第5話「動物とサイコと混沌と私」その④
1
「よくもまぁ…。あんな猛獣に立ち向かえるよ…。」
最初に屋上から降りた護衛官から、驚き半分、呆れ半分の一言。しかしリアは、その発言に不満げであった。
「おいおい、まずは感謝の言葉じゃないのか?」
「そうだね…、そうだった。我々を助け出してくれて感謝する。しかし、休んでるわけには…」
彼がそう言いかけたとき、リアが口を挟んだ。
「ちょっと待て。まず連れも呼ばないと。」
こころを電話で呼び出すと、すぐにリアのところへと駆け寄る形で合流した。彼女はリア達を心配げに見つめていた。
「大丈夫だったの!?」
「所詮、あいつらは獣さ。問題ないよ。」
リアはこころに笑いかける。そして、座り込んでいる3人の護衛官に視線を向けた。
「しかし、アンタらもライオンに襲われるなよな。ここはサバンナじゃないんだから。」
護衛官達はそんな冗談に乾いた笑いしか出なかった。
リア達が護衛官の手当をしていると、最初に下に降りた護衛官が2人の前に寄っていく。彼は他2人に比べ身だしなみはきちんとしており、青いヘルメットと防弾チョッキを着けているのも彼だけだった。
「さて、我々の事は分かっていると思うが…、日本からのアクアの護衛を務めているペレスだ。力不足でこんなことになって申し訳ないよ。」
と改めて謝罪する。
「そんなことより…、私たちはアンタらをずっと探してね。一体ここで何があったんだ?説明してくれ」
「さて、どこから話せばいいのか…。まずは、経緯からかな。」
一呼吸をおいて、今までの経緯を詳細に語り出した。
2
「…彼女は飛行機で日本にやってきてね。シンチトセ空港(※)からここへとやってきたんだ。そこからが我々護衛の任務で、特殊なルートから2台の護衛用のバンを用いて、彼女を保護施設へと送ろうとしたんだ。」
「随分と大仰だな。」
「そうなんだ。本来であれば、彼女の護送はこんな大掛かりじゃなくてね。そもそも普通の車で、なおかつ短期間で終わるはずだったんだが、その移送先の街の住民から、クレームが殺到したんだ。例の事件のせいで。」
「こないだの”きたのそら”事件の影響か…。」
あの事件の影響は、想像以上に大きかった。ラニーの暴走によって多くの人々が死んだという事実は、この国においても能力者の脅威に晒されることの証左となってしまったのである。住民が不安になるのも無理はなかった。リアはその事に苦虫を噛み潰す思いであった。
「あぁ…。だから、通常とは違って、Bランクの能力者は厳重に護送することになっていてね。それで…、おそらくだがアクアは不安がより一層増してしまったんだと思う。さらに最悪だったのが、前列の護送車が事故にあって、しかも死人が出たんだ、我々の目の前で…。そんな光景を見て、彼女は耐えられなくなったんだと思う。」
「その暴走は最初のうちに止められなかったのか?」
「目が青く光ってるのは早めに確認出来たんだが、思った以上に状況が悪化するのが早くて…。あっさりと身体の自由が利かなくなったんだ。」
リアは、その話にさらなる危機感を覚えた。一方こころは驚いた様子だった。
「アクアの能力って動物だけじゃなく、人間にも影響するんだね…。」
「人間も動物だからな。おかしな話じゃない。」
「あぁ。でもあの時は本当に驚いたよ。自分の身体が勝手に動くんだからな。しばらくは眠ってしまったアクアと背負った動物たちと一緒に行動させられていたんだが…。なんとか自由の身になったときはもう、あの猛獣の群れの中だったわけだ。」
突然アクアがリアのポケットを飛び出して、体の全身を震わせながら彼らに精一杯の謝罪をする。
『ご、ごめんなさい!ウチの能力が、貴方達にこんな目に遭わせるだなんて…!』
ネズミが謝罪する奇妙な状況だったが、ペレスはすぐに状況を飲み込んだ。
「…?君が、アクアか。こうなっても仕方がないじゃないか。謝る必要は無いよ。でも、問題なのはこれからだ…。」
「そうだな。今のうちに止めないと。ただ、アクアの位置が分からなくなってしまってな…。」
そんな話をしていると、こころが急に割り込んできた。かなり緊急事態が起きた様子で焦っていたようだった。
「リア、大変!」
「こころ、どうした?」
「WFUからアクア捜索の連絡が来た!どうやら気づいたみたい…!」
