第6話「難民街へ行こう」その③
1
リアは難民街の空き地で、大勢の人々に囲まれながら一人立っていた。
そしてお互いを認識してから数十秒間、彼女と周りの人々は黙ったままであった。しかし、リアにはただならぬ空気が漂っていることに気づいており、警戒を解くことはなかった。
やがてその空気感を裂くように一人の男が空き地へと下りてくる。その男は30そこそこの年齢で、青いジャケットにオレンジのニット帽を被っており、アゴに無精ひげを生やしていたのが特徴的だった。リアの方へゆっくりと歩み寄り、瓦礫と土で築かれた小高い丘に立ち、リアを見下ろす形で話し始めた。
「お前、一体何者だ?」
「私はリア。ちょっとここには探し物をしに来たんだよ」
探し物と発言した途端、声が周りから色々と聞こえてくる。
「…住民の通報で呼ばれて来てみたのは良いものの、まさかこんな野蛮な争いが起きていたとはな」
「野蛮大いに結構。あいつらから襲ってきたんでね」
あえて言い返してみようとするリア。しかし、ニット帽の男はその発言を鼻で笑った。
「フン…」
一呼吸をおいて、男はリアに警告を発した。
「悪いが!この場所はお前みたいな危険な輩を許さないんだ。皆怖がってる。悪いことは言わない。今すぐ帰れ。」
「断る」
空気が硬直するほどの即答である。リアは、ここで引き返すわけにはいかなかった。
「帰れ!」
『リア!一旦帰ろうよ!』
男もこころも理由は異なるが、意見が一致したように聞こえる。だが、リアの心は決して揺らぐことは無かった。
「断る。何回言っても同じ事だぞ?」
彼女は二人に、これ以上の説得は無駄だと言わんばかりに、ぴしゃりと言い放った。
「…どうなってもしらないよ?」
男は笑い、手をポケットに突っ込んだままリアの元へ近づく。リアは戦闘になると思い、身構えた。
2
ゆっくりと接近していく男。しかし彼は突然立ち止まり、笑いを堪えている風であった。
数秒の硬直。リアがその姿に呆気に取られていると、突然四方から一斉に拍手が沸き起こった。
「!?」
気が付いたら周囲は敵対ムードどころか、歓迎ムードへと切り替わっていた。「ありがとう!」や「あんたはヒーローだよ、お嬢ちゃん!」との声も聞こえる。リアは、この雰囲気に唖然としていた。
「…悪い悪い、さっきのはちょっとした冗談だ。」
「は?」
リアにとっては気分の悪い冗談であった。周囲の人々はすぐさま帰ったのだろうか、さっきまでの騒々しさが嘘のように静寂が戻ってくる。どうやらニット帽の男の仲間の数人を除いて、するりと居なくなってしまったようだった。しかし、その空気を全く気にしない男がニコニコしながら喋り始めた。
「ようこそ、おれ達の難民街へ!おれはヴァン。このエリアの自警団の副団長を務めている」
握手を求めて手を差し出した。リアは彼を睨みつける。しかし彼は手を出し続けたために、リアは諦めてその握手にようやく応えた。
しかしリアは、あの行動に不満げであった。
「…その前にやることがあるんじゃないのか?もう少し笑える冗談にしろよ」
「あぁ、すまんすまん。実はちょっと試してたんだよ。お前、能力者だろ?」
「それで?」
「反応を窺ってたんだ。こうして脅せば、すぐ能力を使われたり、仲間を呼ばれたりするだろうとね。まさかお前一人が仁王立ちしてるだけだとは思わなかったけど。もし、オレたちの国の敵だったら困るんでね」
「国ね…。むしろあんたらの所から他の街にぞろぞろとチンピラが現れてるんだけど」
「ハハハ…」
ヴァンはその件にはあまり触れられたくない様子であり、すぐにその話題を閉じた。
「お詫びと言っちゃなんだが、案内してやる。どこに行きたい、遊園地か?」
「なら観覧車にエスコートしてくれ。ここの全景が見たいんだよ、園長」
「よし、分かった。観覧車は無いが、展望台ならあるぞ」
ヴァンは親指を立て、そのまま背後の道を指し示した。二人はその道に向かって、肩を並べて歩き出した。
3
二人は軽口を交わしながら、鉄骨階段を上っていく。やがて話題は、先ほどの騒動へと移っていった。
「…しかし、誰も助けてくれなかったから、まるでコロッセオの剣闘士(※1)の気分だったよ、見物人。剣闘士も、あんたらみたいなのは敵だと思っただろうね」
リアは嫌味を言い放ったが、ヴァンに悪びれる様子は無かった。
「悪いね。でもそりゃ、お前が強すぎるから変に手助けすると巻き添え喰らいそうだったんだよ」
「そんなに不器用に見えるのか?」
「よそもんは皆不器用さ」
(なんだそりゃ…)
八階分ほどを上り、頂上に辿り着きそうになると、ヴァンが一足先に駆け上がりリアを目的の所へ案内しようとする。
「そろそろだ。良い席に着かせてやる」
ヴァンに案内された先では、まるで展望台のように難民街を一望できた。
