ファン王子のお礼
「アンコロ?」
ファン王子が首をひねり、何か思い出そうとしていた。
「ロゼ、もしかしてアンコロというのは、お前の呪いを解いたという魔法使いのことか?」
「そうよ。この声に間違いないわ」
ファン王子はあ然としながら私を見た。
「お前の本当の名前は、アンコロというのか?」
「え、あ、あだ名です。なので、そう呼ばれるときもあります」
「それで、妹の呪いを解いたというのは、本当か?」
もう、これ以上嘘をつき続けられる雰囲気ではなかった。
「……はい。でも、たまたまうまくできただけなのですが……」
「たまたまですって!」
声を張り上げたのは、マリアーヌだった。
「この嘘つき女が! 呪いを解くなんて、簡単にできることではないのよ! 伝説の大聖女にでもなったつもり!」
「……」
「ファン王子、だまされてはいけません。この女はロゼ様をたぶらかしているだけです」
「確かに……。国中の、いや周辺国を含めた名だたる魔法使いたちでさえ妹の呪いを解くことなど誰もできなかった。それを、この女はたまたまできたと言っている。そんな言葉、すぐに信じろと言っても信じられることではない……」
「ロゼ様の目を治したのは、この私よ。アンコロだかなんだか知らないけど、たいした魔法も使えないあなたが、できるようなことではないのよ!」
「あのー」
申し訳なさそうな顔で口を挟んできたのは、アレクシオ王子補佐官のシビルだった。
「アリアさんのお力を見誤れているようですのでお伝えしておきます。この人は、瘴気をも浄化させる偉大な魔法使いですよ」
「えっ?」
「デタラメよ! 瘴気を浄化なんて、大聖女にしかできないことなのよ!」
「デタラメではありません。アレクシオ王子に確認していただければわかることです」
「先ほどからアレクシオ王子の名前が出ているが、このアリアという女は、アレクシオ王子と知り合いなのか?」
「知り合いもなにも、王子の婚約者でございます」
「……」
私は婚約者ではないのだけれど……。
抱きしめられて、さよならと言われたし……。
でも、そんなことを言うと、話がますます複雑になりそうだったので、じっと黙っていることにした。
「はあ? 婚約者ですって? この年増女がアレクシオ王子の婚約者ですって!」
マリアーヌはそう息巻いていたが、ファン王子は青ざめた顔をして私を見つめていた。
「黙れマリアーヌ。……そういえば、王国には、ミランダ王妃を助けた奇跡的な力を持つ魔法使いがいると聞いたことがある……」
「それもアリアさんです」
シビルが、なぜか自慢げに言っている。
ロゼも嬉しそうな顔をしながら話し始めた。
「アンコロさんの魔法はすごいんだよ。体の中がすごく気持ちよくなって、そしたら急に、目の中に光が入ってきたの」
「……妹の呪いを解いたのは、アリアさん、あなただったのか……」
「でもね」
ロゼは不思議そうに私を見た。
「アンコロのお姉ちゃんは、21歳だったはずなんだけど……」
……また、ややこしい話に戻りそうだった。
けれど、今度はファン王子の言葉に救われた。
「歳などは、どうでもいい。誰がロゼの目を見えるようにしてくれたのか、それが分かれば充分だ」
そしてファン王子は、予想外の姿を私に見せた。
「何をなさるのですか」
王子の姿を見て、思わず宰相のアブドルが声を上げたほどだった。
なんとファン王子は、両ひざを床につけると、そのまま自分の頭を深く下げ始めたのだ。
「どうか俺を許してくれ。アリアさんに対する無礼の数々、大変申し訳ないことをした」
私は当然ながら、王子の姿にびっくりし、慌ててこう言った。
「あ、頭をお上げになってください」
「いえ、ロゼの恩人であり、しかもアレクシオ王子の大切なお方に対して、俺はとんでもないことをしてしまった……」
ファン王子は、決して頭を上げようとはせず、隣に立つマリアーヌに告げた。
「お前もアリアさんにしっかりと謝るんだ!」
だが、マリアーヌは不満げに答えた。
「私は謝らないわよ。何も間違ったことはしていないもの」
「無礼な言葉遣いをしていただろ」
「自分の気持ちを正直に述べただけです」
「そうか……。だったら仕方がない。マリアーヌは強制労働に赴いてもらうしかないな」
「強制労働ですって! たったこれだけのことで、どうしてそんな大げさなことになるのですか!」
