瘴気を浄化する
「こちらです」
通された部屋は、王子の寝室に通じる控えの間だった。
王宮医師団が立ち並ぶ中に、聖女セレナの姿もあった。
「何しに来たの!」
セレナは私の顔を確認すると、冷たく言い放った。
「王子が倒れたと聞きましたので……」
「あなたなんかの出る幕じゃないのよ。さっさと帰りなさい」
セレナのきつい言葉の中、王子の寝室からミランダ王妃が姿を見せた。
「アリアさん、ありがとう。来てくれたのですね」
「いったいアレクシオ王子に、何があったのですか?」
「それが……」
王妃が悲しげな顔をした。
「息子は、どうやら瘴気に侵されているようなのです」
「瘴気に……、なぜ?」
「なぜだかは分かりません。急にこんなことになってしまったのです」
聖女セレナが、話に割り込んできた。
「分かったでしょ。瘴気は、聖なる力も持っていないあなたが扱えるような代物ではないの。邪魔だから帰ってちょうだい」
あまりの言いように腹が立った私は、こう言い返してしまった。
「それではセレナ様は、どうしてご自分の聖なる力を使って、王子を助けないのですか?」
「なんですって!」
セレナは、唇を噛み、私を睨みつけてくる。
「私の手にかかれば、瘴気など簡単に浄化できるのよ。けれど、今は本調子でないだけ!」
そんなセレナの言葉を受けて、後ろに並ぶ王宮医師団たちがささやき始めた。
「セレナ様に対して、なんて失礼な……」
「あの女は、たまたま王妃を救っただけなのに調子に乗って……」
「しかも、王子を助ける気でいるわ……」
「いい笑いものになるだけよ。セレナ様でもできないことが、あの女にできるわけがない……」
王宮医師団の面々は、全員が聖女セレナの味方のようだ。
おそらく、セレナのお気に入りが集められているのだろう。
「さあ、アリアさん、お願い」
王妃の言葉でアレクシオ王子の寝室へ向かった時だった。
「待ちなさい」
またセレナの声だ。
「あなたに引っ付いてきている、その若い男は誰なの」
「私の弟です」
「弟ですって?」
セレナはゼノンに近づきながら、じっと彼の顔を見つめていた。
「なるほどね。本当に弟なのかどうか、調べ甲斐がありそうだわ」
曲がりなりにもセレナは聖女である。
その聖なる力で、ゼノンから何かを感じ取ったのかも知れない。
こんなことを言われるのなら、ゼノンを連れてくるべきではなかったかも……。
不吉な思いを抱きながらも、私は王子の寝室へと入ったのだった。
※ ※ ※
王子の部屋に入った瞬間、不思議に思うことがあった。
私と王妃以外に、王子の部屋には誰もいなかったからだ。
そういえば、心当たりがある。
瘴気は他人にうつるとも言われている。瘴気は空気の中を漂い、風邪のように近くにいる人に感染するという説がある。
なので、誰も王子の部屋にいないのは、感染を恐れてのことなのだろう。
けれど、それは単なる迷信で、実際には感染することなどない。
王宮医師たちは、その単なる迷信に惑わされて自分を守るあまり、誰も王子に近づこうとしないのだ。
分かっていることだったが、私は王妃に確認してみた。
「聖女セレナは、アレクシオ王子の瘴気浄化を試みたのでしょうか?」
「いえ、今の私の魔力では無理だと言って、決してこの部屋に入ろうとしませんでした」
やっぱりそうだ。
私はベッドサイドまで来ると、アレクシオ王子の顔を覗き込んだ。
王子は苦しそうに顔歪めており、目はきつく閉じられていた。
「アレクシオ王子」
そう声をかけると、王子は顔を歪めながらもその目を開けた。
「もう大丈夫ですよ」
私は王子を安心させるために、咄嗟にそう言った。
ふと、魔の森で男の子を救った時の記憶がよみがえった。
あのときも、少年に「大丈夫」と言葉をかけたような気がする。
当時6歳だった私は、簡単に瘴気を浄化できたけれど、今も同じことができるかどうかはわからない。
何しろ、かなりのブランクがあるのだから。
だから、「大丈夫」という言葉は、王子だけでなく、私自身を落ち着かせるための言葉でもあった。
王子は苦しそうな顔をしているが、目はしっかりと開き、私の顔を見続けている。
私は左手の小指にはめていた魔道具の指輪を外した。
そして、自分の両手を王子の胸に当てた。
瘴気は、初めに肺を侵すといわれている。なので、まずは肺を浄化することが先決だった。
指輪をポケットに入れると、徐々にだが、私の体の中で魔力の風が流れ始めた。
その魔力を両手に集中させると、私の両手は白く輝き始めた。
そのまま魔力を溜め込んでいくと、白い光は私の全身に広がった。
横たわったままの王子は、そんな私の姿を、じっと見つめていた。
お願い、うまくいって!
心のなかでそう叫びながら、王子の胸に当てた両手に魔力ため続ける。そして、そのまま王子の体へと魔力を注ぎ込みはじめた。
そうしてしばらくの間、昔の記憶を頼りにしながらも、浄化に特化した魔法をかけ続けていると……。
徐々にだが、苦しく歪んでいた王子の顔が、明らかに変化してきた。
いつもの、超絶イケメンに戻ってきている……。
「アレクシオ!」
王子の変化に気づいたミランダ王妃が声を上げた。
「母上」
「アレクシオ、また声を出せるようになったのね!」
「はい……」
「どうなの、もう苦しくはないの?」
「大丈夫です。苦しかった靄が一瞬で消えてしまいました。まるで別世界に来た気持ちです」
それから王子は、こう付け加えた。
「昔と全く同じことが、私の体で起こっています。なので、もう大丈夫です」
「アレクシオ! よかった! 奇跡だわ! これは間違いなく奇跡よ!」
ミランダ王妃の声は明るく、喜びであふれている。
うまくいったわ!
私は心のなかで安堵し、そっと王子から離れた。
そんな私を、王子は放心したような顔で見つめてきた。そしてこんなことを言ってきたのだ。
「アリアさん、私を魔の森で救ったのは、あなたなのですか?」
「えっ」
その通りだが、そう答えるわけにはいかない。
「そんな……、そんなこと、ありえません」
「けれど……、アリアさんの治癒魔法を受けている時、その魔力が森で出会った少女と全く同じ種類のものだと分かりました。魔力の感じ方は、人によって微妙に違うものですが……。あなたの魔力とあの時の少女の魔力は、なぜか全く同じものでした」
「王子、魔の森での出来事は、15年も前のことですよ。記憶違いだと思います」
「そうだろうか……」
「そうに決まっています。私は王子より10歳年上です。私が魔の森で王子を助けたなんて、ありえないことです」
「アリアさんは、年齢をごまかしていませんか?」
「えっ……」
かなりまずい展開になってきている。
私は、自分の動揺を王子に悟られないために、黙り込むことしかできなくなっていた。
すると、ミランダ王妃が助け舟を出してくれた。
「何を言っているの。アリアさんが年齢を誤魔化しているわけないでしょ。女性はね、若く言うことはあっても、年上に誤魔化すことなどないのよ」
「そ、その通りです」
私はヒヤヒヤしながら王妃の言葉に同意したのだが、王子は完全には納得していない顔をしていた。