「ニューヨークは人種のるつぼって言われてるけど、違うね。こここそが人種のるつぼなんだ!」
自慢げに語るヴァンを尻目に、リアは目を細めながら、街の隅々へと視線を巡らせた。
南アジアの市場を思わせる露店街、南米のスラムのように密集した住宅街。その中には学校らしき建物がぽつぽつと点在し、子供たちが勉強に励んでいる。廃工場近くでは、石油製品を加工している青年ら。そして、彼らの近く、工場の屋上で、パルクール(※2)をしながら逃げ出したネコを追いかける3人の子供。そして大通りは、まるで観光客で溢れた繁華街のように、多くの人々で賑わっている。
その大通りでは、多種多様な人々がお互いに助け合い、楽しそうに暮らしている。それはまるで、別世界のような光景であった。
しかしリアは、この街の混沌とした構造に興味を引かれていたようだった。住宅、工場、学校…。それらはこの難民街全体に計画なしに無秩序に配置されているように見えた。そのため、リアが出した一番最初のコメントがこうだった。
「こんなところに居を構えたところで、随分と暮らしづらいんじゃないか?」
予想外の反応に思わずぎょっとしたヴァンであったが、副団長の矜持からすぐに気を取り直して、リアのコメントに答えようとした。
「住めば都だよ。元々は化学工場の敷地みたいだったが、会社が潰れたあとに工場はそのまま放置されたんだ。そのうち、近くの難民向け住宅やキャンプではまともに生活できなくなったんで、こっちに移住してきた訳だ。ここならちゃんとした家がある、モノもある、そして食い物がある。ただ、行政サービスもろくに無いし、治安を守ってくれる奴もいない。だから俺達が治安維持を担ってるってわけだ。」
リアは彼の答えに不満も満足もなかった。ただ気に入らない点はあるようだった。しかし、そんな様子は見せず、難民街の風景を眺めながら、こう軽口を叩いた。
「ふーん。ただ、そのまま自警団がギャングやマフィア化する例(※3)もあるけどな。」
「ハハ…。肝に銘じておくよ。」
(しかし、日本にこんな別世界が広がってるとはな…、そりゃこいつらも国を自称したくなるわけだ。)
そんな考えを巡らせていると、ヴァンは思い出したかのように少し慌て、下の階に居る仲間の方を見た。そして、リアにあることを伝える。
「ちょっと席を外す。仲間と情報を共有してくる」
「情報?」
「さっきのチンピラ達の情報さ。では失礼」
ヴァンは、その展望台から先に階段を降りていく。リアはその隙に、こころと再びインカムでコンタクトを取ろうとする。
「おい、こころ。さっきから黙ってばっかだな…。どうした?」
『…』
応答が無い。というより、こころとの通信が途絶えているようだ。思い返せば、こころが『一旦帰ろう』と言って以来、リアは彼女の声を聞いていなかった。
(もしかしてアイツ、マリーカに助けを呼びに行ったんじゃないだろうな…。)
ヴァンが居ないしばらくの間、こころとコンタクトを何度も取ろうとするも、彼女からは全く応答がなかった。やむを得ず、スマートフォンを取り出し、こころにメッセージを送る。するともうヴァンの足音が聞こえてくる。リアは敢えて隠さず、友達と連絡を取り合っている風を装った。すると、ヴァンから話しかけてきた。
「おい」
「ん?」
「そろそろ聞きたいんだが…、探し物ってなんだ?」
「あぁ。私はここに観光しに来たわけじゃない。サントスって男に会いたいんだ」
「サントス?確か…倉庫エリア監視部門の奴だったか?…おい!」
下の階にいる仲間の女性を大声で呼び、彼女に上へ来るように命じた。彼女は嫌々ながらも副団長の命令に従う。最上階まで上ってくると、すぐさまヴァンは質問をぶつける。
「お前、確か倉庫エリア担当だったよな?サントスって知ってるか?このコが会いたがってるらしい。」
「サントスですか、知ってますよ…。そういえばこないだ、彼、侵入者が現れたことを報告してましたよね」
「…侵入者?ああ、あの一件か。あれは不気味だったよな、カメラ壊した…」
話を遮ってリアは自身の目的を伝える。
「そう、その映像が見たいんだ…!サントスに会えば、それを見せてくれるって。”リスク”って言えば分かるはず。」
その名に二人は顔を見合わせた。どうやら心当たりがないようだ。
「…”リスク”?うーん。まあ、とりあえずセキュリティ室まで行こう。」
※1 コロッセオの剣闘士…古代ローマの円形闘技場コロッセオで、観衆の娯楽として武器を用いた戦いを繰り広げた人々のこと。
※2 パルクール…走る、跳ぶ、登るなどの動作を組み合わせ、周囲の障害物を越えながら効率的に移動する、フランス発祥の運動文化。
※3 自警団のマフィア・ギャング化…メキシコのミチョアカン州では、麻薬カルテルに対抗するために結成された自警団の一部が、後に麻薬密売や恐喝などに関与する犯罪組織へと変質した事例がある。




