22,頑張るカイン
「なんだお前さんたちは組合の奴らか? 一度にゾロゾロ来られても困るんだが。俺が頼んだのは、粘り気のある土を出せる魔法使いだぞ」
おじさん——ハンスさんは、険しい目つきで私たちを順番に見回した。
「あのー私が混合属性の魔法使い見習いです」
「お前さんか、かなり若いと聞いてはいたが、まさかこんなに小さいとはな。その隣の二人は付き添いか?」
ハンスさんは腕を組み、私だけをじろりと見た。
「はっはい、そうです!」
ぺこりと頭を下げる。後ろのシスターも優しく微笑みながら「ご一緒させていただいております」と静かに頭を下げた。
「まあいい、やっと見つかった土と水の混合属性だ。見習いだろうと付き添いがいようと、どうでもいい」
「中に入りな」
ハンスさんはそう言うと、くるりと背を向けては部屋の奥へと歩き出した。
私たちは顔を見合わせ、息を整えて、そのあとに続いた。
ハンスさんについて行くと、ずらりと並んだ乾燥中の器、そして空の大きな木箱が置かれていた。部屋全体に土と湿気の混ざった独特の匂いが充満している。
「形を作るときに崩れない強さと、指通りよく滑らかに伸びる粘り気がある土だ。つまり、粘土をだせるか?」
「粘土は...粘り気のある土な——」
「分かった。粘土ではないと、乾かすときに形が崩れるんだよ」
ハンスさんは腕組みをすると、作業場の棚から古びた羊皮紙の巻物を取り出し、ポンとカインの手に押し付けた。
「これはな、昔俺が買った『粘土生成の魔法陣と魔力調整術』の書だ。俺自身には魔法の才能がねぇから使えなかったが、混合属性のお前なら、使えるんじゃないか?」
ハンスさんが差し出した巻物の使い込まれた革紐を解いてカインは広げた。
そこに描かれていたのは、複雑に交差する紫色の線だった。
「え...なんですか、これ」
カインがぽかんとした声を漏らす。私とシスターも見たが、なにがなんだか分からなかった。
(前世だとこれは、たぶん魔法陣...なのかな? 円の中に線が入り組んでいて、迷路みたいにしか見えないけれど)
「そいつは『魔法陣』って代物らしくてな。知り合いの魔法使いに聞いたら、土と水の混合属性の奴にしか使えねぇ代物なんだそうだ。言い方的に魔法陣を知らないのか?」
「は、はい」
「そうか、まあいい。とりあえず理屈は知らんが、その知り合いの魔法使いが『魔法陣ってのは、魔力の流れる道筋を描いた地図みたいなもんだ』って言っててな」
「地図、ですか...?」
「そうだ。そこに自分の魔力を流し込んで、線の上をなぞるように動かすらしいんだ。試しに、その紫の線の真ん中に指を置いて魔力を込めてみてくれ」
カインはゴクリと唾を飲み込み、私とシスターの顔を交互に見つめた。私たちがそっと頷いて見せるとカインは意を決したように息を整え、巻物を床に置いて、おそるおそる指先を巻物へと伸ばしていった。
指先が巻物に触れた瞬間、紫色の線がうっすらと光を帯びた。
「っ!」
カインが小さく息をのむ。
カインの指先から注ぎ込まれた魔力が、紫色の線にそってまるで水を吸い上げるように伝わり、迷路のような複雑な図形をゆっくりとなぞり始めた。橙色の光と、水色の光が、紫のラインの中で混ざり合っていくのが目に見えるようだ。
「うわぁ〜〜光ってる」
私が思わず呟くと、シスターも「まあ〜」と胸の前で手を組み、感嘆の吐息を漏らした。
魔力が魔法陣全体に行き渡ると、巻物の上が一瞬だけ強く輝き、カインの指先を包み込んだ。
次の瞬間。
ぽすん、と軽い音とともに、カインの指先から手のひら大の「塊」が巻物の上に落ちた。
それは、これまでのカインが出していたパサパサの土でも、水分を含みすぎて崩れる泥でもなかった。しっとりと濡れたようなツヤを持ち、滑らかで、それでいてずっしりとした重みを感じさせる土ではなく、まさに陶芸用の「粘土」だった。
「で、できた? これ、粘土ですよね?」
カインが信じられないといった様子で、その塊をつついてみる。指で押すと、もっちりとした手応えとともに綺麗なくぼみができ、手を離しても崩れずにその形を保っていた。
ハンスさんは目を見開き、巻物の上にある、粘土を手に取った。
「おいおい...」
ハンスさんは親指で力強く土を練り込み、伸ばし、じっと観察する。その無骨な指先が粘土の感触を確かめるたび、険しかった表情が驚きと感嘆へと変わっていった。
「指通りも、粘りも完璧だ。乾かしてもヒビが入らねぇ上等な土の質感...これを魔力だけで作ったのか」
ハンスさんは粘土を握りしめたままカインの顔を見上げた。
「これなら最高の器が作れるぞ!」
「そ、そうですか。それならよかったです」
苦笑いしながらカインは答えた。するとハンスさんは何かを思い出したように、立ち上がって、棚にあった箱から何かを取り出した。
「これは依頼達成時の報酬、金貨1枚だ」
「ありがとうございます!」
カインはしっかりと頷き、両手で受け取った。
(本物の金貨だ、後でカインに少しだけ触らしてってお願いしよ)
「文句なしの仕事ぶりだったぜ」
ハンスさんはそう言って満足そうに深く頷くと、出来立ての粘土の塊を撫でた。
「これからもこの粘土が必要になる。また定期的に依頼させてもらうが毎回金貨とはいかねーが、いいか?」
「はい! ぜひよろしくお願いします!」
カインの顔に、ぱっと晴れやかな笑みが広がる。
(カインは依頼をちゃんとこなせて、嬉しいんだろうな)
「依頼達成については俺から言っておく」
「はい!」
(やったーーー! アイの前で、すっごく良いところ見せちゃった!)
「カインやったんね」
「うん!」
私たちは、その後ハンスさんの家から出て、馬車に向かった。
「カイン、その金貨少しだけ触らせて」
「うん!いいよ!」
うきうきのカインは手にしっかりと握っていた金貨を私に手渡しした。
「うわーーすごいね。思ってより重いかも」
「ね。私も思った」
「カインさん、アイさん。あんまり外で金貨を出しちゃいけませんよ、大金なんですから」
「あっ確かに、カイン金貨返すね」
「うん」
カインは受け取った金貨を、今度は誰にも見えないように、大事そうにポケットの奥深かくに仕舞い直した。




