこか元気がなさそうに感じられた。
「これが『憩いの大樹』よ。街の皆に愛されている木なんけれど、最近少し元気がなくてね……まずは土の状態を確かめたいの」
ルシアさんはそう言うと、大樹の根元にそっとしゃがみ込んだ。
「アイちゃん、カインちゃん。水属性の魔法で土の中を調べる時はね、ただ魔力を流すんじゃなくて、水の『鼓動』を探すイメージを持つの」
「水の鼓動……?」
私が不思議そうに首を傾げる。ルシアさんは優しく頷きながら、両手を地面につけた。
「そう。土の中には細い水の流れがたくさん広がっているわ。自分の魔力を静かに浸透させて、その水がどこまで届いているか、あるいは途切れているかを感じ取るのよ。アイちゃん、やってみて」
「はい……!」
私は緊張しながらルシアさんの隣にしゃがみ込み、土に手を触れた。
教会の庭で試した時の感覚を思い出しながら、ゆっくりと意識を集中させていく。
目を閉じ、呼吸を整える。ルシアさんに言われた通り、ただ魔力を押し出すのではなく、水の流れを探すように静かに土の中へ自分の魔力を染み込ませていく。
(……あ、これかも)
指先から広がった魔力が土を通り抜け、深く潜っていく。
「どう、アイ? 何か分かった?」
カインが見守る中、私はじっと集中を続けた。
「……表面の土には水があるんだけど、根が伸びている深いところまで水がいっていない気がする……」
「正解よ、アイちゃん。よく気がついたわね」
ルシアさんは頷くと、真剣な眼差しで大樹の根元を見つめた。
「水自体が足りないわけじゃないの。奥の土が固くなっているか、あるいは魔力的な原因で、大樹の根まで水が届かなくなっているみたいなのよ」
「水はあるのに、根まで届かない状態だったんだ……」
カインも私のとなりにしゃがみ込み、心配そうに大樹の太い根を見つめた。
「ええ。理由が分かっているからこそ、水を再び根へ届かせるための作業が必要なの。二人とも、手伝ってくれるかしら?」
「はい! もちろんです!」
ルシアさんの言葉に、私とカインは顔を見合わせ、頷いた。




