17. 無事、家に帰還!
「は、はい。ないです」
「では、明日ここへ来ていただけますか? その際、簡単な依頼をひとつ引き受けていただきたいのです」
「「はい!」」
「では、アイさん、カインさん。そろそろ教会へ戻りましょう」
シスターの優しく落ち着いた声に、私たちは小さく頷いた。
明日任されるという「簡単な依頼」とは一体何だろう。カインと一瞬だけ視線を交わすと、彼女の瞳には好奇心が浮かんでいるのが見えた。(カインは楽しみなのかな?)
私たちは、シスターの背中を追って組合を後にした。
「カインは明日の依頼が楽しみ?」
「うん!明日はアイと初めての依頼で仕事だもん!」
嬉しそうに微笑むカインの横顔を見て、私も思わず笑みがこぼれた。
彼女にとってこの依頼は、純粋に「私と一緒に行く、何かのイベント」のように見えているのだろう。
(二人で受ける初めての依頼.......。一体どんなことを頼まれるんだろう?)
前世の記憶があるとはいえ、この世界での「仕事」はこれが初めてだ。現代のような安全な環境ではないからこそ、油断は禁物である。いくら簡単な仕事と言ってもだ。
一方、その隣で無邪気な笑顔を浮かべていたカインは胸の中で歓喜の悲鳴を上げていた。
(ついに.......アイと二人きりになれる時が来てしまったーー!)
嫌われて拒絶されるのだけは絶対に避けたかったから、これまでは必死に距離感を計算し、どこにでもいる「ただの幼馴染」を演じ続けてきた。
けれど、今のアイの表情を見ればわかる。
自分の言葉に、アイは本当に嬉しそうに目を細めて笑ってくれたのだ。
(アイも喜んでくれてる......。だったら、ほんの少しだけ近づいてもいいよね......?)
「アイと一緒なら、どんなことでも楽しいよ!」
心の内で渦巻く執着を隠すように、カインはアイの動作を模倣したとびきり無邪気な笑顔をアイに見せた。
私はカインの笑顔にどこか救われる思いがした。
初めての依頼という言葉に少し緊張していたけれど、やはりカインにとっては友達と出かけるイベントのようなものなのだろう。彼女の無邪気さに触れていると、肩の力がすっと抜けていくのがわかった。
「ふふ、そうだね。私もカインとやることは楽しいよ」
「本当?」
「うん、本当だよ」
「カーン、カーン」
「もう2回目の鐘が鳴ったね」
午後、2回目の鐘が鳴った、時間で言うと4時だろう。
「あっ、そうだね!というかもうすぐ教会に着くよ!」
カインが焦った様子で返事をした。
「アイさん、カインさん、今日は疲れたと思うので、教会に着いたら、椅子に座って親の迎えを待ちましょうか」
「はい!わかりました」
「は、はい」
カインは少し遅れて返事をした。
「カイン、どうしたの?」
「あーー大丈夫、ちょっとびっくりというか、なんというか、まあ気にしないで!」
「う、うんわかった」
(カイン、どうしたんだろう?まあ元気があることには変わりないし、大丈夫か)
カインとシスターとも会話していたら、教会の扉の前に着いた。シスターが扉を開けて、中に入り、その後ろを私たちが着いて行く。中に入り、私たちが練習していた部屋の扉の前まで移動した。
「コンコン」
返事が帰ってこない。
「中に入りましょう」
「「はい」」
中に入り、椅子に座った。
「あのー前から、気になってたんですが。この部屋ってなんの部屋なんですか?」
「今はアイさんとカインさんの部屋になっていますが、普段はあんまり使われることがなく、洗礼式を終えた子供が魔法を覚えるための部屋です」
「そうなんですか」
(今は私とカインの部屋みたいになってるのか)
「神父様の部屋とかはないんですか?」
カインの質問に、シスターは少し困ったような顔を見せた。
「んーーないですね。ですがそれを神父様に聞いてはいけませんよ」
(なんでだろう?教会に自分の部屋がないのは普通じゃないの?)
それから、次の鐘が鳴り少し時間が経った頃。
「そろそろ庭に行ってアイさんのお父さんを待ちましょうか」
「「はい!」」
会話の中で迎えに来るのが私のお父さんということは伝えたのだ。
三人で外に出て、教会の庭にある教会の出入り口が視界に収まるベンチに座って雑談をしていた。教会の時計を見ると七時になっていた。
「あっ、お父さんだ」
私が指をさした先は、教会に向かって来ていた、お父さんだ。
「それでは、アイさん、カインさんまた明日」
「「はい!」」
私たちは返事をした後、私のお父さんの方に向かって走って行った。
「お父さん。かえろー」
「ちょっとだけ待ってな。神父様に来た時は挨拶ができなかったし、帰る時ぐらいはしないとな」
「神父様がしなくて良いって言ってたよ」
「そうなのか?本当に?」
「うん!絶対!」
私はお父さんの服の袖をちょこんと引っ張りながら、上目遣いにじっとその顔を見つめた。信じてほしい一心で一切の曇りもない瞳を向けられると、お父さんは困ったように苦笑いを浮かべた。
(今日は一刻も早く家に帰りたいの〜〜信じてくれ〜〜!)
「そ、そうか。じゃあ帰るか」
「うん!」
私が右、カインが左、お父さんが真ん中の陣形で家に向かって歩き出した。
「じゃあ、カインまたね〜〜」
「うん!またね〜〜」
家に着いた時には周りはすでに暗くなっていた。
お父さんが家の扉を開け、中に入った。土間や玄関のようなスペースはなく、扉のすぐ向こうはリビングになっている。
「ただいま〜〜」
「おかえりなさい、アイ。夜ご飯は、リビングの机の上にパンがあるわよ」
「わかった」
今日は筋肉痛のこともあって、ぼてぼてと歩き椅子に座ってパンを手に取った。
「教会はどうだった?学校について何か話したの?」
(やっぱりお母さんは少し心配してるのかな?昨日や朝はそこまで心配しているようには感じはなかったけど)
「教会の人たちはいい人が多かったよ。学校に関しては気にするようなことは言ってなかったけど、王都で暮らすのにお金が必要らしいから、明日から見習いとして働いてお金を稼がないといけないらしい」
「お金...アイはまだ子供なのに、見習いとして働くのに神父様は何か言ってなかったの?」
(神父様が?神父様が何を言うの?)
「神父様は魔法使い見習いとして、働くようにって言ってたけど」
「...そう」
「アイ、本当は大人になる前の子供がお仕事をするなんて、神様のお教えではダメなことなんだよ。...まあ、どうしてもという時は許されているがね」
お父さんはそう言いながら、お母さんと目を合わせて静かに息を吐いた。
(......あ、そういうことか)
私は心の中で合点がいった。
人々にとって、教会は温かく絶対に信用できる存在だ。
だからこそ、学校に行くということは教会を信じて、心配することはないと思ったのだろう。
そしてこの国には、神の教えに従って子供を守るべきだという考えがあるのだろう。
本来なら守られるべき幼い私が働かなければならない現状――つまり、娘に仕事をさせざるを得ない自身の不甲斐なさや、子供に苦労を強いてしまっている現状に、お父さんとお母さんは親として胸を痛めているのだ。
お父さんは自分自身の不甲斐なさと、娘を危険や苦労に晒したくないという切実な親心を、必死に誤魔化そうとしていた。
「大丈夫だよ。お父さん、お母さん」




