38、巨角熊2
地面の土と水が混ざり、巨角熊の足元はさらにぬかるんでいく。
巨角熊は前足を引き抜こうとしたが、泥に沈んだ足は思うように動かせないようだ。
「今だ!攻撃を続けろ!」
お父さんが必死な顔をして叫んだ。
兵士たちは巨角熊の周囲へ散らばり、剣を構え直した。
「グオオオオオッ!」
巨角熊が大きな声を上げ、角を振り回す。
兵士たちはその動きに合わせて距離を取りながら、隙を見つけて攻撃を続けていた。
(このまま、泥を維持できれば……)
魔法を使い続けているが、巨角熊はまだ倒れていない。
「アイ、カイン無理をするな!」
お父さんがこちらに向かって叫んだ。
「大丈夫!」
私は大丈夫と言ったが、魔力がどんどん減っている。そのとき、巨角熊が再び体を大きく揺らして、ぬかるんだ地面から、前足が少しだけ持ち上がる。
「まずい!」
兵士の一人が叫んだ。
「カイン、まだ続けられるか!」
お父さんがカインに声をかける。
「……はい」
カインは地面に手を向けたまま静かに答えたが、その顔にははっきりと疲れが滲み出ていた。泥の形や動きをコントロールしながら魔力を使い続けているのだから、カインにかかる負担は大きだろう。
「今だ! 足を狙え!」
巨角熊は何度も体を揺らしたが、泥に沈んだ足が動きを邪魔していた。泥に足を取られ、巨角熊の体勢が大きく崩れた瞬間、お父さんの声が響く。兵士さんたちは一斉に走り出し、無防備になった巨角熊の足元へ切り込んだ。
巨角熊は何度も身もだえしたが、まとわりつく泥がその動きを封じ込めていた。
「もう少しだ!」
兵士たちは巨角熊との攻防を繰り広げ、限界を迎えた巨角熊の脚元へ鋭い一撃を叩き込んだ。
「倒れたぞ!」
兵士の一人が声を上げた。
巨角熊は地響きを立てて地面に伏せ、ピタリと動きを止める。
お父さんは剣を構えたままじっと巨角熊の様子を伺い静かに息を吐いた。
「……討伐完了だ」
その言葉を聞いた瞬間、兵士たちはようやく緊張を解き、剣を下ろした。
私たちも魔法を使うのをやめた。私の魔力がもうすぐで、切れそうになっていた。
(後少しで魔力が切れるとこだった...カインは大丈夫かな)
隣を見ると、カインも疲れた様子で地面に座っていた。
「カイン大丈夫?」
「うん、大丈夫!それより討伐できてよかったね!」
カインは元気そうにそう言った。
「うん。兵士の人たちに負傷者はいないみたいだし、本当によかったね」
「おい!大丈夫か!」
お父さんが大声でこちらに近づいてきた。
「うん。私は大丈夫」
「私も」
「そうか、それならよかった。それにしても、まさかあそこまで魔法を使えるとは思わなかったぞ。二人とも、本当にすごいな!」
お父さんはそう言うと私たちの顔を交互に見つめ、ポンと私たちの肩を満面の笑みで優しく叩いた。
「ありがとう!でもカインの魔法が一番すごかったよね。どうやってあんなに泥を変化?させたの?」
私がそう言うと、カインは少し照れくさそうに髪の毛を弄りながら答えた。
「え〜〜。なんか熊の動きを封じるために、こんな感じになってくれたら嬉しいなって思いながらやってたらああなってたから、わからないんだよね」
(カインのセンスは凄いな〜〜私はとりあえず水で地面をぬかるみにしただけだし)
「そうか、二人とも魔法のセンスが凄いんだな〜アイのやった事だって、俺達にはできなからな」
「そうなの?」
「そうだぞ、アイのやった事はいつも魔法使いにやって貰ってる事とほんとんど同じだったしな」
「カインの魔法と組み合わさると巨角熊だって案外簡単に討伐できるな!」
(これで簡単なんだ。普段は負傷者とか結構でてるのかな?)
