第5話「動物とサイコと混沌と私」その③
1
再びリアたちは車へと戻り、アクアが居る位置を特定すべく行動をしていたが、動物の群れはあれど、アクア本体は見つからなかったのである。リアはこころと協力して、この街の地図を調べていると、ヘリのプロペラの回る音が聞こえてきた。リアはウィンドウを開き、空を見上げる。どうやら2台のヘリコプターが、何かを探すように飛び回っている様子だった。
「ヘリも飛んできてるな…。マスコミか?」
「さっきまで走ってた馬も逃げ出してるし、流石にバレちゃうわね…。」
競走馬が逃げ出したことで、事態が悪化しているのは明らかだった。リアは、どこまで大事になっているのか確認するために、車に備え付けられていたテレビを見たものの、まだこのニュースを取り上げている放送局は無かったようで一安心であった。
「テレビ中継はまだ来てないみたいだが…、WFUに感づかれるのも時間の問題だな。もってあと30分ってところか…。」
こうなってしまっては待っていても仕方がなかったため、とりあえず目星をつけて、車を走らせようとする。動物たちがマンションを登っていくのを見たのが最後だったため、その方向に居るのではないかという推察をもってそちらに向かおうとした。すると、その道中で奇妙な現象を目撃する。
「おい、あそこに何かいるぞ!」
リアが窓の外を指差した先には、まるでファンタジーの世界のような光景だった。ネズミたちが、まるでブラジルのカーニバルかのように列を成し、走りながらも激しく踊っている。そしてリアたちはしばらくカーニバルの観客となって、それを見尽くしていた。
「直立して、なおかつ踊りながら走っていったけどアレ…。」
「凄い…!」
『今の見た?アレがニッポンに居るネズミ目ネズミ科のニホンオドリネズミよ。』
「冗談言ってる場合じゃないでしょ!?」
冗談を言っている場合ではなかった。リアはある決心を固め、再び宣言する。
「いや、ここで降りる!」
「え!?またなの?」
そんな言葉に見向きもせずに、車から降りて駆けていった。奇妙な出来事の連続に、茉莉花は思わず呟いてしまった。
「奇想天外すぎてついてけないわよ、もう…。」
2
リアはカーニバルの先へと向かうために、ネズミを踏まないように、ステップを踏みながら前へと進んでいく。そのカーニバルは弧を描くように列を作っていることが確認できたものの、その列は非常に長かったため、先が一体どうなっているのかは見えなかった。しかし、リアにとってはかなり先の先まで行ったつもりなのだが、それでもまだその列は途切れることはない。リアは、そこから奇妙な違和感を覚え始めていた。
「どうなってやがる…。」
リアがネズミたちの行列の先を辿っている間、その光景を、面白く思ったのか次々と周辺から見物人が集まってきたようだった。リアは邪魔なその野次馬たちに思わず舌打ちをする。しかし、そう思ったのもつかの間、橋にさしかかるところで、急にネズミたちは何かに引っ張られるかのように、ベルトコンベアに乗ったみたいに横に滑り、走りはじめた。その動作に奇妙な違和感を覚えながらもリアもネズミが走り出した方向へと行こうとしたが、しかし悪いことに、橋の前がその見物客たちによって進路が塞がってしまっていたのである。
「チクショウ…。」
リアはイライラしながら立ち往生していると、聞き覚えのある声が、彼女の後ろからやってきた。
「リアー!!」
「こころ!?一体どうしてここに?」
「ハァ…ハァ…、あなたがこれを追いかけている間に、車で先回りしてきたの。何故かずっと円に沿って移動してたから。」
「円に沿って!?…そうだったのか。これはもしかして…。」
リアは顎に手をあて、深く考え込んだ。しかし、こころは気が焦っているようで、その考えがまとまるのを待つことはできなかった。
「ねぇ!リア!実は、アクアの護衛の人たちが見つかったの!」
「本当か!?」
「でも、ちょっと大変な状況になっていて…。」
こころは能力を展開し、ホログラムディスプレイのように画面を出現させた。そして防犯カメラにリアルタイムで映し出されている映像をリアに見せた。そこには、小さな公衆トイレの屋上で立てこもる、腕から血を流しながら困り果てる男性の姿と、絶望しながら横たわる2人、その周囲を徘徊しているライオンたちの姿があった。
「おいおい、これは衝撃映像だろ。テレビでは放送できないタイプの。」
『この人たち、私の護衛なのよ。』
ネズミの姿になったアクアは、こころの上着の右ポケットからひょっこりと顔を出していた。
「アンタも来てたのか…。おい、ライオンも現れたってことは、動物園からの損害賠償額は尋常じゃない事になるぞ。」
『…え?本当に?そういうことになるの?』
3
