王子が倒れた
(アメリアside)
ミレーヌ聖女の言葉が、頭から離れなかった。
「あなたのお母さんは、とても優秀な魔法使いだったのよ」
どういうこと?
母のソフィアが、魔法使いだったなんて。
母は魔法が使えなかったはず
魔法の使えない母は、私の魔力に嫉妬して、魔道具の指輪を使って、私から魔法を奪ったはずなのに……
母が魔法を使えるのなら、どうして使えないふりなどしていたのか。
そして、どうして自分の娘である私の魔法を封じたのか。
いくら考えても答えは出なかった。
ミレーヌ聖女と、また会いたい……。
会って、母のことを色々聞いてみたい。
窓の外を見ると、空はどんよりとした雲に覆われ、午前中だというのに、日が沈みかけた夕方のように暗い。
しばらく、外を眺めていると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。
その音はこちらに向かってきており、周囲が騒がしくなり始めたと思ったら、立派な馬車が私たちの住む家の前で止まった。
前にも同じ事があったので、どういう状況なのかは予想がつく。
また私を……、きっとまた王宮からの使いで、アリアを迎えに来たのだ。
その想像は当たった。
ドアの呼び鈴がなり、そっと外を覗くと、アレクシオ王子の補佐官であるシビルが、落ち着かない様子で立っていた。
「ゼノンごめん、まだ老け顔に変装できていないから、代わりに用件を聞いてくれる。そして、できるだけ時間を稼いほしい」
「分かりました」
ゼノンが玄関に向かうと、私は大慌てで老け顔メイクを行った。
もう何度もやってきたことなので、変装も慣れたもの。
以前の三分の一ほどの時間で、私はアメリアからアリアへと姿を変えることができた。
仕上げに白髪混じりのかつらをつけ、洒落っ気のない黒縁メガネをかけた時だった。
うまく時間を稼いでいたゼノンが、部屋へと戻ってきた。
ただ、戻ってきたゼノンの言葉は、予想外のものだった。
「どうも王宮で、アレクシオ王子が倒れたらしいです」
「えっ?」
「命が危ない状況だそうです。アリア様に助けて欲しいと、アメリア王妃からの直々の願いで来たと言っていました」
王妃の命を救った私に、白羽の矢が立ったのだろう。
「それなら、急いで行かなければ」
「いいえアメリア様、行かないでください。身の安全のためにも、王子と会わないほうがいいに決まっています。昨日も話し合って、王宮にはもう行かないと決めたばかりではありませんか」
「そうだけど……、放っておけないないわ」
「アレクシオ王子は、アメリア様を捕らえて処刑しようとしている人物ですよ。そんな男、死んでしまったほうが、こちらには都合がいいのです」
確かにゼノンの言葉には一理ある。
けれど……。
「ゼノン、やっぱり死にかけている人を放っておくわけにはいかないわ」
アレクシオ王子は、私の推し。
推しを守るのは、私の使命であり、生きがいなのだから。
「けれど……、ご自分の命の危険を晒してまで……。アメリア様には、ずっと長生きをして、幸せな人生を送っていただきたいのです」
「ありがとう。もちろん自分の命を無駄にするようなことはしない。だから安心して待っていて」
「……どうしても王宮へ向かわれるおつもりなのですね」
「ええ」
「でしたら、どうか僕も一緒に連れて行ってください。何かの時は、僕の命に代えてでも、アメリア様をお守り致しますので」
僕の命に代えてでも……、アメリア様をお守り致します……。
また、映画のようなセリフを言われてしまった。
年下の男の子に真剣な顔でこんなことを言われると、正直ドキッとしてしまう……。
でも……、本当にいざという時、命をかけてくれるのかしら……。
不謹慎にもそんなことを考えてしまった。
「分かったわ、ゼノン。では一緒に行きましょう」
外に出ると、すでにシビルが客車のドアを開け、寒空の中でじっと私を待っていた。そして私たちがすばやく客車に乗ると、馬車は大急ぎで王宮へと向かった。
※ ※ ※
客車の座席には、私とゼノンが並んで座り、向かいに補佐官のシビルが座っている。
なぜかシビルは、ゼノンのことを気にしているようで、何度もチラチラと目をやっていた。
いったい何をそんなに気にしているのだろう。
そう思っていると、シビルは私に対し、こんな言葉を口にし始めた。
「アリアさんに、これを受け取っていただきたいのですが」
シビルはそう言って小さな箱を私に差し出してきた。
「何ですか?」
「私の、アリアさんに対する気持ちです。ぜひ受け取ってください」
私に対する気持ち?
そう思いながら小箱を受け取ると、その蓋を開けた。
「何ですかこれは!」
箱の中には、小さな宝石がついた指輪が入っていた。宝石は色からして、ルビーに間違いなかった。
「私のアリアさんへの気持ちです」
シビルは同じ言葉を繰り返した。
それにしても、この国で男性から女性にルビーを贈るということは……。
「シビルさんが、私にですか? シビルさんが私にルビーの指輪をプレゼントするというのですか?」
なにかの間違いだと思って、念入りに確認した。
「はい、その通りです」
「ちょっと待ってください」
そう言いながら、私はもう一度箱の中身を確認した。
何度見直しても、間違いなくルビーの指輪が入っていた。
そういえば……、アレクシオ王子がこんなことを言っていたのを思い出した。
「シビルはアリアさんのことが好きだ」と。
けれど私は……。
正直言って、こんなおじさんに興味はない。
見た目も年齢も、私の範疇からは大きく外れている。
それに、私の推しはアレクシオ王子ただ一人……。
「申し訳ありませんが、これは受け取れません」
「あなたにご迷惑をおかけするつもりはありません。単なる私の気持ちですから受け取ってください」
こういうときは、はっきりと気持ちを伝えるべきだと思い、私は簡潔に述べた。
「ごめんなさい。受け取れません」
そう言いながら、指輪の入った小箱をシビルへぐっと押し返した。
するとシビルは残念そうな顔をして、返品された小箱を受け取った。
それにしても、王子が死にそうだという時に、この補佐官は何をしているのだろうか。
これからも、この冴えない中年には、変な勘違いをされないように、気をつけなければ……。
そう思いながら、私はその後、客車の中で無言を貫き通した。
本当のことを言えば、シビルには王子の状況など、いろいろなことを教えてもらいたかったのだが、こんなことがあった後では、聞くに聞けなくなってしまった。
そんな沈黙の時間が続くと、やがて馬車はエルフィンド城へと到着した。