「普段はもっと大変なの?」
「普段はもっと大変なんだぞ」
お父さんは苦笑いをしながら、討伐した巨角熊に視線を向けた。
「このクラスの魔物となると、正面から立ち向かえば数人は大怪我をするのが普通なんだ。それが今回は、アイの作ったぬかるみとカインの土魔法のおかげで、熊の足止めが完璧だった。兵士たちもリスクなく攻撃に専念できたんだよ」
近くで剣の手入れをしていた兵士の一人が、深くうなずきながら会話に加わった。
「隊長の言う通りです! 足を完全に固めてもらえたおかげで、角の攻撃に怯えることなく踏み込めました。お二人には感謝しかありません」
兵士さんたちが口々に「助かったよ」「見事な魔法だった」と笑顔で声をかけてくれる。照れくさくなったカインと私は、顔を見合わせて少し小さく笑い合った。
「二人とも、今日は本当によくやってくれた。だが魔力をかなり使っただろ? 街に戻ったらしっかり休むんだぞ」
「「はーい!」」
私たちが返事をすると、さっきまで話に入って来なかった神父様が話しかけてきた。
「ふたりとも、実に見事でしたよ」
神父様は柔らかな微笑みを浮かべながら歩み寄ると、静かに私たちの前で膝をついた。その手にはかすかな光が宿っている。
「怪我はないようですが、あのように魔力をコントロールしたカインはかなり疲れているはずです」
そう言って神父様が優しくカインの頭に手をかざすと、カインを温かな光が包み込んだ。
「わあ……すごく楽になった!」
「先ほどは大丈夫と言ってましたが、頭が少し痛かったのでは?」
神父様がそうカインに尋ねると、カインは少し困ったような顔で答えた。
「まぁ少し痛かったです...」
「そうでしょうね。魔力のコントロールはすればするほど、頭が痛くなると言われてますからね」
「そうなんだ。脳が疲れるからかな?」
私がそう呟くと、神父様は少し考えるように首を傾げた。
「それも理由の一つかもしれませんね。ですが、魔力をコントロールしすぎると頭痛がするということは、昔から知られていることです。詳しい仕組みまでは、まだわかっていませんがね」
「魔法って、まだわからないことが多いんですね」
「ええ。私たちが普段使っている魔法にも、知られていないことはたくさんありますよ」
神父様はそう言って、カインの様子を確かめるように顔を覗き込んだ。
「もう痛みはありませんか?」
「はい。さっきよりずっと楽です!」
「それならよかった。ですが、今日はもう魔法を使わない方が良いかもしれませんね」
「わかりました!」
カインは元気よく返事をした。
「それじゃあ、街に戻るぞ。討伐した魔物を運ぶ準備をしてくれ」
お父さんが兵士さんたちに声をかける。
「はい!」
兵士さんたちは返事をすると、倒れた巨角熊の周りへ集まっていった。
大きな魔物を運ぶのは大変そうだが、何人もの兵士さんが協力して、運ぶための道具を準備している。
「お父さん、あの熊は街に持って帰るの?」
「ああ。魔物の素材は売れるからな。角や毛皮、それに肉も使える」
「肉も?」
「食べられる部分はな。巨角熊は大きいから、街に持ち帰ればかなりの金になるぞ」
(あんなに大きい熊なら、食べるところもたくさんありそう)
私は巨角熊を見ながら、そんなことを考えていたら、兵士さんたちの準備が終わった。
「それじゃあ、馬車に乗るぞ」
お父さんに促され、私たちは馬車へ向かった。
(そういえば、ずっと魔法を使っていたんだっけ)
自分では気づかなかったが、思っていたよりも体が疲れているらしい。私も自分の魔法と土が混ざるように、したからかな?
「アイ、疲れた?」
隣を歩いていたカインが、私の顔を覗き込んで話しかけてきた。
「少しだけ。でもカインの方が疲れてるんじゃない?」
「私はもう神父様に治してもらったから大丈夫!」
「魔力が回復したわけではありませんからね。街に着いたら、二人ともゆっくり休んでください」
「「はーい!」」
私たちは馬車に乗り込み、街へ向けて出発した。