護衛官たちが居るのは、リアが今いる場所の近くの山で、その峠の中腹に位置している公園である。そこから最短距離で進むには、山をそのまま登っていくしかなかった。しかし、そこはゴツゴツした岩が至る所にあるような急な崖となっており、それを突破するにはクライミングが不可欠となっていた。
「くっ…、私は、崖登りは苦手なんだよ…。」
リアはまさかこんな道のりになるとは全く思わなかったために、苦戦を強いられていた。一方でこころは、慣れた手つきで崖をスラスラと登っていく。
「リア、お先!」
「ちょっ」
こころはあっさりと崖を登りきった。自慢げに、頂上で立ち上がったが、リアは無視してひたすら登っていった。少し経ってから、リアが頂上に差し掛かったところで、こころは手を伸ばしてリアを上へと引き上げ、ようやく登りきることができたのだった。
「…なんでサポートする側のほうが登り切るの早いんだよ!?」
「アハハ…。わたし、昔はボルダリングとかいっぱいやってたから…。」
そんなやり取りをしていると、リアのスマートフォンに着信が入ってきた。画面を見ると、どうやら茉莉花からの連絡であった。
「もしもし。」
『こちら茉莉花。アクアを運んでいるらしい動物の群れを追ってるんだけど…。追いつけなくて、また見失っちゃったのよ。』
「軽トラ!? …って何?」
『小さいトラックのことよ。ピックアップみたいなものね。日本ではよく使われてるの。』
「ふーん。ま、そっちは任せた。」
『え』
リアはすぐに電話を切る。彼女にとっては特に有益な情報ではなかったようだった。
「電話は誰から?」
「マリーカから。向こうは順調だってさ。」
「順調…?」
こころはその言葉に違和感を感じていたが、少し歩いて、峠道へとたどり着いた。そして、そこではまたしてもあの光景を目撃してしまう。
「あっ、動物の行列だ。」
「こんなところまで来てたんだなこいつら。」
そこには犬、イノシシ、馬、牛などが集まってきていた。それだけでなくアリや蜘蛛、トンボや蝶などの虫もその列に加わっている様子であった。
「ん?おい、ネズ子。アンタ虫は操作出来ないんじゃなかったか?」
『そのはずだけど…。』
その話を聞いて、リアの表情が厳しくなる。しかし、こころとアクアにはその理由はまったく見当もつかなかった。
「…とりあえず、あの連中を早く助けよう。」
4
「あそこにいるのが例の?」
『うん。あれが護衛担当の人たちね。』
「獲物が降りてくるのを待ってるみたいだな。よしっ。」
「…行くの?」
「大丈夫だ。私は強いからな。こころは警察にライオンの居場所を報告しておいてくれ。ネズ子も借りとくぞ。」
「リア、気をつけて!」
『…ウチも行くの?』
「あぁ。困ったらライオンに差し入れようと思ってな。」
『ちょっと!流石に酷くない?』
「冗談だよ。本当はアンタを護衛官と引き合わせたくてな。情報を照らし合わせたいんだ。」
リアはあるものを周辺から手に入れたあと、駆け足でライオンが群がる公衆トイレへと向かう。
「フンッ…。猛獣の躾なら、私は少し手荒に行くよ?」
「おい!君、近づくな!こっちに来たら危ないぞ!」
護衛官の男はリアに叫ぶ。それもそのはず、男にはただの好奇心旺盛な少女がライオンに近づく姿にしか見えなかったからだ。しかし、リアは動じない。彼女はスタスタと歩いていると、ついにライオンたちは一斉にリアの方へ顔を向けた。
「おっと、バレちまったか。」
一匹の雄ライオンが彼女の前にゆっくりと歩いてきて、牙を向いて吠え立てる。まるで彼女に対して挑発を仕掛けているようだった。しかしリアは、やはり動じない。その後、他のライオンたちも彼女に近づいて、徐々に包囲されていった。そしてリアの前へ最初に近づいた雄ライオンが一歩、一歩とゆっくりと歩みを進め、そして突然地面を蹴り上げて、リアへと襲いかかった。その刹那、強烈な冷風と煙が雄ライオンに降りかかった。
「オラオラオラオラァ!消火器だオラァ!」
彼女が用意していたのは消火器であった。リアの能力を使って、消火剤を無限化し、それをライオンたちに浴びせるように噴射する。この奇襲により、あまりにも冷たかったのか、それとも息ができなくなったのか、かなり怯んでいたようだった。ライオンたちは恐怖で身を縮め、そのままその場から森の方へと一目散に逃げてしまった。
「…案外あっさりと逃げていったな、もうちょっと粘ると思っていたんだが。」
監視員たちは開いた口が塞がらない様子であったが、それでもリアは動じず、彼らに呼びかける。
「どうも、ごめんくださ~い!」
緊迫した雰囲気に似合わぬ調子でリアは3人に呼びかける。唖然としていた護衛官たちはその呼びかけでショックから立ち直り、屋上から下りはじめた。幸いにして3人は大きな怪我はないようだった。




