第6話「難民街へ行こう」その②
1
『でも、本当にいいの?マリーカには黙って来ちゃったけど…。』
こころは懸念を表するが、リアは全く問題ないという態度であった。
「良いんだよ。どうせ面倒事になるし…。こんな所にWFUの軍人が居るのがバレるとろくな事が無いからな。」
あの許可を貰ってから翌朝、リアは早速難民街へと出発した。茉莉花には3日後に行くと伝えていたがそれは真っ赤な嘘であり、これは昨日立てた計画通りであった。
こころを自宅に待機させ、リアは保護施設周辺の街からタクシーを拾う。乗り込んですぐ身振り手振りで場所を伝えたが、英語が話せない運転手に苦労する羽目になった。
紆余曲折あって、なんとか伝えたものの、運転手は難民街の近くに行くことすら嫌がっており、常に「アイキャンノット」と言うばかりであった。こころが機転を利かして難民街の近くの駅に行くようにリアへとメッセージを送ってもらって、それを運転手に伝えたお陰でなんとか付近まで辿り着くことが出来た次第である。結構金は掛かったものの、リアにとってはどうでも良かった。
駅舎に着いたあと、胸ポケットに忍ばせた小型カメラのチェックを行う。これは、こころの為にリスクが作ってくれたものであり、小型カメラながら高画質で映像も滑らかという、非常に優れたものであった。リアはこれを受け取ったとき、犯罪に使ってないだろうな、などと一瞬心配になったものの、かなり便利なものであったために指摘することはなかった。
「どうだ?カメラの調子は」
『凄くいい!外でも大丈夫そうだよ!』
「そいつは良かった。これで私は第三の目を手に入れたって訳だな」
『え…?』
こころには、リアのこのコメントの意味が分からなかったようだった。
カメラチェックのついでに周囲を確認する。しかし、この駅周辺のエリアでは彼女たちの想像と全く違っているようだった。駅舎も最近建てたばかりであり、街は人通りも多く、それでいてゴミが落ちている様子もなく、清潔で綺麗であった。というより彼女たちが住んでいる施設の近くの街よりも綺麗と言っても過言ではなかった。この場所では難民街の風評は全く感じられないのだ。
「しかし、ここはやけに普通の住宅街だな。確かに外国人の姿は多いけど…。まだ難民街じゃないのか?」
『ここは元々工業が盛んな地域なんだって。だから、その工場で働いている人も多いんじゃないかな。』
「ふーん」
こころと会話しながら数キロ先の難民街へと歩いていく。しかし、行くにつれて段々と雲行きが怪しくなっていった。まず人通りが消え始め、次に擁壁や橋などの建造物に落書きが目立つようになり、打ち捨てられた家が増え、不法投棄されたゴミが片付けられずに道端に放置されていたのもあった。どうやら難民街周辺では公共サービスが行き届いていないという話は本当だったようだ。
「なかなか荒れてきたな、そろそろ盗賊とエンカウントしそうだ」
『盗賊…?』
そんな事を言っていると、リアは一つの公園へと辿りついた。そこには、3人のおそらく難民達がドラム缶で起こした焚き火の前で、キャンプ用の椅子に座りながら談笑しているようだった。リアはこの街について、彼らに聞き込みをすることにした。
2
彼らは五十から六十歳ほどの男たちであった。恐らく彼らは公園内にあるテントで暮らしていると思われるが、野外生活ながら特に汚い身なりというわけではなかった。手前の2人はフレンドリーに接してくれるが、奥の男は爬虫類のような目をして、ずっと黙ったままこちらを凝視しているだけだった。
「おや、こんなところに姉ちゃんかい」
「やあ、ちょっとアンタ達に聞きたいことがあってね」
「なんでも聞いてくれ。オレたちゃ、暇なんだよぉ…」
難民街について実際の評判を知りたかった事もあり、リアは直接聞いて回りたかった。こころはリアのその考えを汲んで、不安な気持ちを抑え込み、邪魔にならないように敢えて何も喋らず、固唾を飲んで見守った。
「この街には難民が住んでるんだろ?そこで色々とはな…」
「難民。難民街…!そこは危険だ!」
「そんな事は知ってるよ」
そんなやり取りをしていると、突然ずっと黙っていた奥の男がリアに喋りかけてきた。
「あぁ…、あぁ!俺なら安全なルートを知ってるぞ!」
「ほう?」
その男は、笑っているのか笑っていないのか分からないような表情で、リアにアピールする。その開いた口からは、二本の金歯が覗いていた。しかし、リアは奇妙な事に気がついた。
(妙だな…?このジジイが喋り始めたら2人が黙って視線を落としたぞ?)
