33、魔物
「アイーこの後どうする?」
私たちは、市場でやる事が終わり、次に何をするか考えていた。
「教会に戻るの?」
「うん。今日はもう買うものがないしね」
「そうだね。て──」
カインが何かを言おうとしたら、二人の兵士が走って私たちに近づいて来た。
「失礼ですが……あなたが土と水の混合属性を持つ、カイン殿ですか?」
「え……そうですけど、なんですか?」
カインは少し困惑した様子で答えた。
「少しお話したいのですが、今お時間はございますでしょうか?」
一人の兵士が丁寧な口調でカインに尋ねた。
「まぁ、ありますけど……」
「感謝いたします。それでは、こちらへついてきていただけますか?」
兵士さんがそう言うと、カインは私の顔を「どうする?」と言うように見てきた。
「あのー、私たちもついて行っていいですか?」
二人の兵士は顔を見合わせ、少し迷うような素振りを見せたが、すぐに頷いた。
「はい、構いません」
「ありがとうございます!」
私がお礼を言うと、兵士の一人が口を開いた。
「では、こちらへ――」
「お待ちください」
シスターさんが静かに声をかけた。
「はい?」
「申し訳ありませんが、私はカインさんたちをこのまま付いて行かせることはできません」
「……何か問題がございますか?」
「兵士の方々を疑っているわけではありません。ただ、何の用件なのかも分からないまま、子どもたちを連れて行くわけにはいきません」
シスターさんは穏やかな口調でそう言った。
確かに、私たちは兵士さんたちから何のために呼ばれたのか、まだ何も聞いていない。
「もちろん、危険なことをするつもりはありません」
兵士は少し慌てたように答える。
「ただ、カイン殿にお願いしたいことがあるのです」
「お願い……ですか?」
カインが尋ねる。
「はい。ですが、ここでは少し話しにくい内容でして……」
「でしたら、教会の中でお話しすることはできませんか?」
「教会の中、ですか?」
「はい。私も一緒に立ち会います。そこで事情を説明していただきたいです」
兵士たちは再び顔を見合わせ、少し考えたあと、一人が頷いた。
「……分かりました。それで構いません」
「ありがとうございます」
「では、教会までご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
こうして私たちは、兵士さんたちと一緒に教会へ戻ることになった。
歩きながら、私は隣にいるカインへ小さな声で話しかける。
「何をお願いされるんだろうね」
「う~~ん、朝、組合の人が言ってた事じゃない?」
「魔物の事?」
「多分、魔物だと思うけど」
そんな話をしているうちに、教会へと到着した。
シスターさんが扉を開け、私たちは中へ入る。
「こちらでお話ししましょう」
シスターさんに案内され、私たちは普段使っている部屋へ向かった。
兵士さんたちが向かい側の椅子に座り、私とカイン、シスターさんもその向かいに腰を下ろし、全員が席につくと、兵士さんが話始めた。
「では、改めてお話しさせていただきます」
「実は、カイン殿にお願いしたいことがあるのです」
「私に……何をですか?」
カインが尋ねる。
「あなたの土属性と水属性の魔法を、お借りしたいのです」
「魔法を……?」
「はい。実は、街の近くに大きな魔物が現れました」
「大きな魔物……?」
私が思わず聞き返すと、兵士さんは少し表情を曇らせた。
「ええ。数日前から街の外れで目撃されていたのですが、昨日になって街道の近くまで移動してきたのです」
「どんな魔物なんですか?」
「巨角熊です」
聞いたことのない名前だった。
「巨角熊は、普通の熊よりもずっと大きな魔物です。体長は三メートルほどあり、頭には大きな角があります。力も強く、普通の武器では簡単には傷をつけられません」
「三メートル……」
(バスケットボールのリングとほぼ同じ高さはあるって事?)
