42、お風呂②
床を拭き終わったあと、私とカインは椅子に座った。
「疲れた……」
「せっかくお風呂に入ったのにね」
「お風呂は気持ちよかったけど、その後に床を拭くことになるとは思わなかったよ……」
私は少しだけため息をついた。
「はぁ……それよりどうやったら広められるかな?」
「お風呂?」
「うん」
「私だけじゃなくて、村のみんなにも入ってほしい」
「私も賛成!」
カインは嬉しそうに手を上げた。
「でも……どうやって?」
「……」
「……」
私たちは顔を見合わせた。
「それが問題なんだよね」
「うん」
家のお風呂として使っている桶なら一人は入れる。でも、村の人全員が同じようにお風呂に入るとなると……。
「桶が足りない」
「たくさん買えばいいんじゃない?」
「それだと、お金がすごくかかるよ」
「じゃあ、大きな桶を作る?」
「それなら何人か一緒に入れるけど……」
私が少し考えていると、カインが提案した。
「……みんなで使えるお風呂を作ればいいんじゃない?」
「みんなで?」
「うん。村の人が順番に入れる場所を作るの」
そうすれば、一人ひとりの家で大量のお湯を用意する必要がないし、お湯を作る場所を一つにまとめればいい。薪も、水を運ぶ手間も減らせるかもしれない。
「でも……」
私はすぐに問題に気づいた。
「お湯をどうするかだよね」
「アイの魔法は……無理だね」
ずっと私が魔法でお湯を出し続けるわけにもいかない。私がいなくなったら使えなくなるお風呂では、文化とは呼べない。それに魔力の問題もあるし。
「……うーん」
私は腕を組んで考えた。せっかく思いついても、問題ばかり出てくる。
「水をどうするかだね」
「井戸があるよ」
「じゃあ、水は大丈夫……かな?」
「薪は?」
「薪も必要だね」
「場所は?」
「それも必要」
「お金は?」
「……必要」
カインが一つずつ問題を挙げるたびに、私は頭を抱えた。
「お風呂って、思ったより大変……」
「でも、アイ」
「なに?」
「さっき、すごく気持ちよかったよ」
カインは笑った。
「だから、みんなにも知ってほしい」
「……」
私はカインの言葉を聞いて、少しだけ考えた。
(いきなり村全体にお風呂を作る必要なんてない。まずは、みんなに知ってもらえばいいんだから。実際に試してもらったときに「あ、お風呂って気持ちいいかも」って感じてもらえたら十分)
(そうやって少しずつ良さが広まっていけば、いつか自然とこの村の文化になっていくかもしれないんだし)
「よし! まずは体験してもらおう!」
「どうやって?」
「村の人に、お風呂に入ってもらうの」
「でも、お風呂は?」
「そこを考える!」
私は勢いよく立ち上がった。
「まずは、小さく始めよう」
大きな浴場を作るのは、まだ難しい。なら、今あるものを使えばいい。
お湯を用意する方法を考えて、何人かに体験してもらう。そして、お風呂を気に入ってくれる人が増えれば、その人たちと一緒にもっと大きなお風呂を作る。
(完璧だ……)
「よし!」
「まずは、村の人たちにお風呂がどんな物か知ってもらおう!」
「おー!」
カインも嬉しそうに拳を上げる。
「まずは誰に体験してもらう?」
「親でもいいけど……まずは、エマちゃんかな」
(大人は忙しいしね)
「カインは、エマちゃんがどこにいるか分かる?」
「エマちゃんか……最近会ってないけど、多分畑のお手伝いをしてると思う。それか、まだ朝早いし家にいるかな?」
カインがそう言うと、私たちは早速エマちゃんの家に向かうことにした。
(エマちゃんは今八歳か、確か火属性だったかな)
村の朝は、まだ少し静かだった。
道を歩いていると、畑へ向かう大人たちの姿がちらほら見える。
「エマちゃん、いるかな?」
「どうだろう?」
カインは少し首を傾げた。
「もし畑にいたら、どうする?」
「そのときは畑に行こう!」
「分かった!」
カインは元気よく頷いた。
しばらく歩くと、エマちゃんの家が見えてきた。
「ここだよ」
カインがそう言って、家の前で立ち止まる。私は扉の前まで行き、軽く叩いた。
「エマちゃーん?」
「はーい!」
少しして、家の中から声が聞こえてきた。しばらくすると扉が開き、エマちゃんの顔が見えた。
「あれ? アイちゃんとカインちゃん?」
エマちゃんが私のことも『ちゃん』付けで呼んでくれるから、私も親しみを込めて『エマちゃん』と呼んでいる。
「おはよう!」
「おはよう、エマちゃん」
「どうしたの?」
「ちょっとお願いがあるの!」
「お願い?」
エマちゃんは不思議そうに聞き返してきた。
「うん!」
私は勢いよく頷いた。
「お風呂に入ってみない?」
「……お風呂?」
「そう!」
「今朝、カインと入ったんだよ! すごく気持ちよかったんだ!」
「お風呂って入れるの?」
エマちゃんは少し興味を持ったようだった。
「どんな感じなの?」
「温かいお湯に入るの」
「お湯に?」
「そう」
私は頷いた。
「体を洗ったあとに、温かいお湯に浸かるんだよ。すごく気持ちいいよ」
「本当に?」
「本当!」
カインも横から頷く。
「私もまた入りたい!」
エマちゃんは少し考えてから、私たちを見る。
「でも、どうやって入るの?」
「私の家に少し大きな桶があるから、それに入るの!」
「じゃあ今日は畑のお手伝いが終わったら、アイの家に行くね。昼には行けると思う」
「分かった!」
「じゃあ、お昼に待ってるね!」
「うん!」
エマちゃんが返事をしたら、私たちはエマちゃんの家を後にした。
(そういえば……私たちって畑のお手伝いに行かなくていいのかな?)
「ねぇカイン、私たちって畑のお手伝いに行かなくていいのかな?」
「う〜〜ん、アイのお母さんとかは何か言ってなかったの?」
「えっ? なんにも言ってないと思う」
「多分だけど、私たちは普段教会とかに通ってるから行かなくてもいいんじゃない?」
「そうなの?」
「うん。教会で教えてもらったり、魔法使い見習いとして働いてるしね」
「なるほど。確かに私たちってもう、職について働いてるみたいなものだしね」
「そう!」
「じゃあ私たちは、とりあえずエマちゃんが来るまでに準備しとこ!」
会話している間に、私たちは私の家に戻ってきていた。
「よし、まずは……カインの魔法で土の小屋みたいなの作れない?」
「小屋?」
「うん。いろんな人をリビングにあげるわけにはいかないでしょ」
「確かに!」
カインは頷くと、私の家から少し離れた所に手を向けた。
すると、少し分厚い土の壁ができた。
「ふーー、天井まではちょっと無理かな。魔力的に」
「十分だよ! 天井がなくても。それよりカイン、凄いね。魔力を纏わせなくても崩れてない」
「えへへ、少し頑張った」
カインは顔を赤らめてそう言った。