あれだけフレンドリーに接していた男たちが、今度はさっきまでの奥の男のように黙り込んでしまったのである。リアは警戒度を強めた。
「なら案内してくれよ、爺さん。チップを弾むからさ」
「そんなもんいらねえよ。あんたみたいなべっぴんさんにはな。ふひひ…」
そんな様子を見ていたこころは、流石にこの雰囲気の悪さにかなりの不安を覚え、思わずリアに伝える。
『リア、大丈夫なの?この人に着いていって…』
しかし、リアは何も答えなかった。
3
明らかに向かう先は、人目につかない奥地の奥地であった。そこに至るまでの道が奇妙だった。曲がりくねっていたり、道幅が広がったり狭まったり、挙句の果てにはコンクリートが剥がされ、地面に敷設されていた配管が剥き出しの場所まであった。どうやらこの道は難民たちが住居を建築し続けた結果、出来た細い隙間が元になっているようだった。しかし、そんな状況を全く気にすることなく男は先へと向かっていく。次第に道は日光すら届かない場所になっていった。
「こんな所に行くのか」
「あぁ、こっちだ。こっちに物知り案内人がいるぞ。」
(案内人…?)
男がそんな事を言い始めた途端、急に走り出す。リアも彼を追いかけるが、建物に囲まれた、やや広い空き地へと出た。他に道がなくここが終点のようだった。空き地には多くの投棄された家具が散乱し、そこには十人ばかりの男たちがいた。男が彼らの方に走った後、ボロボロのソファに座っていたその集団のリーダーらしき男に耳打ちをする。その後、リーダーは立ち上がり、下品な笑い声を上げながらリアに話しかけてきた。
「ヘヘヘ…、こんな所に来てどうしたんだい、お嬢ちゃん。」
「アンタが案内人?ガラが悪いな。」
『リア!はやく逃げないと!…!?』
こころは、この男に見覚えがあった。以前、ルカ達を襲っていた連中の指示役だった。
『あっ!!』
「あっ、…テメェは!」
「おや」
リーダーはリアを見た瞬間、彼女からJudoを受けて腰を痛めた記憶が鮮明に蘇る。すると、沸々と怒りが湧き上がる。彼はあの一件が原因で、コルセット(※1)なしではいられない体になってしまったのだ。
「お前、あんときは随分とやってくれたじゃねえか。あぁ?」
男は全身の血管が浮き立つほど頭が沸騰していた。それを見て、周りの仲間達はどよめく。しかし、リアは空気を読まずに質問を投げかけた。
「…アンタ、誰?」
「忘れたとは言わせねえぞ?テメエ、俺をぶん投げてくれたじゃねえか…!たっぷりと落とし前をつけさせて貰わねえとなぁ?」
「うーん…。」
『以前ルカを襲った敵の一人だよ!』
「え…。ホントに誰だっけ。」
この言葉で遂に限界に達したリーダーはならず者の仲間達に対して、張り裂けんばかりの大声で命令する。
「…このガキを殺せ!!」
「簡単に言ってくれるぜ。」
リアはそう吐き捨てる。
しかし、五人の男たちが猪突してリアに差し迫る。ただし、このような相手はリアにとってはお安い御用であった。
リアは落ちていた空きビンを拾い上げ彼らに向かってあえて走り出す。そして、まず手前のナイフを持った相手。突き刺そうとする動きに対してフェイントを掛けて回避、そのまま空き瓶を頭に当てノックアウト。
続いて鉄パイプを持った相手はバットのようにスイングしようとしたが、使い慣れないのかヨロヨロのヘロヘロスイングであった。次にそのパイプを振り下ろそうとしたが、その前に顎に膝蹴りを喰らいノックアウト。