「そんな魔物が街の近くにいるんですか?」
「はい。このまま放っておけば、街へ近づいてくる可能性があります」
兵士さんは真剣な顔で答えた。
「そのため、カイン殿にお願いしたいのです」
「兵士さんたちだけで倒せないんですか?」
カインが尋ねる。
「もちろん、私たちだけで戦うことはできます。ただ、相手が大きすぎます」
兵士さんは少し困ったように続けた。
「何人かで囲んで攻撃することもできますが、巨角熊は動きが速く、こちらの攻撃を避けながら突っ込んできます。正面から戦えば、こちらには大きな被害が出るでしょう」
それを聞いて、私は兵士さんたちの武器を見る。
腰には剣があり、鎧も身につけているし、確かに戦うことはできそうだけど、三メートルもある魔物を相手にするとなると、かなり大変そうだ。
「そこで、カイン殿の魔法をお借りしたいのです」
「カイン殿は土属性と水属性の混合属性ですよね?」
「そうですけど……」
「でしたら、泥を作ることができますか?」
「はい……できます」
カインが答える。
私はそこで、兵士さんが何を考えているのか少し分かった。
「もしかして、魔物の足元を泥にするんですか?」
「その通りです」
兵士さんが頷いた。
「巨角熊を倒すためには、まず動きを止める必要があります。そこで、足元に大量の泥を作っていただきたいのです」
「でも、兵士さんたちも土魔法は使えるんですよね?」
「ええ。何人かは使えます」
兵士さんは少し申し訳なさそうに答えた。
「ですが、土を操ることはできても、水属性の物と息を合わせて大量の泥を作れる者はいません」
「なるほど……」
「私たちが攻撃する間、巨角熊の足を泥に捕らせることができれば、戦いやすくなります」
もう一人の兵士さんも口を開いてそう言った。
「私たちは、その隙に攻撃します。カイン殿には魔物を倒してほしいわけではありません」
「足止めだけでいいんですか?」
「はい」
兵士さんははっきりと答えた。
「カイン殿には、魔物から離れた場所で泥を作ってもらいたいと考えています」
私は少し安心した。
カインが大きな魔物と直接戦うわけではないらしい。
すると、シスターさんが口を開いた。
「ですが……その依頼は、朝に組合へ出されたものですよね?」
「はい」
兵士さんが答える。
「私たちが組合へ行ったとき、魔物の討伐依頼について話をされました。そのとき、カインさんにお願いするのは危険だということで、一度断られましたよね?」
「……はい」
「それなのに、どうして直接ここへ?」
シスターさんが尋ねる。
兵士さんは少し言いにくそうに口を開いた。
「組合に断られたあと、私たちも別の方法を考えていました」
「ですが、その後、巨角熊が街道の近くまで移動してきたのです」
「街道まで……」
「はい。このままでは、さらに街へ近づいてくる可能性があります」
兵士さんは真剣な表情で続ける。
「本来なら、魔法使いへの依頼は組合を通す決まりです。私たちもそれは分かっています」
「では、なぜ……」
「時間がなかったのです」
兵士さんはそう答えた。
「現在、街にいる魔法使いの多くは別の仕事で街を離れています。そのため、組合から依頼を断られたあとも、今回必要な魔法を使える者がほかに見つかりませんでした」
(そういえば、朝に組合の人が魔法使いが集められてるって言ってたっけ)
「そこで、組合を通さず、直接カイン殿にお願いすることにしたのです」
兵士さんは頭を下げた。
「勝手なお願いだということは承知しています。ですが、街の近くまで魔物が来ている以上、もう時間がありません」
シスターさんはしばらく黙って兵士さんたちを見ていた。
「……事情は分かりました」
それから、少し考えるように続ける。
「ですが、危険なことには変わりありません。私だけの判断で決めることはできません」
「はい。それは承知しています」
「まずは神父様に聞きましょう。それとカインさんの両親にも聞いた方が良いかもしれませ──」
「親は大丈夫です。神父様だけに聞きましょう」
カインがシスターさんの話を遮って言った。
(カイン、どうしたんだろう。たしかに親がカインに対して少し無関心だとは知ってるけど、そこまで頑なに拒むなんて)
シスターさんは少し困った様子で言った。
「で、では、とりあえず神父様に話しましょうか」