「やっぱりか。さて、ここでチンタラしている場合じゃないな…。おい、アンタたちも協力してくれ!アクアを取り返しに行くぞ。」
リアは三人の護衛官に協力を呼びかける。すると、護衛官達は1人、また1人と立ち上がる。
「分かった。元はといえば、我々が暴走を止められなかった責任がある。フランク、山本、行くぞ。」
こうしてリア、こころ、そして3人の護衛官は、茉莉花との合流を急ぐこととなった。
3
「しかし、まぁ…、だいぶ大所帯になったわね。」
「人手は多ければ多いほど良いからな。」
リア達一行は茉莉花のバンに乗り込み、ここまでの事情を説明した。リアがライオンの群れに立ち向かった話を聞いたときこそ、茉莉花は理解が追いつかない様子だったが、話が進むにつれて徐々に状況を受け入れていった。今の状況では、異常こそが正常なのである。
「…それで、策は考えたの、リア?」
「あぁ。よくよく考えてみれば簡単な話だった。恐らく動物たちは、円状にループするように綺麗に回ってるんだ。ネズ子の本体を背負っている動物たちを除いてな。んで、ネズ子の話によれば、本来の能力の発動範囲は半径500メートルの円形だったらしい。暴走状態の今はもっと広いだろうが…。」
「えっと…?」
「つまり、ネズ子の本体はその中心点に居て、動物たちが円の外周をグルグル回るような暴走の仕方をしている。」
かなり異質な暴走に、ペレスは困惑する。
「変わった暴走の仕方だな…。」
「まぁ、あくまで仮説だけど。根拠はある。」
リアは話にある程度の整理をつけたあと、全員に説明を行う。
「途中でネズミのカーニバルに遭遇したんだが…、その時はゆっくりと大きな円に沿ったように動いていたんだが、突然何かに引っ張られるように横方向に走り出したんだ。そのあとネズ子本体が軽トラに乗った報告があった。そこから推測するに、おそらく中心にいたネズ子のスピードが変化したからだ。あと、途中で馬に乗ったんだけど、何故かネズ子の本体は全く見当たらなかった。競走馬でかなりスピードが出ていたにもかかわらず、だ。つまり、奴らは本体を追わずにひたすら回ってただけってことだ。」
「馬に乗ったところで無意味だったのね…。」
茉莉花は1人納得する。
「それなら、その円の動き、ルートを観察すれば、先回りが可能になるだろ?それを利用して、進路を妨害してやれば良いんだよ。」
「でも、さっきマンションの壁を登っていったじゃない?妨害って言っても乗り越えられて終わるんじゃないの?」
「さっきも言ったようにネズ子は今、軽トラに乗っている。今のこの状況なら障害物を置くだけで遅滞させることが出来るって訳だ。もし降りたとして、障害物を登るにしても時間がかかる。これでようやく手が届く範囲になる。まぁ、策を講じておけば、取れる選択肢は増えてくるってことだ。」
「な、なるほど…。」
「さて、その計画なんだが、まずは、私達が追いつけるように、本体達をスピードの出しやすい直線道路に誘導する。脇道を先に塞いでおいてな。そして直線の先を障害物を置いて、逃げ道を潰す。その障害物の準備をペレス、フランク、ヤマモロの3人にやってもらう。」
「ヤマモロってなんすか…。」
リアは山本のそのような返答を無視し、彼らを急かそうとする。
「さっさとやってもらうぞ。もうメディアやらWFU云々どころの話じゃなくなってきてる。このままだと最悪な状況になるかもしれない。」
「最悪?」
「まず、ネズ子本来の“動物を操作する”能力が本人の意思と関係なく発動し続けてる。しかも、元々は細かすぎて操作できなかったはずの虫まで操り始めた。そしてペレス達まで身体の自由を奪われた。つまり、人間まで操れるところまで能力の対象が拡大してるってことだ。その範囲まで広がったらどうなると思う?」
「なるほど…。じゃあ時間が無いわね…。」
茉莉花はハンドルを強く握りしめる。状況は想像以上に悪かったのである。
「でも、妨害っていっても3人だけじゃ無理っすよ。短時間で道路を塞いでおく事出来ません!時間掛かりすぎますって…。」
「分かってるよ。だから、援軍は呼んでおいた。」
「援軍…?」
「頼りになる奴らだ」
リアは曇りなく笑う。その表情にこれから行う作戦に不安はなかった。そして、まもなくネズミ捕りの時間が始まろうとしていた。
※シンチトセ空港…新千歳空港のこと。千歳市と苫小牧市にまたがる北海道最大の空港である