リアは鉄パイプを回収し、メリケンサック(※2)を持った相手と対峙する。しかし、最初の二人があっさりと倒された影響でかなり警戒して近づいて来ない。そこでリアは鉄パイプを投げつける。鉄パイプは男の腹に命中し、男は苦痛に悶えた。すると四人目が近づいてくるも、何も武器を持たず、ただ突撃してくるだけであったので、リアは彼女に照準を合わせた拳をすんでの所で躱し、そして腕ごと引っ張ることによりバランスを崩させて、その勢いのまま三人目の方へと投げつけた。二人は積み上げられた二枚のパンケーキのようになり、ノックアウト。
そしてリアは無造作に転がっていた六メートルほどの縄を拾い上げ、五人目へと近づく。男は先ほどリアが一人目を倒す際に使った、割れた空き瓶を拾い上げ、それで抵抗しようとする。しかしリアは罠を張った。男が空き瓶を拾い上げている最中に、縄を輪を作るように地面に投げた。
そして男がリアに空き瓶を突き刺すような攻撃をしようと突進を誘発させた。すると男は誘われるように罠へと足を踏み入れてしまった。その瞬間、その縄を漁で網を引っ張るかのように引き上げると、男は後ろに頭から転倒してしまう。
「縄も使い方によっては立派な武器になるんだよ。」
男は幸い、下にあった、柔らかいゴミで詰まった袋がクッションとなり、後頭部強打せずに済んだ。しかし、間も置かずリアの足が襲いかかり顔面を強打。結局ノックアウトされた。
この間、わずか三十秒弱の出来事であった。味方がゲーム感覚で処理されていく光景を見たならず者の仲間たちは、怯えてリアに微塵も近づこうとしない。しかし、リーダーはまだ諦めておらず、最後の切り札を隠し持っていた。
「う、動くなよ!こっちには銃があるんだ!」
リーダーはリボルバー型の拳銃(※3)を震えた手でリアに向ける。リアも一瞬身構えたが、すぐに余裕の態度に戻り、彼を嘲笑うかのごとく、冗談を飛ばした。
「ふん、ダーティハリーごっこかよ?」
「こっちに来るな。撃つぞ!」
「じゃあ撃ってみろよ。ホラ。予告してないでさ。おいおい、どうした?」
(まるでリアが悪役みたい…。)
リアのあまりの余裕の態度に、流石にこころも困惑していたようだった。そこでリアはヒントを彼女に小声でつぶやいた。
「こころ…気がついたか?」
『え…?なんの…、あ!』
銃口に、なにやら金属の仕切りがうっすらと見えた。実はこの銃はモデルガン(※4)なのである。リアはもちろん、銃の知識に乏しいこころでさえ見破られるモデルガンの構造を、リーダーは分かっていなかったのである。
「…クソッ!」
リーダーは偽物だとバレたと思ったのか、その銃をリアに投げつけて、その場から逃走する。彼が逃げるとその仲間たちも、倒れている5人を抱えてリーダーの後を追うように逃げていった。
「モデルガンと実銃の違いすら分からないのかよ。素人がよ。」
リアは、ポツリと呟く。そして彼女は上を見上げ、大声をあげた。
「おい、あんたらは観戦料払ってくれるんだろうな!!」
『ひっ…。』
こころは、気付いた瞬間、心底震え上がった。
人。人。窓、ベランダ、屋上、どこを見ても人ばかり。いつの間にか、空き地の周りの建物には、大勢の人間が集まっていたのだ。
※1 コルセット…腰部や脊椎を支え、患部の固定や負担の軽減を目的として装着する医療用の装具。
※2 メリケンサック…拳にはめて使用する金属製の打撃武器で、拳の保護と打撃力の増強を目的としている。
※3 リボルバー式拳銃…弾薬を収める回転式の弾倉を備え、射撃動作に伴って弾倉が回転する構造の拳銃。
※4 モデルガン…実銃の外観や操作を模した模型銃で、弾丸を発射する機能を持たない。日本で販売される製品には、実弾の発射や改造を防ぐため、銃身内に「インサート」と呼ばれる金属製の仕切りなどが設けられており、金属製の拳銃型モデルでは銃身が完全に塞がれている。