「これだけのことだと! アレクシア王子の婚約者を侮辱するなど、許されざる行為だ。お前はまだわからないのか? これは、ネリ公国の存亡にも関わる大問題なんだ!」
「嫌よ! 強制労働なんか絶対に嫌!」
「だったらアリアさんにしっかりと頭を下げ、お許しを乞うんだ。お前が謝らないのなら、俺はお前を罰するだけだ」
マリアーヌは唇をかみしめ、悔しさいっぱいの顔をしている。
「……すみませんでした」
マリアーヌの、蚊が鳴くような声が聞こえてきた。
「しっかりと、膝をついて謝れ!」
ファン王子のイラついた声が響いた。
マリアーヌは、顔を真っ赤にしながらその場に膝をついた。
そして唇を震わせ、こう言った。
「アリア様、申し訳ありませんでした。どうか愚かな私をお許しください」
しばらくの間、沈黙が流れた。
そして、ようやくファン王子が顔を上げた。
「どうだろう。これで許していただけないだろうか」
私はすぐに答えた。
「もちろん、お許し致します。ですから、どうぞお立ちになってください」
王子は立ち上がると、私の目を見つめた。
「ありがとう。アリアさんの寛大なお心に感謝します。では、次はロゼに対するお礼をさせてほしい。俺にできることなら何でもする。何が欲しいものを言ってくれ」
「別にお礼はいりませんが、気になることがあります」
「なんだろうか」
「どうしてミレーヌ聖女が、この国から追い出されるようなことになっているのですか?」
「それは……、私が愚かだった。もちろん発言は撤回する。許してくれミレーヌ」
そう述べた時のファン王子の視線が、ほんのわずかだがマリアーヌに向けられたのを私は見逃さなかった。
マリアーヌは、冷や汗をかきながら下を向いていた。
その一連の行為で、誰の望みでこんな話になったのかは、充分すぎるくらいに掴むことができた。
ファン王子は言葉を続けた。
「このまま何もお礼をしないのであれば、俺には立つ瀬がない。頼む、何か欲しいものを言ってくれ」
「それでは……」
私はずっと頭にあった物を、思い切って言ってみた。
「呪いの橋渡しが欲しいです」
思い切って言った私の願いに対し、ファン王子は即答した。
「……わかった。ロゼの目が治れば、俺にあの魔道具はもう必要ない。アブドル、至急持ってこい!」
王子の言葉で、アブドルは走って部屋を出ていった。
そして、5分もたたないうちに息を切らしながら戻ってきた。
「王子、こちらです」
アブドルは、手に持った指輪を爆発物でも扱うかのように、そっとファン王子へと渡した。
王子は受け取った指輪を、リングの輪の中に自分の指を通さないように注意しつつ、慎重につまんだ。
「知っていると思うが、この魔道具の取り扱いには充分に注意してほしい」
そう言いながら、王子は私の手のひらに『呪いの橋渡し』をゆっくりと置いた。
「ありがとうございます」
私は、そのまま指輪を上着の左ポケットに入れた。
これで、アレクシオ王子の呪いを解く道が開けたわけだ。
けれど、まだまだ乗り越えなければならない問題がある。
指輪を使い、王子から呪いを移された人物は、その後必ず死んでしまうのだから……。
安易に、この魔道具を使うことなどできない……。
そう考えているとロゼが話しはじめた。
「アンコロお姉ちゃん、このままエルフィンド王国に行っちゃうの?」
私がミレーヌ聖女に顔を向けると、彼女は小さく頷いた。
エルフィンド王国の結界を破れたままにしておくわけにはいかない……。
私は、うつむき加減のロゼに答えた。
「うん、ちょっと用事ができたの」
「そうなんだ。寂しいな」
ロゼはそう言うと、ファン王子に向ってびっくりするようなことを話し始めた。
「お姉ちゃんにはね、エルフィンド王国に推しがいるのよ」
「おし?」
ファン王子は、何のことだかわからない様子だった。
「お姉ちゃんはね、その人とキスをしたんだって、それに、それ以上のことも……」
「し、してません」
私の血液は逆流し、めまいを起こしそうになってしまった。心臓がドキドキして、体中が熱くなってきた。
「お姉ちゃんの推しって、アレクシオ王子なの?」
「……」
肯定することも否定することもできなかった。
なぜなら、どちらの答えでも推しに失礼な気がしたから……。
「アレクシオ王子と……。キス……。それ以上のこと……」
気がつけば、シビルが虚ろな目でそう呟いていた。




