呪いの橋渡しを使う
ファン王子は、特別な馬車を私たちに用意してくれた。
新型のタイヤで、荒れた道でもほとんど客車が揺れないらしい。
私は、ミレーヌ聖女と2人でその馬車に乗り、エルフィンド王国へと向かった。
それにしても、シビルと別の馬車で行くことになって本当に良かった。
あんなに落ち込んでいるシビルと、狭い所でずっと一緒にいたのであれば、こちらまで気分が滅入ってしまうところだった。
客車の窓から連なる山々を眺めていた時、ミレーヌ聖女が声をかけてきた。
「結界の修復は、私に任せてね」
「私にも手伝わせてください」
「まだ小さなホールだと聞いているわ。私1人で充分よ」
「でも……」
「まあ仮に私が死んでしまった時は、ソフィアのお墓の隣を取ってあるので、そこにちゃんと埋葬してね」
「……」
「冗談よ。ビックラプチャーでもない限り、そんなことにはならないから」
過去に、私の母とミレーヌ聖女がビックラプチャーを修復し、その結果母が命を落としている……。
「私はあなたのお母さんに大きな借りがあるのよ。少しでもその借りを返さないと……」
ミレーヌの言葉でよく分かる……。
彼女は、母に対してずっと懺悔の気持ちを持ち続けながら生きてきたのだろう。
「この際だから教えておくわ。どうしてビッグラプチャーが大聖女の命を奪ってしまうのかを」
「……」
「ビッグラプチャーを修復しようとすると、それがあまりにも大きなホールのため、こちらの魔力が自動的にどんどんと吸い取られてしまうの。その結果、魔法を自分で止めることもできなくなり、最後は完全に魔力を奪われて死んでしまうのよ」
「魔法を自分で止められなくなるのですか?」
「そうよ。私は経験しているからよくわかるわ。魔法を止めようとしても、どうにもできなくなるのよ」
大聖女は皆不幸な死に方をするという。その言い伝えはこういう所から来ていたんだ……。
だから母は私に……。
私は左手小指につけている、母の形見の指輪をさすったのだった。
※ ※ ※
エルフィンド城に到着すると、私はすぐにアレクシオ王子の部屋へと呼ばれた。
特別な人しか入ることが許されていない王子の私室……。
中に入ると、どうしてもあの時のことが思い出される。
この部屋で、王子は私にキスをして「さよなら」と言った……。
「アリアさん、なぜ急に姿を消したのですか?」
まさか私の正体がバレそうになったからだなんて、言えるわけがない。
なので、理由は告げずに短く答えた。
「申し訳ありません」
「私の命は長くない。だからもう、自分の気持ちを隠さずに言うよ。アリアさんが姿を消し、何かあったのではと思い、私は夜も眠れないほど心配していたんだ」
もう命は長くない……。
「こんな身体でなければ、私は絶対にアリアさんを離さないのに……」
嬉しい推しの言葉だった。
けれど、私の正体がアメリアだと知ったら、王子は今と同じ言葉を私に掛けてくれるのだろうか。
掛けてくれるわけがない。
王子はずっと私のことを嫌っていたのだから。
ミランダ王妃が無理に決めた婚約を、王子はずっと解消したいと思っていたのだから。
「今日はアレクシオ王子に、ある『おまじない』をしたくて、ここに戻ってきました」
「おまじないですか?」
「はい」
私は上着の左ポケットから、慎重に呪いの橋渡しを取り出した。
「これから、呪いを消すおまじないをしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「……もちろん構いませんが」
「では」
私はアレクシオ王子に近づくと、彼の左手を取った。
「指を伸ばしてください」
「こうですか」
伸びた王子の人差し指に、私はそっと魔道具の指輪をはめてみた。
指輪の使い方については、ファン王子から教わっている。
まず初めに、呪われてる人に指輪をはめる。
次に、呪いを移したい人にその指輪をはめる。
これだけだった。
ただ重要なことは、呪いの橋渡しは一度しか使えないことだ。一度使ってしまったらこの指輪はただのガラクタになってしまう。
そして呪いを移された人は、もう二度と誰にも呪いを移すことができなくなってしまう。
つまり、移された側は、必ず呪い殺されることになる。
呪いの橋渡しをはめた瞬間、王子の顔が歪んだ。
「王子、何か身体に変化はありますか?」
「頭の中に電流が走ったような気がします」
私は王子の指から、指輪をそっと抜き取った。
「これで王子の呪いを取るおまじないは終了です。」
そう言いながら、指輪は上着の左ポケットに戻した。
「いったいその指輪は何なのですか?」
「単なるおもちゃの指輪です」
呪いの橋渡しのことについては説明しないでおこうと最初から心に決めていた。
もし王子の呪いが解けたとしても、実は移された相手が死んでいたと知ったら、決して良い気はしないだろうから。
それに、この後どうするかは、まだ決めていない。
指輪を他人にはめさせるということは、殺人を犯しているのと同じことなのだから……。
ただ、一つ言えることは、もう残された時間が少ないということだ。
こうしている間にも、王子は呪い殺されるかもしれない。
それと、私がアメリアだと暴かれるのも時間の問題……。
私が死刑となる瞬間も、刻々と迫ってきている。
このあと、私のできることといったら、またどこかに逃げることくらい……。
もう、本当にアレクシオ王子と会えるのは、これが最後になってしまう気がしてきた。




